館野仁(53)桜井純(45) 金密輸容疑で男2人逮捕 韓国から1トン運び込んだか―警視庁

韓国から金を密輸したなどとして、警視庁生活経済課は21日までに、関税法違反容疑などで、職業不詳館野仁(53)=千葉県習志野市秋津、会社役員桜井純(45)=同県市川市国分=両容疑者を逮捕した。館野容疑者は「密輸するつもりはなかった」と否認し、桜井容疑者は認めている。
同課によると、両容疑者は2023~24年、韓国と日本を計216回往復。計約1トンの金(約108億円相当)を密輸して東京都内の金買い取り店で売却し、計約9億8000万円の利益を得たとみられる。

館野容疑者の逮捕容疑は昨年8月21日、金の延べ棒4本(約4600万円相当)をポーチに入れて韓国から密輸し、消費税の支払いを免れるなどした疑い。

同容疑者は同日、韓国から羽田空港に到着した際にポーチを紛失。同空港に落とし物として届けられたことで発覚した。

その翌日、桜井容疑者がかばんに金の延べ棒9本(約1億450万円相当)を隠し、韓国から密輸しようとしたところを同空港の東京税関職員に見つかった。

両容疑者は韓国で延べ棒を預かり、入国時に消費税相当額を納めないまま日本の金買い取り店で換金し、売却代金を韓国に持ち帰ろうとしていたとみられる。両容疑者が韓国出国時に提出した輸出申告に関する書類には、同一の金の販売先が記されており、同課は韓国に仲間がいるとみて調べている。

鈴木湧万(29) 福島県教委 県立高校の男性教諭を懲戒免職処分

福島県県教育委員会は県立清陵情報高校の鈴木湧万(29)教諭を14日付けで懲戒免職処分としました。 鈴木教諭は2025年7月、郡山市内の商業施設の女性用トイレに盗撮しようと侵入した疑いで警察に逮捕され、その後、罰金10万円の略式命令を受けています。

短時間で女性襲ったか ホテル入室後、沖縄米兵

那覇市のホテルで女性が殺害され、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の海兵隊上等兵デビン・バラード容疑者(20)が逮捕された事件で、ホテル入室後、容疑者が短時間で女性を襲った可能性があることが7日、捜査関係者などへの取材で分かった。容疑者のホテル滞在は1時間以内とみられ、県警が入室後の経緯を調べている。
捜査関係者などによると、2人は沖縄市から一緒にタクシーで那覇市に移動。繁華街へ行った後、3日午前2時10分ごろホテルに入った。同午前3時前、容疑者は1人で建物を出たとされる。
県警が3日午後11時半ごろ、沖縄市の繁華街を1人で歩いている容疑者を発見。両腕のタトゥーなどの身体的特徴が防犯カメラ映像と一致していたという。

【泉佐野市・泉南市】合併検討へ プレミアム商品券は倍使える!?“大阪イチお金持ちな町”田尻町は「合併ありきの話には乗らない」その“本音”とは?

