「日本はなめられている」感染急拡大で在日米軍に批判殺到…“岸田首相の憤慨”にも動じないアメリカの本音《基地周辺で感染者続出》

「水際対策の意味がないじゃないか。日本はなめられ過ぎだ」
「なんで米軍ときちんと調整しないんだ。外務省は何をしていたのか」
今月9日、沖縄、山口、広島の3県に「まん延防止等重点措置」が適用された。この3県で感染が急拡大した理由はもはや疑う余地がない。キャンプハンセンや岩国基地などの米軍基地から染み出したからだ。これには政府与党内からも厳しい声が相次いだ。コロナ対応に政権の浮沈がかかる岸田首相も周辺に「どうなっているんだ」と怒りを露わにしたという。
水際対策を大幅に緩めていた在日米軍
そして批判の矛先は、在日米軍に特権的な地位を与えている「日米地位協定」にも向かっている。日米地位協定に基づき、米軍関係者の検疫については米軍任せとなっている。昨年9月初旬、在日米軍は出国時や日本入国直後のPCR検査を免除するなど、水際対策を独自に大幅に緩めていた。そして外務省がこの事実に気づいたのは昨年12月中旬だった。
米軍基地周辺での感染急拡大について、沖縄県の玉城知事は「地位協定の構造的な問題だ」と批判。立憲民主党の泉代表も記者会見でこう力を込めた。
「地位協定を見直し、少なくとも検疫関係は日本と同等の状況をつくり出すべきだ」
一方、矢面に立った外務省。幹部の一人はこう語る。
「米軍の感染対策の緩みを見過ごしたのは、正直こちらにも落ち度があった。しかしそのことが地位協定の改定論に発展するのは、何としても避けなければならない」
1960年の制定以来60年あまり、一言一句変わっていない日米地位協定。改定はなぜそんなに難しいのか。今回の感染拡大をきっかけに岸田首相が、林外相が動く可能性はないのか。本音と裏側を取材した。
“鳩山元首相の二の舞”になりたくない
日米地位協定では米兵の犯罪に対する日本の捜査権が極めて限られているほか、米軍機の飛行には事実上制約がない。1995年の少女暴行事件や、2004年の沖縄国際大学ヘリ墜落事故など大きな事件事故のたびに改定の必要性が訴えられてきた。しかし改定に至ったことは一度もない。
「戦後レジームからの脱却」を掲げて、憲法改正を目指してきた安倍元首相。そんな安倍氏も日米地位協定の改定は難しいとかねてから語っていた。
「集団的自衛権の行使一部容認はやったけれども、自衛隊は米軍と共に戦えるという状態には程遠くて、NATOとは違う。日本が改定を提起するのはとても難しい。アメリカ側ももの凄く嫌がる」
冷戦終結を機に一部改定を成し遂げたドイツやイタリアとは条件が違うというわけだ。
また自民党幹部は、現在の米中関係の緊張が改定を困難にしていると話す。
「今、在日米軍はかなりの緊張状態にある。『こんな時に何を言い出すんだ』という話になる。そして日米関係に亀裂を生むのは、中国につけ入る隙を与えてしまう」
そして政権内で恐れられているのが、鳩山由紀夫元首相の二の舞となることだ。普天間基地の移設先を「最低でも県外」と公言して期待感を煽り、結局、新たな移設先が見つからずに首相辞任に追い込まれた鳩山氏の記憶がちらつくのだ。政府関係者はこう話す。
「地位協定の改定はパンドラの箱を開けることになる。どこに着地できるか、何年かかるか分からないし、見通しもなく始められない。運用で実質的改善を図る方がよほど早いし、確実だ」
「改定のチャンスじゃないか」
しかし日本政府内も反対論ばかりではない。ある駐米大使経験者は周辺に「今の米中対立を考えれば、アメリカは日本を必要としている。改定のチャンスじゃないか」と語っている。また保守系議員の一人はこう話す。
「日本の言い分を通すのではなく、日米同盟のあり方を積極的に見直すという全体のパッケージの中なら改定できるんじゃないか。確かにバーターとして日本に何ができるのかは難しい問題だけど、外務省は改定をタブー視しすぎている」
