館野仁(53)桜井純(45) 金密輸容疑で男2人逮捕 韓国から1トン運び込んだか―警視庁

韓国から金を密輸したなどとして、警視庁生活経済課は21日までに、関税法違反容疑などで、職業不詳館野仁(53)=千葉県習志野市秋津、会社役員桜井純(45)=同県市川市国分=両容疑者を逮捕した。館野容疑者は「密輸するつもりはなかった」と否認し、桜井容疑者は認めている。
同課によると、両容疑者は2023~24年、韓国と日本を計216回往復。計約1トンの金(約108億円相当)を密輸して東京都内の金買い取り店で売却し、計約9億8000万円の利益を得たとみられる。

館野容疑者の逮捕容疑は昨年8月21日、金の延べ棒4本(約4600万円相当)をポーチに入れて韓国から密輸し、消費税の支払いを免れるなどした疑い。

同容疑者は同日、韓国から羽田空港に到着した際にポーチを紛失。同空港に落とし物として届けられたことで発覚した。

その翌日、桜井容疑者がかばんに金の延べ棒9本(約1億450万円相当)を隠し、韓国から密輸しようとしたところを同空港の東京税関職員に見つかった。

両容疑者は韓国で延べ棒を預かり、入国時に消費税相当額を納めないまま日本の金買い取り店で換金し、売却代金を韓国に持ち帰ろうとしていたとみられる。両容疑者が韓国出国時に提出した輸出申告に関する書類には、同一の金の販売先が記されており、同課は韓国に仲間がいるとみて調べている。

鈴木湧万(29) 福島県教委 県立高校の男性教諭を懲戒免職処分

福島県県教育委員会は県立清陵情報高校の鈴木湧万(29)教諭を14日付けで懲戒免職処分としました。 鈴木教諭は2025年7月、郡山市内の商業施設の女性用トイレに盗撮しようと侵入した疑いで警察に逮捕され、その後、罰金10万円の略式命令を受けています。

「事件生かされていない」=風化を懸念、遺族の悲しみ今も―相模原殺傷

「事件が生かされていないと思う」。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者45人が殺傷された事件から26日で10年となるのを前に、亡くなった美帆さん=当時(19)=の母(62)が取材に応じ、娘を失った悲しみと事件の風化への懸念を語った。
「夏に流れるプールで気持ち良さそうにしていた顔や、お菓子をおいしそうに食べる姿をよく思い出す」と、ほほ笑みながら娘の面影を思い浮かべる。自宅に飾られた写真の周りには、美帆さんがよく選んでいたという緑色のパッケージのスナック菓子が並ぶ。
家族の誰の誕生日であっても、ケーキのろうそくを吹き消すのは美帆さんの役目だった。「今はお祝いをしても『誰が吹く?』となってしまう。いつもいた人がいないのは寂しい」と、事件から10年たっても変わらない悲しみを吐露する。
2020年1月、元職員植松聖死刑囚(36)の初公判を前に、それまで匿名だった犠牲者の中で、初めて美帆さんの名を公表した。理由は、「美帆が19年間、一生懸命生きていたことを覚えていてほしいから」。
一方で、障害者施設などでの虐待のニュースは今も後を絶たず、「事件が生かされていない。みんな忘れちゃったのかな」と目を伏せる。「亡くなった19人は大事な命だった。無駄にしないで、思いやりのある優しい社会になってくれれば、事件はもう起きないと思う」と話す。
中度知的障害と自閉症だった美帆さんが幼い頃は、「周りからにらまれることが多くて、連れて歩くのが怖かった」と振り返る。「パニックになることはあるけれど、自ら望んではいないし、まして迷惑をかけようと思っているわけでもない。だから、にらまないで優しく見守ってほしい」と訴えた。 [時事通信社]