10月5日、泉佐野市と泉南市が「自治体の合併」を提案しました。将来的な人口減少などを見据え、生き残りをかけた選択だとしています。
2つの市に挟まれた人口約8000人の「田尻町」は、「合併ありきの話には乗らない」と表明しています。一体どんな町なのか?見えてきたのは、町の規模からは想像できない豊かな財政事情。
大阪南部の未来がかかる「合併」と独自路線を行く小さな町の“本音”を、東洋大学・宮下量久教授、同志社大学・野田游教授、田尻町・山本一男町長への取材を踏まえて、山中真解説委員がプレゼンします。
泉佐野市・泉南市で合併検討へ
泉佐野市は人口9万9653人(2026年9月末)、泉南市は5万6840人(2026年8月末)の2つの自治体で合併話が浮上しています。
東洋大学・宮下量久教授によると、自治体には適正規模があり「最低でも人口20万人~30万人の規模が1人当たりのコストを適正にすることができる(スケールメリット)」。
規模が小さいと「消防・ゴミ収集・水道」などを自前で持てないといいます。
これを踏まえると、泉佐野市と泉南市は合併しても20万人には届かないが、合併して少しでもスケールメリットを出そうということが背景にあることがわかります。
今なぜ合併話が浮上?
市町村合併は2014年の栃木市と岩舟町が最後。なぜ今泉佐野市と泉南市の合併話が浮上しているのでしょうか?以前にも合併話は出ていましたが、白紙になっています。
同志社大学・野田游教授によると、以前合併話がでていたときに比べ「思っていた以上に少子化がはやく人口減少→財政が厳しい、専門職・技術職が集まらない」と話します。
かつては1400億円の借金…「ふるさと納税」等で財政改善 泉佐野市
それだけではなく、以前合併話が出ていた2004年ごろの泉佐野市は、関空開港時の開発事業で1400億円の借金があり、周辺自治体から反対が出て、住民投票を行ったところもあるということですが、当時は白紙となりました。
しかしその後の泉佐野市は、「ふるさと納税」等で財政が改善。2013年に財政破綻寸前から脱却しています。
同志社大学・野田游教授は「合併をすることで将来的な人口・税収減少に先手を打ち、財政基盤の強化、住民サービスの維持」だけではなく「副首都・大阪を見据え存在感が高められる」といいます。
合併話に不参加の田尻町長に聞く
実は田尻町は、2004年の平成の大合併の際に周辺地域との合併案が持ち上がりましたが、住民の反対などにより計画が白紙になっていました。
約20年ぶりに浮上した今回の合併話にも町は慎重な姿勢を見せています。
(田尻町 山本一男町長)「正式な打診も受けていませんので、本当にコメントしにくいんですよ。今時点では、研究会にも入っていないし、打診うけても慎重な姿勢を取らさせていただきたい。人口も若干減少はしているけども大きな問題になっていない。行政サービスも一応維持できています。一足飛びに合併ということではないと思っています」
ホンネはー?「財政的に余裕はありません。ここは強調しとかんと」
とはいえ、今後も余裕綽々というわけでもないようで…
(田尻町 山本一男町長)「商店街もなんとかもう一回活性化するような施策もうっていきたいと思いますし、やらないといけないことは山ほどありますし。本当に財政的に余裕はありません。ここは強調しとかんと」
大阪トップの財政力指数
田尻町長は、「財政に余裕がない」と話していましたが、関空関連の税収(2024年度)を見ると…
▽泉南市 約28億円(人口5.6万人)

▽田尻町 約33億円(人口8300人)

▽泉佐野市 約54億円(人口9.9万人)
税収だけで見ると泉佐野市が多いですが、人口1人あたりで見ると田尻町が圧倒的に多いです。
「財政力指数(2024年度)」を見ると…
▽泉南市 0.67

▽田尻町 1.28

▽泉佐野市 0.84

(大阪市 0.94)
「1」を超えると、自治体で必要な経費を自分たちの歳入でまかなえるということですが、田尻町はなんと大阪府内でトップです。
2つの自治体に挟まれる「田尻町」は“大阪イチお金持ちな街”!?
田尻町を見渡せる場所に行くと、無料で使えるバスケットコートや公園、総合保健福祉センターなど、施設が充実しているのが分かります。
潤沢な税収は教育にも。将来的に全国的にも珍しい、こども園・小学校・中学校の一貫校を作ることを検討しているのだそうです。
さらに行政サービスとして以下があります。
▽高齢者用プレミアム券

→1万円分が5000円で購入可能

▽運賃無料

→巡回するバスの運賃無料

▽お米の定期便

→妊婦は1人あたり毎月4.5kgを支給。子どもは隔月

▽奨学金返還支援

→毎月上限1万円。最大60か月。助成金支給
名前は?施設は?合併のデメリット
一方で、合併にはデメリットもあります。
東洋大学・宮下量久教授、同志社大学・野田游教授によると、「合併は最終手段で一度すると元に戻せないため。慎重に検討すべき」といいます。
また、名前・施設はどうするのか?地域のアイデンティティーが希薄になるなどがあります。
その場所に住む人の幸せか、全体の幸せか…、今後の動きに注目です。
(2026年10月6日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『山中プレゼン』より)

