歴史が変わろうとしている。
2月24日、女性で最初の宰相となった高市早苗首相が、衆議院本会議の代表質問で、「皇室典範改正の議論が進展し、速やかにまとまることを期待する」と答弁したからだ。高市首相は、18日の特別国会冒頭の施政方針演説でも、皇位継承の安定化のために皇室典範の改正に強い意欲を示している。かなり前のめりである。
首相の念頭にあるのは、皇族が旧宮家の男子を養子とし、皇族の数を増やすことである。それは「男系男子」での継承にこだわる保守派の主張でもある。
しかし、皇室典範の改正は、保守派が基盤としている伝統を突き崩すものであり、かえって愛子内親王の天皇即位への道を開いていくことになる。
『古事記』に記された神話では、岩戸に隠れてしまったアマテラスを引き出すために、アメノウヅメが猥雑(わいざつ)な踊りであたりをわかす場面が出てくる。高市首相は、このアメノウヅメの役割を果たすことになるかもしれない。アマテラスを祖神とする「愛子天皇」が出現するからである。
今回はそれについて、順を追って考えていきたい。
2月の総選挙で、自民党が多くの議席を占めた衆議院の森英介議長も、安定的な皇位継承の議論について「先送りは許されない喫緊の課題だ」と述べ、国会の総意を早期に取りまとめるために努力すると就任後の会見で語った。
どうやら、旧宮家の養子案実現にむけて国会は動いていきそうだ。これについては今まで、自民党と立憲民主党との間で見解の相違が見られた。だが、立憲民主党が合流した中道改革連合が大幅に議席を減らしたことがそこに影響し、自民党の主張が通りそうな気配である。
もちろん、これは多数決で決めるべき問題ではなく、幅広い合意が必要である。
高市首相は憲法の改正にも意欲を示しているが、憲法の改正になると、衆議院と参議院で3分の2以上の賛成が必要である。衆議院で自民党は3分の2以上の議席を占めるようになったが、参議院ではそうなっていない。しかも、憲法改正案は国民に示され、国民投票で過半数の賛成が得られなければ改正には至らない。かなりハードルは高い。
皇室典範には、そうしたハードルはない。皇室典範は“一般の法律”で、国会が決めれば、それで改正できる。
ただし、皇室典範が「皇室法」ではない点は無視できない。「典範」と称する法律は他に存在しない。それも、明治の時代に旧皇室典範が定められたとき、それは法律ではなかったからである。
では、何だったのか。
1889(明治22)年に旧皇室典範が定められたとき、それは天皇家の「家憲」と位置づけられた。家憲とは、それぞれの家で守るべき生活の指針である。たとえば、旧財閥の一つ、三井家には「宗竺(そうちく)遺書」という家憲がある。これは、創業者である三井高利の遺言であった。
旧皇室典範が家憲である以上、それは官報には掲載されず、同時に制定された大日本帝国憲法とともに官報号外に掲載された。旧皇室典範は法律ではないので、当時の帝国議会で審議して、改正ができるものではなかった。したがって、旧皇室典範は、その後、増補はされたものの、本文は一度も改正されないまま戦後を迎えた。
戦後になると、旧皇室典範は廃止され、1946(昭和21)年に日本国憲法が公布されると、憲法附属法として新しい皇室典範が制定された。これによって皇室典範は天皇家の家憲ではなくなり、国会で改正できる一般の法律となったのである。
その際に、皇室典範ではなく、「皇室法」といった名称が使われていたとしたら、その後の扱いは随分と違うものになっていたかもしれない。だが、「典範」という呼び方が残ったことで、戦前の伝統を引きずる形になった。内容も、旧皇室典範と大きく変わらなかった。新しい皇室典範も、今まで一度も改正されていないのである。
ただ一度だけ、皇室典範の改正が行われそうな出来事が起こった。それは、現在の上皇が譲位したときのことである。
平成の時代の最後、まだ天皇の地位にあった上皇は、高齢になり、象徴としての天皇の役割を十分に果たすことができなくなってきたとして、譲位を希望した。
現在の憲法の下で、天皇は「国政に関する権能を有しない」とされている。したがって、天皇が自らの進退について意見を述べることは、それに反する。そのため、扱いが難しい事柄になり、それについて検討する有識者会議が設置された。
皇室典範においては、その第四条において、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定されており、生前に譲位することは想定されていない。それは旧皇室典範でも同じだった。ただ、それが古来の伝統というわけではない。
明治時代以前には、天皇が生前に譲位することは当たり前に行われていた。譲位した天皇は58人で、全体の半分近くにのぼる。平安時代に、藤原摂関家に代わって上皇が「治天の君」として権力をふるったのも、譲位を利用してのことだった。
しかし、明治に時代が変わると、天皇は亡くなるまでその地位にとどまることとなった。大正天皇が病によって天皇としての役割を果たせなくなったときにも、譲位することはなかった。これは日本国にとって危機だった。
危機は、皇太子(のちの昭和天皇)が摂政となることで回避された。
平成の時代、現在の上皇が譲位の意向を示したときにも、摂政を置くアイデアが出た。だが、上皇はそれを拒否した。そうなると、皇室典範に譲位の規定がない以上、それを改正するしかなかったはずである。しかし、天皇の意思による譲位を認めると、それがくり返され、政府の圧力で譲位したり、天皇が譲位をほのめかして政権に影響を与える可能性が出てくる。そこで、皇室典範は改正されず、一代限りの特例法によって譲位が実現したのだった。