【速報】大正区の台船に女性遺体 現場近くの海上で夫の遺体見つかる…付近には夫名義の車も 大阪府警

大阪市大正区の橋の下の台船で、首を絞められて殺害された女性の遺体が見つかった事件で、警察が台船の近くの海上で、女性の夫の遺体を発見していたことが捜査関係者への取材で新たにわかりました。
警察は夫が事件について何らかの事情を知っていたとみて詳しい経緯を調べています。
警察によりますと、15日午前7時半ごろ、大阪市大正区の橋の下の台船で、近くに住むアルバイトの横関真由美さん(53)が寝間着姿で頭から血を流して倒れているのが見つかり、その後死亡が確認されました。
司法解剖の結果、横関さんの死因は何者かにひものようなもので首を絞められたことによる「窒息」で、死亡推定時刻は、遺体発見の約7時間半前、15日の午前0時ごろだということです。また、横関さんの両足が骨折していたことから、警察は、横関さんが何者かに殺害されたあと、橋から落とされたとみて、殺人事件として捜査しています。
その後の捜査関係者への取材で、事件発覚から4日後の19日に、現場近くの海上で横関さんの夫の遺体が見つかっていたことが新たにわかりました。遺体の近くには夫名義の車も放置されていたということです。
警察は、夫が事件について何らかの事情を知っていたとみて、夫婦の死亡の経緯について詳しく調べています。

「何で俺が蹴られなきゃならんか」国の誤った隔離政策がもとで家族も差別 偏見差別を恐れて補償請求できない人も【ハンセン病家族訴訟の勝訴から7年】

ハンセン病家族訴訟は勝訴から7年が経ちました。ハンセン病は、「らい菌」によっておこる病気で、感染力は極めて弱く、戦後、薬で完全に治るようになりました。
しかし、国の誤った隔離政策がもとでかつての患者だけでなく、家族も差別されたのです。国が責任を認め、家族に謝罪しましたが、被害からの回復は7年たったいまも進んでいません。
家族も差別され 深刻な人生被害を受けた
2019年7月24日

(当時の安倍総理)

「みなさんにとって大切な人生において、大変な苦痛と苦難を強いることとなってしまいました。心から深くお詫びを申し上げます」
「親が、きょうだいが、ハンセン病だった」

ただ、それだけなのに、苦しいばかりの人生でした。
かつての患者に対する誤った隔離政策がもとで家族も差別され、深刻な人生被害を受けたのです。
岡山県を含む全国の560人あまりが、国に謝罪と賠償を求めたハンセン病家族訴訟は7年前、勝訴が確定。国は過ちを認め、家族の名誉回復を約束したはずでした。しかし…。
いまも 回復者と家族は孤立している
(家族原告 奥 晴海さん 鹿児島県・奄美大島在住)

「(ハンセン病家族の)男性が、誰も頼る人がいなくて、誰にも見守られることもなく、去年、まだ50歳前後だけどひとりで亡くなって」
今年5月、鹿児島県奄美市で開かれた、ハンセン病市民学会です。報告されたのは、回復者と家族がいまも地域で孤立している現状でした。
(回復者と家族を支援する 大槻倫子弁護士)

「奄美の退所者の皆さんも家族の皆さんも、やはり周囲に、ハンセン病の回復者であり家族であるということを知られたくないという方々ばかりなので」
「ハンセン病のことをコジキって言っていた」
今も根深い、ハンセン病への差別・偏見です。奄美大島には、国の療養所のひとつ、奄美和光園があります。ピーク時には360人以上がいましたが、いま、入所者はわずか6人。ここを終の棲家と決め、静かに暮らしています。
家族訴訟の原告のひとりとして、7年前、私たちの取材に応じてくれたのが赤塚興一さんです。赤塚さんの父親は、戦後間もなく、和光園に強制収容されました。
(家族原告 赤塚 興一さん 鹿児島県・奄美大島在住/2019年のインタビュー)「後ろから足で蹴られたりとかね、学校帰りに、先輩に。わけがわからん、何で俺が蹴られなきゃならんか、と思ったりもしたり。ハンセン病のことをこっちでは『コジキ』って言っていたんですから。それはトラウマ、完全なトラウマですよね」
ハンセン病ではなかった父親までも隔離され 孤児になった
祖母と母親が和光園にいた、奥 晴海さんも、当時、取材に応じてくれました。奥さんは、ハンセン病ではなかった父親までも隔離されたことで孤児となりました。
「ハンセン病の子ども」とさげすまれ、預けられた親戚の家では労働力として扱われました。
(家族原告 奥 晴海さん 2019年のインタビュー)