小沢一郎氏が無所属に「何かいい方策が」新党念頭に新たな選択肢を模索「今年いっぱい」に結論

小沢一郎前衆院議員(84)は6日、国会内で報道陣の取材に応じ、中道改革連合に離党届を提出し、無所属になったことを明らかにした。
小沢氏は2月の衆院岩手3区で落選した。今後の政治活動に関して、これまで目指してきた野党結集による3度目の政権交代がかなわず、「(一度は)あきらめたんだけど、そうも言っていられないという気に、最近なってきて、何かいい方策がないかと思って探している」と述べ、新党を念頭に新たな結集軸を模索していることを示唆。詳細は「言う段階にはありません」としながら「選択肢はいろいろ考えている」と述べ、来春に統一地方選が控えていることから、結論を出すタイミングは「今年いっぱい」とし、年内にも結論を得たい考えを示した。
今年2月の衆院選直前、中道結党を決めた当時の野田佳彦代表や安住淳幹事長に「面と向かって、やめろと言った」と回顧。「新党なら新党らしく、違うやつを(トップに)立てろと言ったが、結果は言った通りになった。国民からNOだから」とボヤく場面も。新党を立ちあげる場合のトップのイメージに関しても「いろいろ模索している段階」と述べ、水面下で戦略を練っていることをにじませた。

《謝罪文まで書いてもらって…》簗農水相、“恫喝発言”撤回も『発言案』棒読み会見に批判殺到

選挙で対立した地元自治体の予算をカットしたとの発言が報じられた簗和生農林水産相。会見で発言を撤回し謝罪するも、続投の姿勢に批判が噴出している。
疑惑の音声「確認したわけではない」
発端は『デイリー新潮』と『文春オンライン』が報じたニュース。入閣前の5月24日、地元・栃木の有力者らを集めた党員懇親会で、総選挙で対立候補を支援した2つの自治体の道路予算を「大幅にカットした」と発言したというのだ。さらには脅しのような発言もあったと報じられ、波紋を広げていた。
「彼は旧安倍派に所属していた人物で、裏金問題の際にも名前が挙がり処分を受けています。大臣へは高市早苗首相が抜擢したようですが、裏金議員の閣僚起用は初。今回の発言でより一層、世間からの風当たりが強くなりましたね」(全国紙政治部記者)
簗氏の発言が記録された音声データも公開されており、どう釈明するのか注目が集まっていた。10月2日に会見を開いた簗氏は、音声の真偽に関して「(音声を)入手もしていない。確認したわけではない。会合に出席したことは事実」と回答。予算カット発言については「国土交通省に問い合わせた」「結果を報告したという形」と曖昧な回答に終始した。
5日には高市首相と個別に面会し、首相は簗氏に発言を撤回し謝罪するよう求めたという。そして同日、簗氏は「撤回し、お詫びする」と記者団に述べ、「極めて不適切で不徳の致すところ」と陳謝。ただし、農水相については「(首相から)引き続き農林水産行政の推進に向けて、全力で仕事をせよと指示があった」とし、続投の意向を示している。
「謝罪文まで書いてもらったのに…」
「これには共産党の志位和夫議長も《ただちに辞任するしかない。辞任しないなら首相が更迭せよ》とX(旧ツイッター)で反応。そんな中、産経新聞写真報道局が、“参院本会議中に『簗和生大臣発言案』と書かれた紙を見る簗和生農水相”の写真を公開しました」(前出・政治部記者)
写真には、発言案に加筆修正する簗氏の姿が。国民民主党の玉木雄一郎党首は《この産経新聞の写真が興味深い》とポスト。玉木氏によると、原案は「簗氏による担当省庁への働きかけの有無」にはあえて触れていない。にもかかわらず、簗氏は働きかけそのものがなかったと修正、釈明会見でもはっきりと否定している。もし働きかけが事実なら、会見での発言は虚偽となるが――。
簗氏のこの姿にネット上では、「この期に及んで、作ってもらった発言案の謝罪の深さを少しでも浅くしようと足掻く様が、さもし過ぎて泣けてくる」「全面的に非を認めたくないから文章を修復して、“自分はそんなつもりはなかった”事にしてる。いいおっさんがみっともない」「謝罪文まで書いてもらって、それでもまともに謝罪できんのか。謝罪の必要性を理解せず、書いてもらった言葉を不貞腐れて棒読みしても伝わるものがあるはずない」「原案よりも責任を薄めようとする修正ぶりからすると、本人の反省の意識は見られませんね」「会議中に何やってるんですか?反省してると言うなら辞任してください」など、批判の声が殺到している。
内閣改造直後の不祥事、どう落とし前をつけるのだろうか……。
週刊女性PRIME