皇室典範が改正されなかったのは、いま挙げた理由もあったことだろう。だが、もともと天皇家の家憲であったという重みが、そこに加わっていた可能性がある。旧皇室典範が存在した戦前の時代には、天皇は「君主」であり、一般の国民は、それに従う「臣民」だった。臣民が君主の定めたものを改めてしまうことは畏れ多い。その感覚が、どこかで働いていたように思われるのだ。
旧皇室典範が定められたとき、同時に大日本帝国憲法が制定された。この日本で最初の近代憲法を作り上げる際に、その作業に当たった伊藤博文などは、海外では宗教、つまりはキリスト教が国家を支える「機軸」になっているが、日本の宗教はその役割を果たせないと考え、皇室に機軸の役割を求めた。長い歴史を経てきた皇室こそが、日本の伝統を支える基盤になるというわけである。
だからこそ、大日本帝国憲法の冒頭では、天皇の地位が万世一系で、神聖なものであることが強調された。日本国憲法では、そうした考えはとられなくなったものの、天皇についてはやはり冒頭で言及され、日本国の象徴、日本国民統合の象徴と定められた。その点では、依然として皇室が日本の戦後国家においても機軸の役割を果たしていると見ることもできる。
保守派は、そうした皇室の伝統の要になるのは、歴史上ずっと「男系男子」で皇位が継承されてきたことにあるという立場をとってきた。
しかし、それを規定した皇室典範を改正することは、過去における天皇の決定をくつがえすことにもなってしまう。皇位継承の安定化をめざして皇室典範を改正することは、伝統を破壊する側面を持っている。果たして、保守派の間で、そうしたことが議論になったことはあるのだろうか。
そこに決定的な矛盾があるのだが、高市首相が先導する形で皇室典範の改正がなされたとしたら、それは重大な変革である。旧皇室典範から考えれば、130年以上一度も改正されてこなかったものが変わるからである。もし左派の政権が改正に乗り出せば、保守派はそれを伝統破壊として厳しく糾弾し、なんとしても阻止したであろう。その点では、保守派しか、それはできない。高市首相はそこを突いたのだ。
高市首相は、衆議院を解散したときにも見られたように、自分だけで決断したい政治家である。
初の女性首相として大きな功績を上げたい。その点で、皇室典範の改正にこぎつけたとしたら歴史に名が残る。憲法改正まで実現したら、それはとんでもない大事件である。
ただ、旧宮家の養子が可能になったとしても、前にも述べたように、養子になる人間が現れる保証はない。また、仮に現れたとしても、男系では室町時代まで遡らなければならないわけで、現在の皇室との近さを強調するには明治天皇と女系でつながることをアピールしなければならない。
それも、「女性・女系天皇」への道を開くことになるが、養子が現れず、また、現れても国民に認められなければ、次の手を打つしかなくなる。
もう一つ国会で議論されてきたのは、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」の創設である。
これについては、配偶者と子どもを皇族とするかどうかで議論になってきた。ただし、養子案が不調で、皇族の数が増えないのであれば、それを認めるしかない。認めなければ、皇族の数はまったく増えないのである。
いったん皇室典範が改正されれば、その伝統としての重みは失われ、状況に対応するために次々と改正していくことが可能になっていく。
女性宮家が創設され、その配偶者や子どもが皇族になるのであれば、それは、「女系での継承」が容認されたことになる。それは、女性天皇はおろか女系天皇への道も開くことになる。
皇室典範を改正することは、これまでの伝統を破壊し、新たな伝統を生み出す方向に作用していく。それは高市首相に対する支持が高い間にしか実現できない。となると、まさにそれは喫緊の課題である。
特別国会は18日に召集され、会期は7月17日までの150日間と定められた。この長期にわたる国会が開かれている間に、皇室典範の改正も議論される。実際の改正は次の国会かもしれないが、時代は「愛子天皇」が実現される方向に、着実に動いているのである。
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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
3人重体の衝撃、1万人が宝木を奪い合う岡山・裸祭り 外国人も1割 問われる伝統と安全
「裸祭り」として知られ、岡山市東区の西大寺観音院で室町時代から続く国の重要無形民俗文化財「西大寺会陽(えよう)」で21日、祭りの参加者6人が救急搬送され、うち3人が意識不明となる事故が起きた。長野県諏訪市の諏訪大社御柱(おんばしら)祭や大阪府岸和田市のだんじり祭など勇壮な祭りには危険を伴うものも少なくないが、専門家は「そうしたスリルこそが長年にわたり祭りを維持してきた側面がある」と指摘。伝統を守ることと安全を確保することを両立していく難しさが浮かび上がる。
1万人が2本を争奪
主催する西大寺会陽奉賛会や岡山県警などによると、事故が起きたのは祭りがクライマックスに近づいた21日午後10時15分ごろ。消防警備本部に「人が倒れている」と連絡があり、42~58歳の男性3人が意識不明の状態で相次いで発見された。このうち42歳の男性はのちに意識を取り戻したが、2人は重体のままだという。
平成28年に国の重要無形民俗文化財に指定された西大寺会陽は、まわし姿の裸衆が福男を目指し、本堂2階から投げ込まれる長さ約20センチの「宝木(しんぎ)」2本を奪い合う。負傷した6人はいずれも裸衆で、宝木が投げ入れられた直後にもみ合いが生じる中、負傷したとみられる。
西大寺会陽奉賛会の大森実会長によると、今年は例年とほぼ同じ規模の約1万人の裸衆が参加したが、例年に比べ初めての参加者が多く、外国人も1割ほどいたという。警察や民間の警備会社、ボランティアら約1150人で警備していたが、事故は防げなかった。