「大変なところに来たなあって、ほんと迷惑な子がここに来たみたいな感じになってきたのも、子どもながら顔を見たらわかりましたよ」
「やっぱり自分の心の中に染み付いた傷だけは一切消えないので、そこだけは国にしっかりわかってもらいたいと私は思っていますよ」
偏見差別を恐れて補償請求できない人も多い
2019年6月28日/熊本地裁
(米澤秀敏記者)

「勝訴の判決です。家族の人生被害を熊本地方裁判所は認めました」
2019年。熊本地裁は国に謝罪と賠償を命じ、国が控訴を断念。判決を受け、家族に補償金を支払う法律もできました。国は約2万4000人が補償の対象と想定していますが、請求した家族は4割にも満たず、請求期限が当初の2024年から2029年に延長されています。
(回復者と家族を支援する 大槻倫子弁護士)

「偏見差別を恐れて補償請求できないという人も多いと思うんです。そういう中でも周囲に知られないようにプライバシーは守るかたちで補償が受けられる仕組みというのがありますので、ぜひ厚労省なり、弁護団でもいいんですけど、ご相談いただいて、謝罪と補償はぜひ受け取っていただきたいなと思っています」
ハンセン病だった父親を嫌い、隠すように生きたことへの「贖罪」
(家族原告 赤塚 興一さん)

「母子家庭っていうかたちで、いまみたいにいろんな補助があるわけじゃない時代なんですよ。だから親代わりになって、私は働かざるを得なかったですね」
赤塚さんは、ハンセン病だった父親を嫌い隠すように生きてきました。そのことを悔やみ、88歳になったいまも、「贖罪」の思いで啓発活動を続けています。
奥さんがいま感じているのは奄美に暮らすハンセン病回復者と家族の「絆の修復」の難しさです。
「あんまり関わりたくない」という言葉がやっぱり出る
(家族原告 奥 晴海さん)

「(ほかの家族の)話を聞いていたら『もう親も亡くなっていないしね、あんまり関わりたくないしね』そういう言葉がやっぱり出るんですよ。でもやっぱりそれは真実だろうと思う。私だってそういう思いもあるけれど、私はここまで自分がやってきているのがあるので」
「この裁判だって私たちがあのとき『やります』と言わなければ、絶対後悔していただろうと思うし。思い切ってやってよかったなと思ってる、いまは」
解決とはほど遠い、ハンセン病をめぐる問題です。
まだまだ「知らなかった」という人が多い
(大槻倫子弁護士)

「まだまだ『知らなかった』という方がすごく多いんですね、回復者の方だとか、家族の方の話を直接お聞きいただく、もしくは療養所に足を運んでいただくということがもしできれば、ハンセン病問題っていうのはこんな問題なんだっていうことについて理解をしていただけるし、まず『知っていただきたい』ということ、知っていただいたうえで共に偏見差別のないハンセン病問題に限らず、あらゆる偏見差別のない社会の実現にむけて一緒に取り組んでいただけるようなことをお願いできればなと思います」
家族の被害をもたらしたのは誰なのか
3つのハンセン病療養所があるこの岡山・香川にも、未だ名乗り出ることができないご家族がいらっしゃるかもしれませんね。
大槻弁護士は、回復者と家族が孤立せず地域で安心して暮らせるよう、身近な相談体制を全国にくまなく整備する必要があると指摘します。
相談したいことがある方は、秘密は守られますので、まずは気軽に厚労省(03-5253-1111、内線2369疾病対策課ハンセン病係)か、ふれあい相談センター(03-6276-1108)にご相談ください、とのことです。
家族訴訟弁護団の德田靖之弁護士は
「社会の側はハンセン病問題は終わったと思ってしまっていて、自分は差別をしていないと思い込んでいるから、隠しながら生きていることの辛さを理解しないわけです。家族の被害をもたらしたのは誰なのか。他人事のように考えているあなたたちが、家族をまだそういう状態においているんじゃないんですか、と言いたいです」
と話しています。