中国も「尖閣諸島は日本領」と認めていたのに…「突然の手のひら返し」を助長させた4人の首相の”大失態”

※本稿は、垂秀夫『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
尖閣諸島をめぐる問題は、しばしば「日中間の主権問題」として語られる。しかし、この理解自体が、事態の本質を見誤らせてきた。尖閣諸島の領有権・主権が、歴史的にも国際法的にも日本に属することは極めて明確であり、疑う余地はない。その経緯は、決して拙速でも、力による一方的な占有でもなかった。
1884(明治17)年、福岡の実業家・古賀辰四郎が人を尖閣諸島に派遣し、魚釣島を中心に商業利用の可能性を探った。当時は離島探検が盛んで、アホウドリの羽毛やグアノ(糞の化石。肥料になる)が高値で取引されていた時代であり、古賀もそうした事業が成立し得ると考え、政府に対して正式に尖閣諸島の利用の申請を行った。
これに対し、明治政府は軽々に領有を宣言することを避けた。井上馨外務卿は、清国への外交的配慮から慎重な姿勢を取り、直ちに領有措置を取ることはせず、約10年にわたり現地調査を継続する判断を下した。
この間、日本政府は、尖閣諸島がいずれの国の支配にも属さない「無主の地」であることを、地理的・歴史的・実態的に慎重に確認している。こうした十分な調査を経たうえで、日本政府は1895(明治28)年、国際法上の要件に則り、尖閣諸島を沖縄県に編入することを閣議決定した。
これは、国際法が求める①無主地であること、②領有の意思を明確に表明すること、③その後に有効な支配を継続すること、という3要件をすべて満たした、極めて正当な領有行為であった。
その後、民間人による開拓が進み、最盛期には約250人の日本人が居住し、アホウドリの捕獲や鰹節工場の操業など、継続的な経済活動が行われた。やがて水資源の乏しさや事業採算の悪化、自然環境の制約などから住民は撤退するが、それは領有権の放棄や主権の弱体化を意味するものではない。
さらに重要なのは、少なくとも1970年代初頭に至るまで、中国(中華人民共和国)も台湾(中華民国)も、尖閣諸島について公式の主権主張を前面に掲げてこなかったという点である。
その間、中国・台湾側の公式文書(外交部作成の文書も含む)、地図、学術資料の多くにおいて、尖閣諸島は沖縄(琉球)諸島の一部、すなわち日本領として扱われてきた。
これらの資料は、日本側が一方的に主張してきたものではなく、相手側自身が長期間にわたり日本領であることを黙示的に認めてきた証拠として重い意味を持つ。また、日清戦争後に結ばれた下関条約(1895年)において、清国から日本に割譲された島嶼リストにも尖閣諸島は含まれていない。
尖閣が台湾の「付属島嶼」であるとする後年の中国側の主張は、歴史的にも法的にも根拠を欠くことを意味している。
国際法上の領有要件に照らせば、この点について結論は明確である。ここで見落としてはならないのが、戦後における米国の立場の変化がもたらした政治的含意である。戦後の一時期、米国は尖閣諸島に対する日本の“潜在的主権”を認める趣旨の整理がなされていた。