「自己責任で」と注意喚起
西大寺会陽では平成19年にも他の裸衆の下敷きになった男性が死亡する事故が発生。これを受けて安全対策が強化され、22年からは宝木を投下する時刻を午前0時から2時間前倒しして午後10時に変更した。
参加申し込みのホームページでは「他の参加者との接触、転倒などにより事故が発生する危険性がある」と注意をうながし、眼鏡やネックレスなどの着用や酒を飲んでの参加の禁止を明記。今年は飲酒の有無をチェックする検問を2カ所に増やした。また、転倒した際は腹ばいになるなど身を守るための注意事項も記している。
そのうえで「自己責任のもと参加してください。いかなる盗難、怪我、死亡などの事故に関して、主催者は一切の責任を負いません」としている。
大森会長は「参加される方には注意喚起してきたが、事故を防げなかった。来年の開催は原因を究明したうえで、安全確保が最優先になる。なによりも、けがをされた方の一日も早い回復をお祈りしている」と話した。
宮司が告発されたケースも
各地で営まれる祭りには西大寺会陽と同様、危険を伴うものも少なくなく、事故対策に苦慮している。
福岡の夏の風物詩として知られる博多祇園山笠では令和5年、転倒した男性が重さ約1トンの山車にひかれて死亡。翌年は警戒のため山車に並走する人員を増やすなどの対策を講じたうえで行われた。
諏訪大社で6年に1度営まれる御柱祭では平成22年に2人、28年にも1人が死亡する事故が発生。28年の事故をめぐっては、事故を防止する注意義務を怠ったとして弁護士らが宮司を業務上過失致死罪で告発したが、不起訴処分となった。
こうした危険を伴う祭礼が長年にわたり営まれてきた理由について、法政大学の武田俊輔教授(社会学)は「単なる神事ではなく、祭りには『奇跡』が求められる。西大寺会陽であれば幸福を呼ぶ宝木が全員にいきわたるのではなく、2人だけだから意味がある。岸和田だんじり祭なども含め競い合いがあるからこそ熱狂を呼び、それが祭りを続けるモチベーションになってきた」と指摘する。
ただ、かつては背景を理解した人が危険も承知で参加してきたが、メディアやインターネットの普及で祭りに向けられるまなざしも変化してきた。「ローカルであれば自己責任で問題なかったことが、その祭りの文脈を理解していない人からみれば危険、となる。事故が起きれば社会問題化しやすくなった」
そのうえで、事故を防ぐには参加者を地域ごとの輪番にするなど人数に制限を設けることも考えられるとし、「環境の変化に伴い、祭りも変化していかざるを得ない。伝統と安全性の間で折り合いをつける方策を見いだしてほしい」としている。(福富正大)
大阪で80代男女死亡、男逮捕 「両親を殺してしまった」息子か
大阪府東大阪市南荘町の住宅で80代女性の首を絞め殺害したとして、大阪府警は28日、殺人の疑いで、職業不詳松田健志容疑者(50)を逮捕した。現場には80代男性が倒れているのも見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。男女2人は松田容疑者の両親とみられ、府警は詳しい状況を調べている。
逮捕容疑は27日午後、東大阪市内のマンションで、女性の首を絞め殺害した疑い。府警によると、容疑を認めている。
府警によると、松田容疑者が「両親を殺してしまった」と110番した。現場に駆けつけた警察官が、別々の部屋で意識がない状態になった2人を発見。近くにいた松田容疑者に事情を聴いていた。同居していたとみられる。
負担費増をひた隠す政府と「2年毎の上限額検証・見直し」という卑劣な手法を繰り返す厚労省…2026年度高額療養費制度見直し案をめぐる今後の動きと問題点とは?
〈【高額療養費制度見直し案】各政党の主張を検証する…参政党はマニフェストに一切の記載なし 中道、共産、チームみらいは負担増に危機感〉から続く
先日の衆議院選挙は自民党の圧勝という結果で終わった。2026年度見直し案が、いよいよ国会論戦の場に持ち出されることになる。与党が圧倒的多数を占める中、厚労省は制度利用者の負担増という重要な側面を説明せずに済ませようとしている。果たして政府や厚生労働省のロジック・進め方に問題はないのだろうか? そして「粛々と」見直し案が通されようとしている今、国民は何ができるのだろうか? 事態が大きく動こうとしている今、誰もが利用する可能性のある制度をきちんと考える。
【画像】制度の改悪を防ぐための全国保険医団体連合会によるオンライン署名も始まっている
制度利用者にもたらす負担増の側面を説明しない厚労省
2月8日に投開票が行われた衆議院選挙は自民党の圧勝で終わり、いよいよ国会の論戦がスタートする。
今後のスケジュールは2月18日に特別国会を召集し、首相指名と組閣、施政方針演説などを終えて24~26日に衆参両院の代表質問が行われる予定だ。政府と与党はゴールデンウィーク前に予算を成立させたい考えのようだが、その一方で、高市首相はあくまでも年度内の成立を目指すという報道もある。
いずれにせよ、高額療養費制度の見直し案はすでに閣議決定された2026年度予算案に組み込まれているため、まず衆議院の予算委員会に諮られた後に本会議で採決され、その後に参議院へ回される。
したがって、昨年末に明らかになった今回の自己負担上限額引き上げ幅などの見直しがはたして妥当なのかどうか、という問題は、まず衆議院予算委員会で議論されることになる。
昨年の国会では、衆議院予算委員会で高額療養費の大幅な自己負担上限額が野党議員からの質問で何度も取り上げられ、その様子は反対世論の盛り上がりとともに新聞やテレビでも再三報道された。
この当初見直し案は、2回の修正が施されて自民・公明・維新の賛成でいったん参議院へ回った。だが、参議院でも批判は止まず、結局、見直し案を一時凍結するという2025年3月7日の首相決断を経て3回目の法案修正が行われ、3月31日にぎりぎり年度内の予算案通過を果たした。