高市首相の個人的な思惑で改正皇室典範は歪んだ法律に…万死に値する【小沢一郎が吠える!】#2

【小沢一郎が吠える!】#2
本当にひどい改正だった。しっかりした理念も皇室に対する尊崇の念も感じられない。高市首相と別の誰かの個人的思惑で、いじくり回され、歪んだ法律にしてしまった。昔なら不敬罪だよ。万死に値する。
──7月17日に成立した改正皇室典範のことである。改正点は、①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持②旧宮家の男系男子を養子として迎えられる。女性皇族の夫と子は一般国民とされる一方、養子の子が男子なら皇位継承権を持つことになる。
女性・女系天皇についての議論が一切ないまま、女性の皇位継承を封じた、非常に後ろ向きな改正となった。
しかし、皇祖神(天皇家の祖とされる神)は天照大神で女性だ。126代の天皇のうち10代が女性天皇で、2人は重複しているので女性は8人いる。
そもそも皇室典範は明治政府になってから定められたもので、古来、男系男子と決まっていたわけではない。国民の8割以上が女性天皇に賛成しているのに、男性のみに受け継がれるDNAがあり、男性でなければ遺伝しない、などというおかしな主張をする右翼もいて、本当にばかげた話になってしまっている。
学者の論争にもなっていることだが、16代の仁徳天皇から25代まで仁徳系が続いた後、理由はわからないがいったん、皇統は途絶えているんだ。当時は側室がいたし、子や孫がひとりもいないなんてことはあり得ないはずなんだが。26代の継体天皇は敦賀(福井県)の実力者だったとされる。つまり、25代で皇統が断絶して新しい皇室ができたという説もあるわけだ。そういう形で受け継がれてきた皇室なのだから、歴史的事実を誰も証明できない。万世一系の天皇で文句ないじゃないか。その中に女性も含まれていたのだから、男系男子に限るなんて根拠はないんだ。
武家社会だって男系男子だけでつないできたわけではなく、跡継ぎがいない時は、みな婿を取ってきた。日本は事実上、女性の社会だよ。女性の方が強く、力を持っているんだ。だから江戸時代に儒教の朱子学の力が強くなった時でさえも、大名でも旗本でも武士は婿をもらっているし、一般社会でも商人や職人は自分の子よりも優秀な弟子を婿として跡を継がせていた。だから男系男子ではないんだ。
中道が賛成したのは情けない
こんな姑息な典範改正に中道改革連合が賛成したのは情けない。野田くん(佳彦元首相)は反対してたのに、採決では賛成したんだろ。節操がないな。信念はないのか。
──野田氏は「いつの日か同志を増やした上で、本格的な典範改正の議員立法を提出したい」と、将来的な再改正に意欲を示しているが。
女性天皇を阻止するような政府案に賛成しておいて何を寝ぼけたことを言っているのか。世間に恥ずかしくないのかと言いたい。同じ政権では再改正はできないよ。自民党では無理だ。賛成してしまったから中道でもダメ。まったく違う政権で変える以外にない。
(小沢一郎/前衆議院議員 取材・構成=小塚かおる/日刊ゲンダイ)