ところが、沖縄返還を前に、米国は尖閣について主権の帰属判断を回避し、「主権問題について立場をとらない」「いずれの領有権主張も支持しない」という姿勢に転じたのである。米国は一貫して「施政権の返還」であり「主権の判断は留保する」という立場を取ったが、この“中立的立場”が結果として、中国/台湾側の主張を勢いづけ、日本側の戦略的判断を曖昧にさせる要因となった。
他方で、1972年の沖縄返還により施政権が日本に戻ったことを前提に、日米安保条約第5条の適用について「日本の施政下にある地域に義務が及ぶ」という整理によって説明している。
日本の主権の正当性が揺らいだわけではないが、同盟国が主権判断を避ける構図が続く以上、日本は施政の実態を確実に維持するための能力と運用を積み上げ、現状変更を許さない抑止を一層確実にしていく必要がある。
にもかかわらず、歴代日本政府は政権が替わるたびに、力または威圧による一方的な現状変更を許さないという日米の意思を示すべく、米国から「第5条適用」の言質をとること自体に満足しがちであり、その先――尖閣領有権に関する日本の立場(主権)への理解と支持を得る――という肝心の作業が十分に体系化されてこなかった。
以上の経緯を踏まえれば、尖閣諸島に対する日本の領有権に瑕疵(かし)がある余地はまったくない。問題は領有の正当性にあるのではなく、この明確な正当性を、なぜ日本政府が戦略として活用してこなかったかにこそある。
逆説的だが、法的に強い立場にあるときほど、政治の運用ミスは致命傷になりやすい。尖閣に関する日本の法的地位は明確である。だからこそ本来、政治は“余計な論点”を作らず、その優位を静かに固定化していくべきだった。しかし日本外交は、節目ごとに不用意な言動と沈黙を重ね、相手に「棚上げ」という誤解を抱かせる余地を与えてしまった。
中国(中華人民共和国)および台湾(中華民国)が尖閣諸島に対する領有権を主張し始めたのは、1970年代初頭である。転機となったのは、1968年秋のECAFE(国連アジア極東経済委員会)による調査・研究と、翌69年に公表された報告書である。尖閣周辺海域に石油・天然ガスが埋蔵されている可能性が指摘されたことを受け、同地域の戦略的価値が急浮上したのだ。
これを背景に、1971年6月に台湾が最初に領有権を主張し、続いて同年12月に中国も同様の主張を開始した。いずれも、沖縄返還(1972年)を強く意識した動きであった。中国・台湾は、尖閣諸島を台湾の「付属島嶼」あるいは「古来中国の領土」と位置づけ、明・清代の航海記録や地理認識を根拠として挙げている。
だが、これらは航路上の目標物としての記載にとどまり、国際法上の領有意思や実効支配を示すものではなく、後発的な政治的主張でしかなかった。ところが、日本外交は、この明確な法的地位を戦略的優位として活用してこなかった。
象徴的なのが、1972年の日中国交正常化である。この際、田中角栄首相自らが尖閣問題に言及し、本来存在しなかった「問題」を周恩来との話題の俎上に載せてしまった。周恩来は「今は話したくない」と述べたと伝えられており、その場では事態は大きく展開しなかった。しかし、日本側からあえて尖閣を持ち出したこと自体が、後年にまで尾を引く戦略ミスであった。
