岡山県を流れる旭川の下流部で「カゲロウがものすごいことになっている」という情報がありました。
場所は岡山市の旭川、中原橋付近。光の周辺を白っぽい小さな虫が大量に飛び回っていました。
幻想的…まさか季節外れの雪のよう…と思っていただけたら幸せな気持ちになれるかもしれないのですが…。しかし、現実はこれ、全部虫。
どうやらカゲロウの仲間が大量発生していたようです。
害虫駆除に詳しい東洋産業の大野竜徳さんに聞きました。
旭川では以前からカゲロウが大量発生している
──大量発生は珍しいのでしょうか。
(東洋産業 大野竜徳さん)
「岡山市内を流れる旭川では、以前からカゲロウの大量発生が知られています。
特にオオシロカゲロウという種は、夏の終わりから秋にかけて大量に羽化して乱舞することがあり、中原橋周辺でも過去に、橋や道路がカゲロウで覆われるほどの大発生が記録されています」
なぜ大量に飛び回る?
──なぜカゲロウはこんなに大量に飛び回るのでしょうか。
(東洋産業 大野竜徳さん)
「そもそもカゲロウとは、どんな虫なのでしょう?カゲロウの幼虫は、水の中で暮らしています。
川底の石や砂の間などで成長し、種類によっては数か月から1年以上、ゆっくりと、あまり目立たない水中生活を送ります。
ところが、いったん羽化すると、彼らの人生……いや、虫生?が急に慌ただしくなります。
種類によって違いはありますが、成虫の寿命は非常に短く、なかには羽化後、数時間程度しか生きられないものもいます」
残された時間で次の世代へ
(東洋産業 大野竜徳さん)
「今まで生活していた暗い水底から、無限の広さの空へ。世界は広いですが、命の灯はすでに風前の灯。
せっかく飛び立ったので、地上の食事を味わい、のんびり世界を観光して見識を広げ…なんて暇などありません。
残された時間の中で、成虫の大きな仕事は、交尾して卵を産み、次の世代につなぐこと。それが、すべて。
この時期生まれた卵は春になるまで水の中。春に孵化した幼虫は水底で有機物を食べながら成長し、成虫まで約半年くらい。
そして待望の成虫になってからの大半の個体は数時間の命です。それまで約1年かけて成長して、ようやく成虫になったと思ったら、あとは一瞬。
羽化! 飛ぶ! 出会う! 交尾! 産卵! 終了、サヨウナラ!…くらいのスピード感です」
カゲロウの抜け殻??
(東洋産業 大野竜徳さん)
「この中にカゲロウには、さらに不思議な仕組みがあります。虫に詳しい方なら、水場から少し離れたところで、カゲロウの抜け殻を見つけたことがあるかもしれません。
こんなところに幼虫はいないはずなのに、カゲロウの脱皮殻だけがある…なんでだろう?不思議ですよね。
実は、その謎を解くカギが亜成虫(あせいちゅう)です」
亜成虫とは?
(東洋産業 大野竜徳さん)
「普通、昆虫は幼虫から、蛹になる種類なら蛹の段階を経て、羽化すると成虫になります。ところがカゲロウは違います。
水中で暮らしていた幼虫は、成長すると水面へ向かいます。そして種類によって、水面に浮上したり、川岸の石や植物などに移動したりして羽化します。
ところが、ここで出てくるのは、いきなり完成した成虫ではありません。一度羽化した個体は、亜成虫という段階になります。亜成虫は、見た目こそ成虫にかなり近く、ちゃんと翅があります。
もちろん、飛ぶこともできます。つまり、羽が生えた! 飛べる! さぁ、姿も成虫。出会いを求めて飛び立つぞ!でもちょっと待って、まだもう一回変身を残しています、という状態。
なんとも中途半端な姿で飛び立った…いや、専門的には非常に興味深い段階なのです。亜成虫は飛んで水辺から離れ、植物や石、建物などに止まります」
さらにもう一度脱皮!
(東洋産業 大野竜徳さん)
「そして、そこでさらにもう一度脱皮します。この最後の脱皮を終えて、ようやく本当の成虫になります。
しかも、亜成虫と成虫では翅の見た目にも違いがあります。亜成虫の翅は、成虫に比べて白っぽく、くすんだように見えることがあります。
そして最後の脱皮をすると、翅が透明感を増し、晴れて成虫になります。ちなみに、この亜成虫という段階は昆虫の中でも非常に珍しく、カゲロウ類の大きな特徴の一つです。
水中で長い時間を過ごしたあと、ようやく空を飛べるようになっても、まだ一段階残っている。そして成虫になったあとは、交尾と産卵という、一生の集大成を短い時間で終えます。
長い幼虫時代に比べると、空を飛べるようになってからの時間は、驚くほど短いのです」
(東洋産業 大野竜徳さん)
「では、なぜカゲロウは、そんな短い成虫期間に合わせるように大量発生するのでしょうか。その理由の一つは、短い成虫期間の中で、効率よく仲間と出会うためだと考えられています。
成虫になれば、カゲロウにはそれほど時間がありません。そろそろ仲間が羽化するかな、ちょっとお先に外の世界を楽しんできますか、などと、のんびり待っている余裕はありません。
そこで、同じタイミングに大量の仲間が羽化することで、オスとメスが出会う機会を増やすことができます。そして、もう一つ重要なのが、食べられる側としての戦略です」
「食べられる側の戦略」
(東洋産業 大野竜徳さん)
「カゲロウの成虫は基本的に餌をとりません。だからといって、他の生き物に襲われないわけではありません。
むしろ、魚や鳥、コウモリなど、さまざまな生き物にとって重要な餌になります。ひらひらと大きな翅であまり器用に飛べない、目立つその姿では、一匹ずつ羽化していれば、待ち構えている捕食者に順番に食べられてしまいます。