「お母さんはどこにいますか」拉致から48年 曽我ひとみさんが語る北朝鮮での24年間の真実【曽我ひとみさん講演録①・札幌】

「念願が叶いました」初めての北海道で語り始めた
2026年7月3日金曜日。昼間にもかかわらず、札幌の会場には大勢の聴衆が集まっていました。演台に立った曽我ひとみさん(67)は、紫のジャケットに白いブラウス、胸元には青いリボンのピンをつけ、手元に書いてきた原稿を持っていました。
「本日は、平日にもかかわらずたくさんの方がこの会場に足を運んでいただき、心より感謝を申し上げます」
そう静かに語り始めた曽我さんは、「生まれて初めて北海道に来ました。一度行ってみたいなとずっと思っていたのですが、念願が叶いました」と微笑みました。
穏やかな言葉の裏に、この講演にかける思いの重さがにじんでいました。
「話がとても下手でございまして」と前置きをしながら、「書いてきたものを読ませていただきたいと思います」と述べた曽我さん。
しかし彼女の言葉は一つひとつ、会場に静かに、そして確かに届いていきました。
“拉致されてから48年、それでも問題は解決していません”
今年で帰国から24年目を迎えます。
そして、拉致されてからは48年。半世紀近い年月が経ったことになります。これだけ長い時間が過ぎたにもかかわらず、拉致問題は一向に進展が見られていません。
「親世代が元気なうちに解決を」そのスローガンを新たに掲げ、この2年余り家族会が活動してきましたが、何の成果も得られませんでした。
母を含む拉致被害者の救出のため、この先の1年が、たったの1日が、もう待てない、と訴え続けてきました。けれど現実は残酷なものです。進展のないまま、また今日を迎えてしまいました。
私の願いは、母を含む拉致被害者全員の帰国です。そのためにも、高市総理はじめ政府関係者、関係機関には早期に日朝会談の場を設け、拉致被害者全員の帰国に向けて交渉してほしいと思っています。
“思い出すのも忌まわしい日、でも決して忘れることのできない日です”
昭和53年(1978年)8月12日、土曜日の午後7時過ぎのことです。
当時、佐渡総合病院附属准看護学院の寮に住んでいた私は、週末になると必ず実家に帰っていました。その日も当然、実家に帰っていました。母はいつも通り仕事に出ており、帰宅後は家族で夕食を取りました。
翌13日はお盆を迎えるということで、母(ミヨシさん当時46歳)はお墓に供える赤飯の支度をしていました。準備をしていて足りないものがあることに気づき、買い物に出ようということになったのです。
日も暮れかかっていましたが、特に警戒することもなく、2人で近所の雑貨店まで出かけました。家からそう遠くない、400~500メートルくらいの距離でしょうか。 同じ集落内にある雑貨店で買い物をし、店を出てたわいもない世間話をしながら歩いていたのですが、後ろの方から人の足音がしてきました。特に私たちを抜き去るほどのスピードで歩いているわけではなさそうでしたが、それでも感覚が徐々に縮んでいる気配を感じました。
母と2人、後ろを振り向きました。3人の男性が歩いています。「なんだろうね、ちょっと気味が悪いな」と母と話しながら歩いていましたが、特に身構えて警戒することもなかったように思います。
家まであと100メートル足らずというところまで来た時でした。男性3人が足早に駆け寄り、私と母に襲いかかってきました。抵抗することもできず、口を塞がれ、手足を縛られ、南京袋のようなものをかぶされ、担がれて川まで連れて行かれました。