また、1978年の日中平和友好条約締結時にも、日本側は同様の過ちを繰り返した。訪日した鄧小平は記者会見の場で、「この問題は次の世代の叡智に任せればよい」と発言したが、福田赳夫(たけお)首相・園田直(すなお)外相らはいずれも、これに対して事後に特段の異議を唱えなかった。
この沈黙は、日本国内では「大人の対応」と評価されたかもしれないが、中国側や国際社会の視点から見れば、日本が主権問題の棚上げを事実上黙認したとの誤った印象を与えかねないものだった。
この延長線上に位置づけられるのが、1992年の中国による領海法制定である。中国はこの国内法において、尖閣諸島を含む形で自国の領海を明記し、従来の曖昧な主張を制度として固定化した。
これは、尖閣をめぐる中国の立場が「言説」から「制度」へと転換した決定的な節目であった。しかし、日本政府はこの時も、天皇陛下訪中の調整過程にあったこともあり、抗議を行いつつも、事態の管理を優先する姿勢を取った。
天安門事件後における両国の対応の違い――主権主張を制度として固定化する中国と、それに対し明確な戦略的対応を欠いた日本――は、両国の戦略的非対称性を象徴している。
尖閣問題をめぐる現場レベルでの対応もまた、戦略の不在を露呈してきた。2000年代半ばまでは、尖閣周辺で目立った動きを見せていたのは、主として香港や台湾の民間活動家であった。ところが、中国の経済力と海警・海監などの海上執行機関が強化されるにつれ、事態は質的に変化する。
2008年6月には台湾の公船が、同年12月には中国の公船が、尖閣諸島周辺で公然と領海侵入を行った。これは明確なエスカレーションであったが、日本は外交上の抗議以外に有効な手立てを講じることができなかった。
海上保安庁の予算増額や巡視船の増強が本格化したのは、中国側がすでに体制を拡充し始めた後であり、現在に至るまで量的・質的に追いついていない。
さらに2010年の中国漁船衝突事件では、民主党・菅直人政権は公務執行妨害で中国側船長を逮捕・拘束したにもかかわらず、その後の中国側の強い反発を受け、主権を守るよりも、目先の危機沈静化を優先し、那覇地検による事実上の「船長釈放」を促した。
これは、国内法と主権の原則を自ら後退させた、戦後日本外交史に残る重大な失策であった。
2012年のいわゆる尖閣「国有化」問題においても、民主党・野田佳彦政権は情報管理を含め、稚拙な対応に終始した。この事案の嚆矢(こうし)となったのは、石原慎太郎東京都知事による尖閣購入構想であったが、これは結果として、事態の悪化を招くこととなった。
石原都知事の政治的意図は理解できるとしても、外交的反作用まで織り込んだ国家戦略としては拙いと言わざるを得ない。石原都知事が主張するような対応(たとえば公務員の常駐や灯台や船泊の整備など)は、政府がはるか以前に、静かに、計画的に行うべきであった。
加えて深刻なのは、尖閣を含む主権・領土問題に関する教育と社会的認識の欠如である。政治家ですら、基本的事実を正確に理解していない例は少なくない。
国として主権を体系的に発信する拠点である「領土・主権展示館」が開設されたのは、2018年になってからであり、国家としての対応があまりに遅すぎたと言わざるを得ない。
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(前駐中国日本国特命全権大使、立命館大学教授 垂 秀夫)