このときの通常国会では衆議院全465議席のうち与党(自民・公明)は220、と過半数に満たない状態だった。しかし、先日の衆議院選挙の結果、与党(自民・維新)は365と大幅に議席数を増やしている。
昨年の国会で首相や厚労相へ高額療養費の見直しに関する質問を投げかけた野党議員の中には、先日の選挙で落選して議席をうしなった人も複数いる。一方、議員数で圧倒する与党側は「国民のために一刻も早く予算案を通過させなければならない」という大義名分を掲げて、波風を立てず議論もそこそこに予算案通過を狙ってくるであろうことは明白だ。
与野党の議員数差を考えれば、昨年のように国会の場で高額療養費が熟議される見通しは厳しい、といわざるをえない。
数で劣る野党側が今回の見直し案に関するどのような質問をしたとしても、おそらく高市首相や上野厚労相は柳に風と受け流して、定型句のような回答に終始する姿が、今から目に見えるようだ。
その定型句の内容はおそらく、2月10日に上野厚労相が閣議後記者会見で述べた言葉のようになるのではないかと思われる。このときの記者会見で、高額療養費の自己負担上限額引き上げをとりやめる意志の有無について記者から訊ねられた際に、上野厚労相は以下のように答えている。
「見直しに当たっては、患者団体の方にも参画いただいた専門委員会において、丁寧な議論を行ってまいりました。多数回該当の金額維持や、年間上限の仕組み、これは患者団体の方からも特に強い要望があったものですが、これを新設することにしています。また、年収200万円未満の課税世帯の多数回該当の金額を引き下げるなど、特に治療にかかる経済的負担が厳しいと考えられる長期療養者や所得の低い方に対するセーフティネット機能については強化しているところですので、引き続き、このような制度見直しの趣旨を丁寧に説明していくことが必要だと考えています」 (全文は厚労省サイト「厚生労働大臣記者会見概要」(2月10日)を参照)
だが、この言葉からは、今回の見直し案が制度利用者にもたらす負担増の側面がすっぽりと抜け落ちている。圧倒的多数の制度利用者が負担増になることや、疾患や大ケガによって収入が減少した状態で制度を利用すると破滅的医療支出に陥る可能性が高いこと、そして、低所得者層の金額引き下げはあくまでも多数回該当のみで、低所得層の自己負担上限額は悪名高い2024年凍結案よりも高い引き上げ幅になっていること等々。
これらの問題について、もちろん政権側は自分たちから言及しようとしない。おそらく、これから始まる国会論戦でも、高市首相や上野厚労相は上記の引用文のような回答を繰り返せば野党の追及をかわし切れると考えているだろう。「丁寧に説明する」という彼らの常套句は、「意見や反論に聞く耳を持たない」ということの言い換えに過ぎないのだから。
厚労省が再び行おうとしている、卑劣な「後出しじゃんけん」
今回の〈見直し〉案関連では、さらにひとつ、あらたな問題が明らかになった。衆院選のさなかに共同通信が配信した「2年ごとの上限額検証/見直しを盛り込んだ法案を厚労省が進めている」というニュースだ。これがSNSを中心に一気に広がり、大きな不安と反発を招いた。
このニュースによると、政府が検討中の医療保険制度改革関連法案では「患者負担額を少なくとも2年ごとに検証する規定を創設する」とされている。
制度を2年ごとに見直すという規定は、厚労省の社会保障審議会医療保険部会や、一時凍結後に患者団体代表を加えて設置された高額療養費制度の在り方に関する専門委員会でも、まったく議論の俎上に載ったことがない。専門委員会に参加していた委員たちには寝耳に水の情報だっただろうし、それは専門委員会と医療保険部会をずっと傍聴してきた筆者にとっても同様だった。
あれだけ大きな批判を受けて昨年3月に一時凍結に至った末に、仕切り直しで慎重な議論を行う場として設けられた専門委員会で、「2年ごとの検証/見直し」という案はひとことも話題になっていなかった。
「2年ごとの検証/見直し」その規定が、誰にも知られないまま法案に盛り込まれているのであれば、厚労省はまたしても卑怯な後出しじゃんけんをしている、というそしりを免れないだろう。
またしても、と述べたのは、このような後出しじゃんけん的手法を彼らは過去にも行っているからだ。
そもそもの発端となった2024年当初案(2025年3月に一時凍結)の議論を進める過程では、厚労省は上限額の引き上げの金額をあらかじめ審議委員に提示していなかった。
「+5%、+7.5%、+10%、+12.5%、+15%」といった割合の概要やざっくりとしたイメージ図を示すのみで、これらの説明を厚労省から受けた国会議員たちも、後に金額が明らかになった際には、説明に反して75%を超える引き上げ幅だったことを知って一様に驚いたという。
このやりかたに対しては、同省OBも「盗塁的手法」と手厳しい批判をしているという。
だが、今回の見直し案でも事態の進展は同様だった。
引き上げの可否や是非を議論する際に、厚労省担当者は常に「仮に引き上げるとした場合に……」と言うのみで、引き上げ率や金額例などの提示を事前には一切行っていない。
具体的な金額は、2026年度予算案が閣議決定された翌日(12月25日)に、医療保険部会と専門委員会を合同開催して、そこでようやく明らかになった。
この段取りは、「盗塁的手法」と批判された前年の進め方とまったく同じである。ここからわかるのは、厚労省は自己負担上限額の引き上げ幅や金額の妥当性は議論にはかることではなく自分たちが決定権を持つ専権事項である、と考えているのだろうということだ。