現場に着くと、男性と女性が何かを話しているのが聞こえました。日本語で話していましたが、女性の話す日本語が少し変だなと思ったのです。けれど冷静に状況を分析している場合ではありませんでした。
それから小さな船に乗せられ、沖まで連れて行かれ、別の大きな船に乗り換えました。窓もない暗い船室に押し込められていたので、外の様子を知ることはできませんでした。
自分がどうなったのか、これからどうなってしまうのか。身に起きた出来事にただ恐怖するだけで、声を殺して泣くしかありませんでした。
翌13日の夕方5時、腕にはめていた時計を見たとき、船はどこかに着いていました。甲板に出て景色を見ると、全く見たことのない寂れた感じの港でした。
日本語を話すおばさんに「ここはどこですか」と尋ねたら、「ここは北朝鮮という国だ」と言うのです。私は聞いたこともない国名に、内心驚いていました。そんな名前のところがあったんだ、今まで聞いたことないけどな、と。
“指導員に聞きました。『母はどこにいますか』と”
船を下りると車が待っていました。車の中にはとても偉そうな感じの男性が乗っていました。多分、工作員の責任者といった立場だったのではないかと思います。
その人の話では、これから列車で平壌というところに行くとのことでした。通訳を介して、私は思い切ってこの男性に聞きました。「母はどこにいますか」と。
するとこの男性は「お母さんは日本で元気に暮らしているから心配しなくてもいい」と言いました。この答えに納得したわけではなかったのですが、男性のこれ以上何も言うんじゃないという威圧感に、それ以上母のことを尋ねることはできませんでした。
途中、知らないところで一泊し、翌日の夕方駅に着き、列車に乗り込みました。列車に揺られ平壌に着いたのは15日の早朝でした。そこから招待所まで連れて行かれました。
招待所に着く前までは、本当に北朝鮮というところなんだろうかと半信半疑だったのですが、招待所の中に入って壁にかかっている2人の肖像画を見た途端、異国であることを確信しました。
この時から日本語を話すおばさんとの生活が始まりました。この女性は後に国際指名手配されたキムヨンスという工作員です。拉致を実行した犯人と私が結婚するまで一緒に暮らしていたのです。今考えてもおかしな環境にいたものです。
“あの時のめぐみさんの笑顔は、今でも忘れることはありません”
平壌の招待所で生活し始めて数日後、組織の幹部らしい人が来て「今日から別の招待所に移る」と言われ、慌ただしく引っ越すことになりました。
招待所に着くと1人の女の子がいました。彼女は笑顔で私を迎えてくれました。
その女の子は、横田めぐみさんでした。
ちょうど私の妹と同じくらいの年でした。だからなのか、それともずっと1人ぼっちだったせいなのか、彼女とはすぐに仲良くなりました。私といる時はいつもニコニコとあの可愛らしいえくぼを見せていました。
彼女との8か月の生活はそれなりに大変でしたが、それまでの孤独な生活を思えば、嫌なことを考える時間がなくなっただけでも大違いでした。
めぐみさんと2人っきりの時や夜寝静まった時など、本当に本当に小さな声で誰にも気づかれないよう注意しながら日本語で話をしました。家族のこと、友達のこと、学校のこと。また外に出る機会がある時は、ちょっと離れた場所に行って日本の歌などをこっそり歌ったりもしました。
指導員に見つかれば大目玉を食らうことは分かっていましたが、やっぱり2人とも日本が恋しかったのです。
とにかく日本に帰りたかった。毎日毎日、どうしたら日本に帰れるか、なんとかして帰れないかと考えてばかりいました。