「品がなさすぎてびっくり」中条きよし議員による“お尻叩き”が波紋、問われる公人としての振る舞い

5日、参議院本会議の中継に映ったわずか数秒の一場面が波紋を広げている。
日本維新の会・中条きよし議員によるお尻叩き
中継に映し出された問題の切り抜き動画を見ると、日本維新の会・中条きよし参院議員(80)が、同じ維新の松野明美参院議員(58)の腰からお尻付近を、手にしていた丸めた紙のようなもので「パン」と叩くような動作をした。
この様子が国会中継に映り込み、SNSで拡散されるや《街宣で胸を触るだの本会議場入り口でお尻を叩くだの、維新男性の同党女性への扱いって…》《昭和すぎる》《品がなさ過ぎてびっくり。あ、維新か》など、批判が相次いでいる。
中条氏と松野氏は、共に2022年の参院選に日本維新の会の比例代表から立候補し初当選した同党の議員となる。
拡散されている動画を見たのか、叩かれた当事者である松野氏本人は、自身のXで「え~っ、映ってたの?!動画を見るまで、全く気が付きませんでした」と気にする素振りもないようなコメントが、さらに炎上を加速させている。
「一部では『仲が良さそう』などの意見もありますが、国民の代表でもある議員がこの行為をまったく問題視していないことが問題でしょう。以前、松野氏は自身のXで中条氏とのツーショットを投稿し『私の国会のお父様ではなくお兄様』と慕っていることを明かしています。普段の2人の関係性や意図が映像からは把握できないですが、国民が見守り中継される国会の場では控えるべきだったでしょう」(政治部記者)
中条氏の過去の言動や不祥事
今回の騒動を機に、中条氏の過去の言動も取り沙汰されている。
2022年11月、中条氏は国会質問の場において「9月に新曲が出ております。ぜひお買い上げください」「12月にディナーショーをやります」と、審議とは関係のない自身の芸能活動の宣伝を始めたのだ。この“宣伝発言”が批判を呼び、当時幹事長の藤田文武氏が中条氏を“厳重注意処分”にしたと発表している。
2023年3月には、かねてより報じられていた年金未納報道において、313万円相当の年金未納があると発表。この際にも国民からは《議員としての資質に欠けている》《議員になる資格なかったんじゃ?》などと物議となっていた。
「議員という立場において、これまでの発言や不祥事が積み重なり厳しい見方が再燃しているのでしょう。松野氏に対しても《黙ってるのは女性差別を容認することになる》という声もあり、多くの女性を代表している立場ということを忘れてほしくありませんね」(前出・政治部記者)
行為そのものの是非より、議員がどう振る舞うべきかという「公人としての自覚」が問われている─。
週刊女性PRIME

「昨夜レモンサワーを飲んだ」警察が速度超過の軽乗用車を発見→男が顔を背けるそぶり酒酔い運転疑いで52歳無職の男逮捕

7日未明、福岡県筑後市で酒に酔った状態で車を運転したとして、52歳の無職の男が現行犯逮捕されました。
男は「私がお酒を飲んで車を運転したことは間違いありません。きのうの夜レモンサワーを飲みました」と話し、容疑を認めているということです。
7日午前4時ごろ、筑後市古島の県道の交差点でパトロール中の警察官が高速で左折する軽乗用車を発見し、停止を求めました。
警察が軽乗用車を運転していた男に話を聞こうとしたところ、顔を背けるそぶりをしたため呼気検査を実施。
検査の結果、基準値(呼気1リットルあたり0.5ミリグラム)を超えるアルコール(0.79ミリグラム)が検出されたため、男を酒酔い運転の疑いで現行犯逮捕したということです。
逮捕されたのは、筑後市熊野に住む無職の久保浩二容疑者(52)で、取り調べに対し「私がお酒を飲んで車を運転したことは間違いありません。きのうの夜レモンサワーを飲みました」と話し、容疑を認めているということです。

会話が不自由な入所者に「日本語でしゃべって」 鼻をつまむ行為も…老人保健施設で4件の虐待 北海道

北海道利尻富士町は2026年10月6日、「利尻島老人保健施設」で4件の虐待行為があったと認定しました。
町によりますと、2026年3月から5月にかけて、女性看護師2人が70代から90代の入所者3人に対し、相手の鼻をつまんだり、会話が不自由な入所者に「日本語でしゃべって」と暴言を吐いたりするなどの虐待行為を行っていたということです。
8月に別の施設職員から「虐待と疑われる行為が7件ある」と道に通報があり、道からの報告を受けた町が施設への聞き取り調査を実施。
町はそのうち4件を虐待行為と認定し、施設に対し改善計画書の提出を求めています。
施設はSTVの取材に対し、「現時点で担当者が不在のため対応できない」としています。