このような経緯があるだけに、専門委員会や医療保険部会の議論をなし崩しにしかねない「2年ごとの検証/見直し」という法案の規定も、議論に諮らずとも自分たちが裁量権を持つ、と厚労省が考えていたとしても不思議ではない。
この、2年ごとの検証を法案に盛り込む件について、2月13日の閣議後記者会見で上野厚労相は記者からの質問に以下のように回答している。
「報道については承知していますが、次の国会への提出を目指している医療保険制度改革関連法案の中身については、現在検討中の段階ですので、その内容は決まっていません。引き続き、政府内で検討を深めていきたいと考えます」
さらに記者から「検討」の中身について訊ねられると、このように述べている。
「(質問の)ご趣旨は、2年後に引き上げるのかということかと思いますが、現段階ではそれは検討していません」 (全文は「厚生労働大臣記者会見概要」(2月13日)参照)
この質疑だけを読むと、「そうか、引き上げは検討していないのか」と安心してしまうかもしれない。だが、その前に上野厚労相は「現段階では」と述べていることに留意をされたい。
しかも、その前段の質疑では「現在検討中の段階」「引き続き、政府内で検討を深めていきたい」とも述べている。つまり、2年後の自己負担上限額引き上げをあくまでも現段階では検討していないだけで、後出しじゃんけん的な「2年ごとの検証/見直し」を法案に盛り込むことについては「現在検討中」と述べるだけでまったく否定をしていない、とも理解できる。
実際に、この記者会見後の同日夕刻に毎日新聞が公開したポッドキャストでは、この2年ごとの検証を法案に盛り込む案が厚労省内で検討されていることが事実であるという前提で、その背景について、
・診療報酬や薬価のように、高額療養費制度の自己負担上限額もその時々の状況に応じて2年ごとに見直す仕組みを制度化したい ・制度化することによって、見直し案を提出するたびに世間から批判されることを避けたい という狙いがあるようだ、と厚労省担当記者が取材に基づいた推測を述べている。(毎日新聞ポッドキャスト19分30秒~)
このような厚労省側の意図が担当記者によって明らかにされている以上、先の共同通信情報は非常に真実性が高いと考えるのが妥当だろう。
さらにひとつ傍証としてあげておきたいのが、日本維新の会の衆議院選挙での公約だ。彼らの公約(維新八策2026)には「121. 高額療養費制度は国民皆保険制度の中核であり、制度見直しにおいては患者団体をはじめとする当事者の参画の機会を確保したうえで、制度設計に反映させる仕組みの構築を目指します」という文言があった。
患者団体の議論参画は専門委員会ですでに実現されているため、「何を主張しようとしているのかいまひとつよくわからない」とコメントを入れたが、この公約が言う「制度見直し」が「自己負担上限額を2年ごとに検証/見直しを行う制度化」を指しているのであれば、厚労省が検討を進めているという法案と維新の公約内容は、ピタリと平仄があう。
その後、2月17日の日経新聞や18日の毎日新聞では、厚労省が健康保険法に「長期療養者の家計への影響を考慮すると明確化」して「後期高齢者の金融所得を社会保険料に反映する仕組み」などを盛り込んだ改正案を自民党に諮って国会へ提出する方針だ、とするニュースが報道された。
ここで明記されている健康保険法改正案が、果たして共同通信が先日に報じた「医療保険制度改革関連法案」のことなのか、そして、この改正案は共同通信の第一報後に世論の大きな反発を見て急遽方向転換した結果なのかどうか、ということは、本稿執筆時では判然としない。
ただひとつ明らかなのは、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げや、唐突な「2年ごとの検証」という制度利用者の生命線は、政府と厚労省の手で恣意的に決定されている、という現実だ。そして、彼らがそのようなことをできるのは、実は上記の健康保険法がその根拠になっているからだ、ということはここで指摘しておきたい。
健康保険法第百十五条2には、以下のような記述がある。
「高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令で定める」
政令ならば、国会で法案として時間をかけて議論しなくても、内閣が閣議で金額等の要件を決定できる。
専門委員会でどれほど審議を尽くしても、自己負担上限額の唐突な見直しや引き上げ(あるいは2年ごとの検証)が制度を利用する当事者の知らないところで決定され、その後出しじゃんけん的な行為を阻むことができないのは、健保法にこの文言があるからだ。
仮に、この文言が「政令で定める」ではなく「法律で定める」と記されているならば、自己負担上限額引き上げ等の制度変更は閣議決定ではなく、その都度、法案として議会に提出し、その可否を衆参両院の審議に諮らなければならなくなる。どうせ健保法を改正するのなら、このような方向で検討した方が健全なのではないか。
上記新聞報道が記すように、政府や厚労省関係者が本当に「家計への影響を考慮」するつもりがあるのならば、法に則るという意味でもこのほうがむしろ適正な手続きだろう。
見直し案が実現に向けて進む状況下で、国民ができること
いずれにせよ、直近の問題は、昨年末に厚労省が発表した予算案(つまり、今回の見直し案が及ぼす様々な悪影響や皺寄せ)について、国会で果たしてきちんとした議論が行われるのか、ということだ。
一時凍結された2024年末の当初案は、そもそもの引き上げ幅が尋常ではない大きさだったために、理不尽さが誰にとってもわかりやすく、反対する側も明快な立論で政府に対応を迫ることができた。
全日本がん患者団体連合会(全がん連)が2025年1月に行った緊急アンケートでは「子供の教育費のために治療断念を検討している」など、疾患当事者の悲痛な声が多数寄せられ、それらを紹介しながら野党議員が政府に凍結を訴える姿は、多くの人々の共感を呼んだ。