永井豪さん、鳥山明さん殿堂入り 米漫画賞「アイズナー賞」

「コミック界のアカデミー賞」とも呼ばれる、米国の権威ある漫画賞「アイズナー賞」殿堂入りの授賞式が24日(日本時間25日)、西部サンディエゴで開かれ、漫画家の永井豪さん(80)と、2024年に死去した鳥山明さんが殿堂入りを果たした。
同賞の公式サイトによると、審査員は永井さんについて、代表作の「マジンガーZ」や「キューティーハニー」などを引き合いに「現在の米国の人気漫画のほぼ全てのジャンルが永井豪の影響を受けている」と称賛した。
鳥山さんは「Dr.スランプ」の作者などとして紹介。代表作の「ドラゴンボール」は「世界で最も人気のある漫画の一つ。西洋の国々でアニメ人気の拡大に大きく貢献した」と評価した。
殿堂入りは、受賞の35年以上前から作品を発表しているのが条件。世界的に著名なキャラクターを創造したり、漫画表現に革新を起こしたりした人に贈られる。
昨年は水木しげるさんと、ホラー漫画で知られる伊藤潤二さんが殿堂入りした。過去には手塚治虫さんや高橋留美子さんらが選ばれている。(共同)

改正皇室典範の成立から見えた、高市首相の「稚拙すぎる」国会運営/倉山満

―[言論ストロングスタイル]― 高市早苗首相は7月17日、皇族数確保策を盛り込んだ改正皇室典範の成立を受け、「幅広い賛同をいただき感謝申し上げる」と語った。だが、成立までの国会運営に手厳しい視線を向けるのが、皇室史研究家の倉山満氏だ。「高市首相の国会運営、稚拙なのだ。日本保守党と共産党を結束させる手腕、もはや才能ではないか」と、倉山氏は言い切る(以下、倉山氏による寄稿)。◆「愛子天皇の可能性など最初からゼロ」 なんとか改正皇室典範が成立した。最後の局面で政府の法案立案能力に慄然としたが、まさか潰す訳にはいかない。“戦争目的”は達した。 今ごろになって愚かなマスコミとSNSでは「なぜ愛子さまが天皇になれないのか」「男尊女卑の皇室典範」「万世一系の男系男子なんてだ。近代に作られた偽の伝統だ」などと、曲学阿世(きょくがくあせい)の御用言論人を総動員してプロパガンダを広めているが、何を言っているか意味不明である。そもそも、そんなのは陽動作戦。今回の戦いで「愛子天皇」を実現できると信じていたら、相当におめでたい。そもそも、愛子天皇の可能性など最初からゼロなのだから、本気にして踊った連中は滑稽なピエロだ。 しかし、敵の中にも利巧はいる。私は敵の黒幕の“戦争目的”は、「単なる一般人の男を皇族にすること」だと看過していた。それが実現した時点で国体の毀損なのだから、日本の歴史に一度も無い女系天皇は実現したも同じだ。その時点で少なくとも、今までの日本の歴史は何だったのかになる。 後はゆっくり嬲(なぶ)り者だ。愛子殿下をパンピーの男と結婚させ、そいつを皇族にする。子供も皇族。別に愛子天皇が実現しなくても、二人の子供が即位すれば、女系天皇になる。愛子殿下を利用して皇室を亡ぼそうとする陰謀だ。 これに対し、「皇室の話なのだから、アンケートや人気投票ではなく、先例に基づいて議論しよう」「パンピーの男を皇族にさせてはならない」と説いて回った人がいる。政界の多数は、常識論で落ち着いた。かくして陰謀は粉砕された。ざまあみろ!◆最後は中道の賛成で立法府の総意が保たれた 最後は、中道が賛成に回ってくれた。これで立法府の総意が保たれた。立法府の総意とは、全会一致ではないが、主要政党の一致である。だから衆議院第二党の中道の役割は大きい。結果、衆議院では共産党以外に反対の政党は無かった。 ただ、なぜ中道が賛成に回ってくれたのか、誰にも理解できない。ギリギリの局面で中道は妥協案を提示した。それに官邸がゼロ回答を寄こした。さすがに賛成の理由が無く、この党の尊皇派も一時は反対に回る覚悟をしたが、執行部が強引に賛成へ持っていった。小川淳也代表は苦しそうな表情だったし、階猛(しな・たけし)幹事長など泣き出さんばかりだった。

《唇を糸で縫いつけ》「痛い、痛い」と言いながら女性は自ら針を刺し正座…再逮捕された“マコ”の元恋人が語った「お仕置き」と「反省」…知人は「1年前から警察に相談」【処分保留→再逮捕】

