犯罪被害にあったとき、あなたの会社は守ってくれますか―「被害回復のための休暇制度」が問いかけるもの
犯罪や事故はある日突然、自分にまったく非が無くても起こりえる。日常が一瞬で壊され、その瞬間から「犯罪被害者」と呼ばれる。
ニュースの中の遠い出来事のように思えても、いつ自分や家族、大切な人がその立場になるか分からない。
被害者本人はもちろん、その家族もまた心身を傷つけられ、日常生活は一変する。警察への事情聴取、裁判への出廷、そして傷ついた体と心を癒やすための通院…これらはすべて「平日の昼間」に集中しがちだ。
しかし多くの場合、職場にはそれに対応した休暇制度がない。有給休暇を使い果たし、やがて「辞めざるを得ない」状況に追い込まれる被害者が少なくない。こうした現実に目を向け、企業に「犯罪被害者等の被害回復のための休暇制度」の導入を呼びかける動きがある。
「裁判員には休暇があるのに、被害者にはない」
「裁判員には休暇があるのに、被害者には制度がない。裁判は平日に行われますから、被害者は仕事を休まなければなりません。でも、その根拠となる休暇制度がほとんどの会社に存在しないんです」
かごしま犯罪被害者支援センターの永家南州男事務局長は、被害者が直面する現実をこう語る。
被害者が必要とする「時間」は多岐にわたる。事件直後の警察の聴取などへの対応、けがをしていた場合は医療機関での診察、弁護士との打ち合わせ、裁判への出廷・傍聴。犯罪被害によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的ダメージは、その治療が長期にわたることも珍しくない。
「有給休暇で対応できる」と思っていると落とし穴がある。
有給休暇はあっという間になくなる現実
裁判だけでも年に10回以上行われる場合もあり、有給を使い果たしたあと、継続して働くことが困難になることもあるという。
「一度回復したように見えても、裁判で加害者と対面することで再び状態が悪化し、また病院に行かなければならなくなる。そのたびに休暇を取れる仕組みがなければ、被害者は居場所を失っていきます」と永家氏は話す。
導入率は1.4% 認知度9.6% 裁判員の休暇制度は50%なのに…
「犯罪被害者等基本法」では、国や自治体などが講ずべき基本的施策の一つとして「雇用の安定」を明記している。
厚生労働省も、リーフレットやポスターを作成し、企業などに「犯罪被害者等の被害回復のための休暇制度」について啓発を進めている。
しかし現実には、こうした休暇制度を設けている企業は少ない。
国によると、令和5年度時点で、国内企業の導入率はわずか約1.4% にとどまっている。企業の認知度も、令和6年度時点で9.6%だ。
裁判員の休暇制度の導入が約50%となっているのに比べ、その低さが際立つ。
永家氏は「鹿児島でも被害者等のための休暇制度がある企業はゼロだと思います」と言う。
実際に支援の現場では、被害者が有給休暇を使い果たした後に欠勤せざるを得なくなり、やがて退職するケースが「年に複数回」起きているという。
「子どもが被害にあい、親も出勤できなくなる」
見落とされがちなのが、被害者「本人」だけでなく家族もまた休暇を必要とするケースだ。永家氏は特に、子どもが性犯罪被害にあった親の状況を強調する。
「子どもが被害にあうと、母親のほうも大きく傷つくことが多いんです。守れなかった、気づかなかったという自責の念で、母親自身も仕事に行けなくなります。仕事をしている間に子どもがまた被害に遭うのではないかという不安も出てくる。そうなると、もう仕事どころではないわけです」
被害者やその家族が「仕事を休める根拠」が職場に存在しないと、精神的プレッシャーはさらに重くなる。
もちろん会社側も被害にあった当初は理解を示すが、聴取や裁判、体調不良などで休みが重なってくると、面と向かっては言わないものの次第に「また休むのか」という空気になるケースも少なくないという。
「申し訳ないという気持ちを抱えながら休み続けるうちに、会社側の空気が変わっていくのを被害者は敏感に感じ取る。そして、もう辞めるしかないという決断に至ってしまう」と、永家氏はこの問題の根深さを指摘する。
ちなみに厚生労働省によると、裁判員の休暇制度では、導入している企業のうち、約7割が「有給」として扱い、約9割が取得可能な日数に上限を設けていない。
「いつ自分がその立場になるか分からない」―導入企業が示す姿勢
こうした現状に対し、すでに制度を導入している企業もある。いずれも「多くの従業員が利用することは想定していないが、だからこそ導入しやすい」という共通した認識のもとで動いている。
厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」(https://work-holiday.mhlw.go.jp/)では、大手コンサルティング企業と地方企業の2社の事例が動画で紹介されている。
■デロイト トーマツの事例(犯罪被害回復休暇)
大手コンサルティング企業のデロイト トーマツは、2016年に制度を導入。「多くの方の利用が想定されなくても、率先して制度を作れば、いざという時に従業員を守る姿勢を示せ、従業員に安心感を持って働いてもらえる」との考えからスタートした。
本人または家族が被害に遭った場合、年間10日(同一事由につき最大3回(最大30日))の無給休暇が取得可能だ。
対象犯罪を厳密に規定せず柔軟に対応するほか、近年はDV(ドメスティック・バイオレンス)被害支援も対象に加え、専門機関と連携して会社が個人の相談内容を把握しない厳格なプライバシー保護体制を敷いている。
■株式会社オガワエコノスの事例(災害・犯罪被害支援制度休暇)
オガワエコノス(本社・広島県)は、廃棄物処理やリサイクルなどを展開する企業。西日本豪雨を機に導入した災害用の休暇制度に、犯罪被害も追加する形で整備した。
最大の特徴は「柔軟性」。「取得要件を明確にしすぎると使えない制度になる」とし、取得事由や有給での付与日数(原則必要日数)を個別ケースごとに判断する。
情報共有も所属長や人事など最小限に留め、証明書類の提出要件も実態に応じて免除するなど、被害者側の立場に立った素早い初動を優先している。
同社の担当者は、被害にあった社員への支援についてこう語る。「一番心配しているのが家族のこと、おそらくそれだけでもういっぱいのはず。次に心配になるのが仕事のこと。お客様との約束、仲間や会社に迷惑をかける心苦しさ。仕事の心配をみんなで支援することが本当の優しさだと思います」
実際に制度を利用した社員からは「仕事の心配をしなくていいように対応してもらったおかげで仕事を続けることができた」との声が寄せられているという。
「仕事が続けられなくなれば転職するしかないが、体調が悪ければ転職すらできない」
厚生労働省は、犯罪被害者等の休暇を企業が導入する場合、以下の3つの方向性を提示している。
①「既存制度の活用」 病気休暇や裁判員休暇など、既存の特別休暇制度に犯罪被害者等を対象として明示する
②「社内周知」 休暇制度を新設しなくても、必要な休暇が取得可能であることを従業員に周知する
③「新制度の創設」 特別な休暇制度の一つとして「犯罪被害者等休暇制度」を新たに創設する
永家氏は、①や②でも意義は大きいと評価しつつも、被害者の人生への実効性を持たせるためには③の制度の創設が、最も価値があると指摘する。
「仕事が続けられなくなれば転職するしかないが、体調が悪ければ転職すらできない。貯蓄を切り崩しながら、医療費もかさんでいく。休暇制度だけですべてが解決するわけではありませんが、被害者の休みが制度としてあれば…と感じることはあります」(永家氏)
制度の設計で押さえるべきポイント
厚生労働省が令和8年3月に作成したリーフレットは、導入にあたって検討すべき事項を具体的に示している。就業規則に盛り込む際のポイントとしては、
・制度の名称、
・対象とする犯罪被害の範囲、
・対象者の範囲(本人のみか家族等を含むか)、
・休暇の付与日数、時間単位の取得の可否、
・有給・無給の別、
・証明書類の要否とプライバシー保護の方法
などが挙げられる。
また、永家氏が指摘するように、既存の傷病休暇で対応しようとする考え方もあるが、「犯罪被害者」という文言を就業規則に明記することには別の意味がある。
「制度の中に文字として入ることで、社員全員がいつ自分がその立場になるかわからない、という意識の醸成につながる。会社全体の理解が変わっていく可能性がある」というのが永家氏の見立てだ。
「いざというときに会社が守る」
犯罪被害者等のための休暇制度は、法律上の義務ではなく、企業が任意で設けられる「特別休暇」だ。行政が法律でしばるものではなく、経営者の判断一つで導入できるという性格を持つ。
制度を作り、運用する中で課題が見えてきたら見直すやり方もある。最初の一歩は、「万が一のとき、うちの会社は従業員を守れるか」という問いを、経営者と従業員が一緒に立てることから始まる。
また、専用の休暇制度や規定が未整備な段階であっても、社内広報などを通じて「犯罪被害にあった従業員は、休暇の取得が可能」と周知するだけでも、何かあった際に会社に相談できるという安心感につながる。
犯罪はいつ、誰の身に降りかかるかわからない。そのとき「制度もあるから安心して休んでいいよ」と言える職場が、一つでも増えることが社会全体の安心につながっていく。