しかし、今回の場合は見直し案によって生じる影響の内容が複雑で、問題提起をするにしても、わかりやすさという面では昨年と比べると若干の懸念がある。
しかも、野党側は人数面で昨年以上に劣勢であることに加え、政府側には先に述べたような見直し案の(わずかな)改善部分をことさら強調しながら「丁寧に説明」したうえで、「国民生活のために一刻も早く予算を通す」という、大義名分がある。
与党が圧倒的多数の議席を持つというのは、そういうことだ。
このように予想される政府の一方的な展開に少しでも歯止めをかけるべく、たとえば全国保険医団体連合会(保団連)は昨年3月4日から継続しているオンライン署名を、ここに来てSNSで再び熱心に呼びかけている。
この原稿を書いている2月18日現在では、24万筆以上の署名が集まったようだ。保団連は、2月19日にこの署名を厚労省に手交する予定だという(この署名は昨年の石破政権時代の3月4日に開始したものが、宛名人を高市首相と上野厚労相に変更して継続したもののようだ。
初期の署名賛同者は、宛名人が変わった現在の署名でも発起人の主旨に大枠で賛同すると解釈できるのだろうが、一時凍結前に開始した石破政権時の署名状況と現在の署名状況は異なるので、厳密なことを言えば高市政権に対する現在の署名運動は別立てにするべきだったようにも思う)。
いずれにせよ、この署名を受けとった厚労省と政府がどのような対応をするのか(しないのか)は未知数だ。
討議の場がすでに国会へ移っている以上、今回の見直し案を立ち止まって再検討するのか、あるいはあくまで粛々と法案を通すのかという意志決定のボールは、あくまでも政府側のコートにあるからだ。
高市首相は関節リウマチに罹患して生物学的製剤を投与していることを公言しており、10月の自民党総裁選前に共同通信が行った政策アンケートでは高額療養費制度の自己負担上限額引き上げに反対とも明言していた。
だが、首相就任後の11月に行われた臨時国会では「高額療養費も医療費全体を上回るスピードで増加をしております」「能力に応じてどう分かち合うかという観点から検討を進めていく」と、前政権と同内容の発言だったことからもわかるとおり、今国会でもおそらく従来の政府姿勢と同様の対応になるであろうことが想像できる。
では、今回の見直し案を含む政府の予算案の採決が粛々と進められてゆく状況を、我々国民はただ座して眺める以外に方法がないのだろうか?
ここで思い出したいのが、全がん連理事長・天野慎介氏の言葉だ。少し長くなるが、以下に引用しよう。
「議員はもちろん、より良い政治やより良い世の中の実現のために動いていらっしゃるんだろうけども、いちばん根底の部分では『最後に議員を動かすのは面子と選挙だ、それが立たなければ彼らは動かない』とお世話になっている議員秘書の方に教えられたことがありました。これが国会で要望活動をする時の要諦だ、と私は理解しています。 当たり前ですが、与党には与党の面子があるし、野党には野党の面子がある。今回に限らずどの政策課題だろうと同じですが、高額療養費制度の件で言えば、与党が避けたかったのは『野党に言われたから凍結しました』という状況です。つまり、自民党内から声が上がるか、(当時の)連立与党である公明党から言われて変えるか、どちらかしかないんです。これが与党にとって面子が立つという意味です。 野党にとって面子が立つのは、『自分たちが動いた結果、与党は政策を変えざるをえなかった』という状況です。それぞれ、面子が十分に立たないと議員の方はなかなか動いてくださらない」
※なぜ天野氏たちの訴えは見直し案凍結につながったのか? ──全国がん患者団体連合会理事長・天野慎介氏インタビュー 集英社新書プラス2025年5月1日配信より
「面子と選挙」という、ある意味で身も蓋もない現実を考えると、我々選挙民の言葉がもっともよく届く相手は地元選出の国会議員、ということになるだろう。
声を届ける方法は様々だろうが、いずれにせよ地元選挙民の真摯な声は、その選挙区から選出された議員にとって軽々に扱えるものではないはずだ。そしてそれが「与党の面子」「野党の面子」を立てることに繋がるのであれば、議員たちもその声を反映すべくある程度積極的に動くことが合理的である、という判断にもなるだろう。
要するに、選挙民の意志を国会で反映させる方法は、なにも選挙で一票を投じることだけがすべてではない、ということだ。
これを書いている自分自身でも、できることは何であれやろうと考えている。署名活動などに参加することもそうだろうし、地元選出の国会議員に声を届けることもそうだろうし、そしてこのような場で原稿を書き、あるいはこの高額療養費制度見直しの問題を書籍にまとめて広く世に問うことも、それらの方法の一形態であるだろう。
自分にできることをひとつひとつ行いながら、これから始まる国会の推移を注視しようと考えている。
文/西村章
スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか
「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みをスポーツを利用して覆い隠す行為」として、2020東京オリンピックの頃から日本でも注目され始めたスポーツウォッシング。 スポーツはなぜ”悪事の洗濯”に利用されるのか。 その歴史やメカニズムをひもとき、識者への取材を通して考察したところ、スポーツに対する我々の認識が類型的で旧態依然としていることが原因の一端だと見えてきた。 洪水のように連日報じられるスポーツニュース。 我々は知らないうちに”洗濯”の渦の中に巻き込まれている! 「なぜスポーツに政治を持ち込むなと言われるのか」「なぜ日本のアスリートは声をあげないのか」「ナショナリズムとヘテロセクシャルを基本とした現代スポーツの旧さ」「スポーツと国家の関係」「スポーツと人権・差別・ジェンダー・平和の望ましいあり方」などを考える、日本初「スポーツウォッシング」をタイトルに冠した一冊。 第一部 スポーツウォッシングとは何か 身近に潜むスポーツウォッシング スポーツウォッシングの歴史 主催者・競技者・メディア・ファン 四者の作用によるスポーツウォッシングのメカニズム 第二部 スポーツウォッシングについて考える 「社会にとってスポーツとは何か?」を問い直す必要がある ──平尾剛氏に訊く 「国家によるスポーツの目的外使用」その最たるオリンピックのあり方を考える時期 ──二宮清純氏に訊く テレビがスポーツウォッシングを絶対に報道しない理由 ──本間龍氏に訊く 植民地主義的オリンピックはすでに<オワコン>である ──山本敦久氏に訊く スポーツをとりまく旧い考えを変えるべきときがきている ──山口香氏との一問一答
MotoGP 最速ライダーの肖像
F1と並ぶモーターレーシングの最高峰、MotoGP。 むき出しの体で時速350kmのマシンを操り、命賭けの接近戦を繰り広げるライダーとはどういう人間なのか? チャンピオンに輝いた者、敗れ去った者、日本人ライダーなど全12人の男たちの、勝利に賭ける執念、コース外での駆け引き、チームとの絆、ケガ、トラブル…。 レース中継では映らない彼らの素顔を、20年間、間近で取材し続けてきたジャーナリストが描き出す。 第1章 バレンティーノ・ロッシ…2輪レース最強ライダーの20年。その天才性と強欲な素顔。 第2章 ニッキー・ヘイデン…誰からも愛されたアメリカン・ライダー。 第3章 ケーシー・ストーナー…26歳で引退。レースもキャリアも駆け抜けた最速のチャンピオン。 第4章 ホルヘ・ロレンソ…チームメイトとしてロッシと火花をちらした若き王者。 第5章 マルク・マルケス…27歳でタイトル6度。ロッシ超えを狙うMotoGP界の現キング。 第6章 ジョアン・ミル…スズキに20年ぶりのタイトルをもたらした2020年チャンピオン。 第7章 ダニ・ペドロサ…常に僅差でタイトルに届かなかった傷だらけの小さな天才。 第8章 マルコ・シモンチェッリ…24歳で早逝。その父と日本人ライダーが意志を引き継ぎチーム結成し勝利。 第9章 アンドレア・ドヴィツィオーゾ…現役最強マルケスを最も苦しめた男。今季は浪人中。 第10章 加藤大治郎…ロッシを倒すはずだった幻の日本人MotoGPチャンピオン。享年26。 第11章 玉田誠…親友・大治郎と病床の母に捧げたMotoGP初勝利。 第12章 中野真矢…ヤマハ、カワサキで闘志あふれる走りを見せたサムライライダー。
最高裁が認めた異例の「死後再審」 約40年ぶりの公判どうなる?
滋賀県日野町で1984年、酒店経営の女性が殺害された「日野町事件」で、最高裁第2小法廷(岡村和美裁判長)が2月24日付で再審開始を認める決定を出した。強盗殺人罪で無期懲役が確定した阪原弘(ひろむ)さんは服役中の2011年に病死している。いわゆる「死後再審」はどのように進むのか。
通常の刑事裁判では、公判前や公判中に被告が死亡した場合、裁判所が「公訴棄却」を決定するが、刑事訴訟法は再審公判については裁判を打ち切らないと規定。弁護人がいれば、再審公判を開くことができる。
無期懲役の殺人事件の死後再審は今回が初めてとなるが、約40年前に有期の懲役刑で死後再審が開かれた前例がある。1953年に徳島市のラジオ店経営者が自宅で刺殺された「徳島ラジオ商事件」だ。
無罪を主張しながらも58年に殺人罪で懲役13年が確定した元被告の女性は、再審請求中の79年に死亡した。女性の犯人性を補強する証言をした関係者が証言を翻したことで、80年に徳島地裁が再審開始を決定。83年に同地裁で被告不在の再審公判が始まった。
やり直しの初公判では人定質問が省略され、検察官による起訴状朗読後に弁護側が無罪を主張した。検察側は「関係者の証言には信用性がある」として有罪立証を維持し、女性に懲役13年を求刑したが、地裁は判決で信用性を否定し再審無罪を導いた。検察側は控訴せず85年に無罪が確定した。
近年では、23年に開かれた袴田巌さん(89)の再審公判で、心神喪失の状態の袴田さんに代わり、再審請求をした姉の秀子さん(93)が無実を訴え、「無罪」の判決主文も被告席に座って聞いた。
阪原さんの再審公判は、無期懲役を言い渡した確定審の大津地裁で開かれる。弁護側は、23年2月の大阪高裁決定が「無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠」とした複数の新証拠を提出するとみられる。
検察側が再審請求審同様に有罪立証を図るのかが焦点となり、有罪立証を維持すれば、再審公判も判決までに一定の時間を要する可能性が高い。ただし、過去に殺人事件の再審で有罪が維持されたことはなく、今回も無罪となる公算が大きい。
山崎学・元東京高裁部総括判事は「客観的な証拠を丁寧に検討し、捜査段階の『自白』に疑問を投げ掛けた大阪高裁決定は筋が通っている。支持した最高裁決定は妥当だ。生きている間の名誉回復が望ましく、死刑・無期懲役の重大事件や被告が高齢の場合は、再審請求から決定までの期間を区切るといった制度の導入も検討すべきではないか」と指摘する。【三上健太郎、安達恒太郎】
ひき逃げか 意識不明の2歳女児死亡 北海道旭川市
27日、北海道旭川市で2歳の女の子が意識のない状態で倒れているのが見つかり、その後搬送先の病院で死亡が確認されました。警察は、ひき逃げの可能性もあるとみて調べています。