ところが、何千、何万という数で一気に羽化すれば、いくら食べられても、すべてを食べ尽くすことは難しくなります。いくら大食い自慢の人でも、一口でテーブルの端から端まで飲み込むことはできませんよね。
目の前のものを順番に食べるしかありません。カゲロウも同じように、大量に発生することで、捕食者が処理しきれないほどの個体を一気に出現させ、その中から次の世代を残す個体が生き残る可能性を高めていると考えられます。
これは捕食者飽和と呼ばれる考え方です。
私たちから見ると、うわ!虫が大量にいる!…となりますが、カゲロウ側からすると、みんなで一斉に行けば、誰かは生き残る!…という、かなり大胆かつ合理的な作戦なのです」
光に集まる性質
(東洋産業 大野竜徳さん)
「ただし、私たちにとっては、これが少々困りもの。カゲロウは光に集まる性質があるため、夜になると街灯や店舗の照明などに大量に集まることがあります。
今回の動画でも、コンビニ周辺で大量に飛び回っていたのは、こうした光への習性が関係している可能性があります。そして大量発生すると、死んだカゲロウが道路や歩道に大量に積もることがあります。
過去には、橋の上などで大量のカゲロウが舞い降りて路面を覆い、自動車の走行に影響するほどになった例もあります。
また、店舗では入口や照明に大量に集まることで、清掃の負担が増えたり、店内への侵入が問題になったりすることもあります。
とはいえ、ここで大事なのは、カゲロウそのものが単純に害虫というわけではないということです。
幼虫は水中で生活し、長い時間をかけて成長します。その間、川の生態系の一員として、川の中の有機物を取り込んで分解し、自身も魚などさまざまな生き物の餌になります。
成虫になってからも、鳥やコウモリなどの餌になります。この死骸はしばらく残り、夜の間に食べられなかった昼間に動く生き物たちのエサにもなり、しばらくはこういう生き物のおなかを満たしてくれ、生活への活力にもなるのでしょう。
事実、大量発生の翌日には地面にカラスが舞い降り、一心不乱に地面をつついていたそうです」
川の生態系を支える食物連鎖のひとつ
(東洋産業 大野竜徳さん)
「つまり、大量発生して人間を驚かせるカゲロウも、川の生態系を支える大切な食物連鎖の一員なのです。
さらに、カゲロウなどの水生昆虫は、ハリガネムシ類を含む寄生生物や、さまざまな捕食者の生活にも関わっています。
川で育ったカゲロウが陸上へ出て、鳥やコウモリなどに食べられることで、水中で育った生物由来の栄養が陸上へ運ばれることもあります。水の中で育った虫が、空へ飛び出した瞬間に、川と陸地をつなぐ存在にもなるわけです。
とはいえ、カゲロウの大量発生に頭を悩ませている方には大問題です」
もし周辺に大量にいたら?
──もし建物の周辺に大量に飛んできたら、どうすればいいのでしょうか。
(東洋産業 大野竜徳さん)
「基本的には、寄せない、入れないがポイントです。特に夜間、建物の周辺で大量に発生している場合は、必要のない照明を消したり、外部から光が漏れにくくしたりすることで、建物周辺への飛来を減らせる可能性があります。
店舗などでは、入口を開けっぱなしにしない、網戸や防虫用のエアカーテンを活用する、照明の位置や種類を見直すなど、物理的に侵入しにくい環境をつくることも重要です。大量に集まってしまった場合は、死骸を早めに清掃することも大切です。
特に大量の死骸が路面に積もると、滑りやすくなることがあります。消極的かもしれませんが、相手は長い年月をかけて捕食者との戦いを生き抜いてきたプロ」
大量発生という戦略は、人間の生活にも影響
(東洋産業 大野竜徳さん)
「この大量発生、捕食者飽和、という作戦は一筋縄ではいきません。少々の被害は覚悟して、どれだけ飛来や侵入を減らせるか、という視点で対策するのが現実的でしょう。
たかがカゲロウと思っていると、思わぬところで人間生活に影響を及ぼすこともあるのです。
ただ、カゲロウからすると、昔から流れる川で先祖代々生活していたところに人間が住み着き、変に誘引されたり、生活の邪魔をされたりしていると思っているかもしれません。
コンビニや民家の明かりも、橋の街灯も、歩行者や車の通行も知ったことではありません。
長い水中生活を終えて、ようやく空を飛べるようになったと思ったら、そこにものすごく明るい光があった。
おっ、明るい! 仲間もいる!…と集まってみたら、そこは人間のお店や、走り抜ける車だった。
むしろ向こうからすれば、もらい事故。そんなところでしょうか。今回の旭川の大量発生も、カゲロウにとっては、次の世代へ命をつなぐための、ほんの短い一大イベント。
私たちにとっては虫が多すぎる!…という光景でも、川の中で長い時間をかけて育ってきたカゲロウにとっては、一生に一度の大切な時間なのです」
一世一代の命のバトンを
(東洋産業 大野竜徳さん)
「もし、夜の川沿いで、遠目に雪のように虫が舞っているのを見つけたら、それは冬の訪れを知らせる雪ではなく、カゲロウたちが一世一代の命のバトンをつなぐための、婚活パーティーの瞬間かもしれません。
カゲロウの乱舞は、長期間続くものではありません。私たちの生活の中では少々迷惑な存在になることもありますが、自然界では、川と陸地をつなぐ一大イベントの一ページ。
今年も、そんな季節の瞬間に出会ったと思って、少しだけカゲロウたちの短い一生に思いを馳せてみてはいかがでしょうか」