今月7日に行われた日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)では、地域の安定を損なう中国の行動に、日米がともに行動を起こすことに踏みこみ、日米の一体化はより鮮明になってきている。防衛省幹部は「日米同盟の次元が変わった証だ」と胸を張った。だとすれば地位協定の「次元」も変えていくことも可能ではないか。
米軍の本音は……
では、米政府の地位協定に対する温度は、実際どうなのか。昔の人脈を辿ってホワイトハウスに探りを入れてみると、いくつか反応が返ってきた。
「アメリカから積極的にアクションすることはない」
「岸田首相が改定の可能性を否定している。それがすべてだ」
米政府が自分たちに利益がない改定に積極的に応じることはないだろう。米軍関係者に話を聞くと絶対匿名を条件に本音を語った。
「日本は極めて面倒臭い国だ。自国の理屈を通して責任を回避している。権利を主張するなら自分たちも態勢を整えてからにして欲しい。日本の世論には構っていられない」
日本は1000平方キロを超える広大な土地、年間2000億円を超す駐留費用、そして地位協定に基づく特権的な地位も与えている。しかし米軍の本音はいつまでたっても変わっていないのだ。
岸田首相は改定を否定するが……
実現するには多方面にわたる粘り強い交渉と高度な政治決断が必要となる地位協定改定。自民党内では岸田首相が踏み切ることは考えられないという見方が大勢だ。
「ボトムアップ型の岸田首相には、難しい政治決断はできないね。それにバイデン大統領にまだ会えてもいない状況で、地位協定改定なんて夢のまた夢だ」
当の岸田首相は今月6日、早々と改定を否定した。
「日米地位協定の改定等は考えておりません」
では林外相はどうか。林氏は今月発売の文藝春秋で「政治記者123人が選んだ次の総理」のトップに躍り出て、今最も注目される政治家の一人。防衛相、経済財政担当相、農水相、文科相と歴任し、その能力と安定感は折り紙付きだ。その一方で、政治家としてのリーダーシップや突破力は未知数で、自民党のあるベテラン議員は「優等生なんだけど政治家として何をやりたいのか見えない。情熱を感じられない」と手厳しい評価を下す。
そんな林氏にとって今回の在日米軍問題への対応は、外相としての力量が試される機会となる。そして「ピンチはチャンス」という言葉もあるように、在日米軍のコロナ対策の改善はもちろんだが、日米地位協定の改定に向けた道筋をつければ、目指している宰相の椅子を引き寄せる実績となると考えても不思議ではない。
「パンドラの箱」を開けるのは誰か?
林外相は公には岸田総理に平仄を合わせて「見直しは考えていない」と語っている。そんな中、周辺が林氏の本音を尋ねたことがあったという。それに対して林氏は「4年8か月も外相を務めた岸田首相」が否定している以上、地位協定の改定はないという立場を崩さなかった。そして在日米軍基地からの感染拡大防止策については、運用の改善で対応する方が小回りが利くという認識を示したという。その上で周辺にこう語った。
「(地位協定改定を)やるにしても9割はバサロ(水に潜ったまま水中を進む泳ぎ方)だろうね」
林氏は笑みを浮かべたという。この事実だけでは林氏が地位協定改定に前向きとは言えない。ただ中期的な検討課題の一つとして、林氏の脳裏にインプットされたに違いない。この通常国会の答弁では、「見直しは考えていない」とお経のように繰り返すだろう。ただブリンケン国務長官との良好な関係に自信を持つ林外相がどこかでバサロを始めないか、注視する必要がある。
2002年、河野太郎議員は「日米地位協定の改定を実現し、日米の真のパートナーシップを確立する会」の幹事長をつとめ、「役所ではなく政治が判断すべき問題が、日米間に横たわっている」と語った。しかし外務大臣となった河野氏はその持論を封印した。「異端児」と呼ばれた河野氏でも現実的には難しいのだ。では一体誰がいつ、このパンドラの箱を開け、一歩を踏み出すのか。日米同盟の未来が掛かっている。
(青山 和弘)