女の子が倒れていたのは、旭川市神楽6条9丁目にある駐車場付近です。27日午後6時前、女の子の母親から「娘が車にはねられたかもしれない」と消防に通報がありました。
警察によりますと、女の子は頭部に損傷があり、意識のない状態で病院に搬送され、その後、死亡が確認されたということです。
警察は、女の子をひいたとみられる車が現場付近にないことから、ひき逃げの可能性もあるとみて調べています。
「白タク」営業に関与疑いで大阪・貝塚市の運送会社元代表ら逮捕 自家用車に「緑ナンバー」つけて正規の業者装ったか 大阪府警
無許可のタクシー営業、いわゆる「白タク」行為に関与したとして、大阪府貝塚市にある運送業者の元代表の男らが逮捕されていたことがわかりました。男らは雇用関係のないドライバーの自家用車を会社の車と偽って登録し、緑色の事業用ナンバープレートをつけて「白タク」営業をさせることで、正規の運送業者を装っていたということです。
道路運送法違反などの疑いで逮捕されたのは、大阪府貝塚市にある運送会社「宝来」の元代表で、中国籍の劉宣余容疑者(37)ら複数人です。
警察によりますと、劉容疑者らは2025年6月から2026年1月までの間、雇用関係のないドライバーの自家用車を会社の車と偽って登録し、緑色の事業用ナンバープレートをつけて「白タク」営業をさせていた疑いがもたれています。
白タク営業をするドライバーらは主に中国人客を関西空港から観光地まで乗せるなどしていたということです。
劉容疑者らは緑ナンバーを自家用車につけさせることで、白タク営業が発覚しないように装っていて、約100台のドライバーから車両の名義貸し料として1台あたり月10万円ほど、総額にして3500万円以上を受けとっていたとみられています。
劉容疑者は警察の調べに対し、白タク行為への関与は認める一方で、他の容疑者との共謀は否認しているということです。
検察は27日、劉容疑者を略式起訴したと明らかにしました。
れいわ・奥田共同代表「子どもたちを絶対に戦争に行かせない」に賛否両論 高市首相「平和のため防衛力の強化」と強調
れいわ新選組の奥田芙美代共同代表の参院本会議での発言をめぐり「代弁してくれてありがとう」という声や「ヤバさが際立つ」という声が上がり賛否両論となっている。
奥田氏は、2025年12月開催の予算委員会で「子どもたちを絶対に戦争に行かせない、そして絶対に戦争に巻き込ませない、今ここで約束してください」と高市早苗首相に訴えた際、「子どもの命を守るために戦う」と言われたと回顧。
26日の本会議で、そのことを引き合いに出し、改めて「戦う?誰と?誰が?……総理には、子どもや平和を守り抜くとおっしゃっていただきたかった。子どもを守るのは、人を殺す武器ではありません」と訴えた。
高市首相は「国民のみなさまのリスクを下げるため、自衛隊員が自らリスクを負います。あらゆる手段でこれらのリスクの低減を図っていくのが政治の責任であり、それこそが私の戦いです」と答えた。
さらに、「これまで進めてきた防衛力の抜本的強化は、わが国の抑止力を高め、相手に攻撃を思いとどまらせ、事態発生そのものの可能性を低下させることにつながる。大切な子どもさん、国民のみなさまの命と平和な暮らしを守り抜くため、防衛力の抜本的強化をこれまで以上のスピード感で進めてまいります」と強調。
終了後、関口昌一議長は「奥田君の発言につきましては、速記録を調査の上、発言中に不穏当な言辞がありますれば適切に措置いたしたい」と述べた。どの発言が不穏当かは言明していない。
奥田氏は昨年7月の参議院議員選挙で初当選した。9月の予算委員会でも、年金の安さについて鋭い弁舌で訴えたことで注目を浴びた。その際も、議題とは異なる質疑・演説となったため、行動や発言に疑問を持つ人も多くいる。
17日には自身のX(旧Twitter)で、れいわ新選組の共同代表になったと明かした。その際に「代表から打診があった際、一瞬で全身火あぶりにされたような心境でした」と心境を吐露。
本議会についても「自民党議員の中にも、奥田ふみよと同じような思いを持ちながら、静かに奥田の声に耳を傾けていた、熱いその眼を私は観た」とポストしている。
リプ欄では「とても良かったです」「戦争を止める正念場が今」「国民の声を代弁してくれてありがとう」などの称賛の声が寄せられた。一方で「不穏当な発言で注意されてたけどな」「れいわのヤバさが際立った」「日本のお母さん代表とかいうのやめて」といった声も上がっている。
文/並河悟志 内外タイムス編集部
内縁の夫をワインボトルや金づちで殴って殺害か、48歳女「働かずモラハラひどかった」
茨城県潮来市のアパートで同居男性を殺害したとして殺人容疑で逮捕された48歳の女が「夫が働かず、モラハラがひどかった」という趣旨の供述をしていることが24日、捜査関係者への取材で分かった。県警は夫への不満が動機になった可能性があるとみて調べている。
県警によると、女は16日午前1時頃、アパート自室で内縁の夫(52)の頭をワインボトルや金づちで殴り、首をひもで絞めるなどして殺害したとされる。容疑を認めているという。
役場の駐車場で車をバック中に女性をはね逃げた疑い 57歳の女を逮捕 愛知・東浦町役場
きのう午後、愛知県の東浦町役場の駐車場で70代の女性を車ではね、そのまま逃げたとして、57歳の女が逮捕されました。
逮捕されたのは、東浦町の無職・鈴木弘恵容疑者(57)です。警察によりますと、鈴木容疑者はきのう午後3時半前、東浦町役場の駐車場で乗用車をバックさせた際に、歩いていた75歳の女性をはねたにもかかわらず、そのまま逃げた疑いがもたれています。女性は右肩の骨を折るけがをしました。
警察の調べに対し、鈴木容疑者は「人にぶつかれば気がつくと思いますが、私の車がぶつかっているのであれば私がやったのかなと思います」と容疑を一部否認しています。警察が当時の状況などを詳しく調べています。