〈《唇を糸で縫いつけ》「しゃべれないなら口なんかいらねえ、縫っちゃうよ」花柄タトゥーの“マコ”の支配に姉妹は怯え「家に行きたくない」知人は「警察がもっと早く対応してくれたら」〉から続く
茨城県古河市の住宅で、同居する42歳の女性に自らの唇を針で刺すよう迫ったとして、茨城県警は7月24日、古河市諸川の自称アルバイト従業員・櫻井政恵容疑者(50)を強要の疑いで再逮捕した。櫻井容疑者は今月6日、同じ女性に対する傷害容疑で逮捕されたものの処分保留となった。今回の再逮捕は被害女性に自傷行為を強要した疑いによるもの。
《独自・画像多数》「モテたし歌もうまかった」櫻井容疑者のエプロン姿のカラオケ熱唱画像、被害者姉妹の写真、偽ブランド品
「集英社オンライン」の取材では、事件のおよそ1年前から知人らが県警に被害を相談していたことが判明している。一方、関係者は「当時もっと踏み込んだ対応があれば被害の拡大は防げたのではないか」と振り返る。
「正座をし『痛い、痛い』と言いながら、自分で針を刺して口を糸で縫っていた」
県警の発表によると、櫻井容疑者は今年6月18日、自宅で同居する42歳の女性に対し、糸を通した針を見せながら「ほら早くしろ」などと迫り、自傷行為をしなければ危害を加えられると思わせる言動で恐怖を与え、自ら唇に針を刺して貫通させる行為を繰り返させた疑いが持たれている。容疑者は容疑を否認している。
櫻井容疑者が被害女性に自傷行為を強いる際の様子について、容疑者を知る女性は次のように証言する。
「マコ(櫻井容疑者)は家の中で激しく怒鳴り散らし、恐怖で黙り込んでしまう被害者に対して『この口、いらないよね。しゃべれないんだったら、この口なんか必要ないよね。縫っちゃうよ』と凄んでいました」
こうした状況については、櫻井容疑者の元恋人も目撃していたという。
「1か月ほど前、私が玄関のドアを開けた瞬間、目の前で被害女性(Aさん)が正座をし、『痛い、痛い』と言いながら、自分で針を刺して口を糸で縫っていました。
テーブルには血の付いたティッシュがあり、私はパニックになりました。『何をやっているんだ』と止めても、本人は『大丈夫です』と言うだけで、誰に指示されたのかは最後まで話しませんでした」
元恋人によると、櫻井容疑者は感情的になると大声で怒鳴り、「なんで分かってないの?」などと高圧的な言葉を浴びせることが日常的だったという。また、「反省」や「お仕置き」といった理由で、被害女性を庭に長時間立たせることもあったと証言する。
「過去には、ウソをついたお仕置きとして、マコ(櫻井容疑者)の指示でAさんが庭に閉め出されていました。見かねた私が『やり過ぎだよ』と言うと、マコは『言うことを聞かないから。助けたい気持ちがある』とも話していました」
さらに、櫻井容疑者を雇っていた会社の社長も、「本人が来られない時には、痩せ細った被害女性らが現場の休憩所へ交代要員として来ていた」と証言しており、被害女性らが容疑者の指示のもとで生活していた状況をうかがわせる。
「去年の時点で警察が動いてくれていれば……」
今回の強要容疑の事件が起きる約1年前、容疑者の知人らは被害女性を保護する必要があるとして、茨城県警へ相談していたという。しかし、その後の対応について知人女性は悔しさをにじませる。
「去年の春ごろ、私が危険を感じて相談した時に、警察がもっと踏み込んで動いてくれていたら、ここまで大きな事件にはならなかったと思うんです」
知人によると、当時から櫻井容疑者は被害女性らのキャッシュカードを管理し、給与を受け取るなど生活全般を管理していたという。
また、周囲の男性や同居女性から金銭を要求したり、丸刈りになった女性の動画をLINEグループに送信したりしたとされる行為についても相談していたという。
さらに知人は、同様の行為は10年以上前にも別の女性に対して行われていたと説明する。過去の事例を知っていたため、知人は再び深刻な被害が起きることを危惧し、県警に相談した。しかし「その後も状況は変わらなかった」と肩を落とす。
「後日、警察から『本人たちに話を聞いたところ、自分の意思でマコさんの家に来たと言っていた』と連絡がありました。私は『後ろで脅されて言わされているだけだ』と何度も伝えましたが、『本人がそう話している以上、介入できない』という趣旨の説明でした」
県警が当時の相談内容をどのように受け止め、どのような経緯で対応を判断したのか。今回の再逮捕を受け、その対応も含めて事件の全容解明が注目される。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班