[東日本大震災15年]明日への道<5>
テレビで「津波」の文字を見た時、頭に血が上った。2024年元日、ニュースは能登半島地震発生を伝えていた。福島県南相馬市の会社員、番場孝文さん(47)は居ても立ってもいられなかった。「また誰かがつらい思いをしている。行かなきゃ」。東日本大震災の津波で家族5人を失った苦しみがよみがえった。
仕事の都合がついた1月末、車に水と食料、寝袋、簡易トイレを積み込んで出発した。2日がかりで石川県能登町に到着し、交流のあるボランティア団体に合流。炊き出しや倒壊家屋の片付けに従事した。被災者に福島から来たと伝えると「お互い頑張りましょう」と励まされ、逆に救われた気持ちになった。
15年前のあの日、南相馬市は震度6弱の揺れに見舞われた。勤務先の段ボール工場から萱浜(かいばま)地区の自宅に車で向かったが、夕方前に着いた時には、家は跡形もなく鉄筋がむき出しになっていた。沿岸を高さ10メートル前後の津波が襲い、海から約1キロの集落が壊滅した。
妻・里絵さん(当時33歳)、長男・孝心(こうしん)ちゃん(同7か月)をはじめ、家にいた母・由美子さん(同55歳)、祖父・秀雄さん(同80歳)、祖母・キイ子さん(同75歳)の姿はなかった。「逃げたはずだ」と避難所を回ったが会えず、最悪の事態を覚悟した。
父・邦義さん(22年に70歳で死去)と避難所に身を寄せながら海辺で家族を捜していた時、東京電力福島第一原発事故で自宅周辺に屋内退避指示が出た。福島市の避難所や埼玉県の親戚宅に一時逃れたが、すぐに戻って捜索を続けた。5月までに妻、長男、祖母の遺体は見つかったが、祖父と母は今も行方不明だ。
片付けが苦手で金銭感覚もルーズだった自分を「更生させてくれた」しっかり者の里絵さんとは、結婚6年目だった。ようやく授かった孝心ちゃんの成長を見守る幸せな日常が暗転し、その後の数年間は記憶が曖昧だ。
何かしていないと不安で仕事は再開したが、自分の殻の中に引きこもるような日々。「生きていても仕方ない」と何度も思いつつ、自分より憔悴(しょうすい)していた父を「支えなきゃ」と踏みとどまった。同じ境遇の友人らと話をすることで少しずつ心が落ち着き、実の息子のように接してくれる妻の両親の温かさにも支えられた。
殻の外に出るきっかけは、震災から7年余り過ぎた頃、地元の友人がくれた。復興を盛り上げる音楽イベント「騎馬武者ロックフェス」を手がけており、運営の手伝いを頼まれた。会場設営などの裏方仕事に汗を流すと来場者の笑顔が心地よくて、以来、毎回運営に参加している。
福島県では19年以降、豪雨や震度6強の地震で何度も被災しており、フェスの仲間と被災地で災害ボランティアも始めた。震災後に受けた様々な助けに対する「恩返し」をしたくなったからだ。「偽善だと言われても構わない。何もしないよりいいでしょ」
これまで能登には8回入った。いつしか「支援のため」から、仲良くなった住民やボランティア仲間に「会いに行きたい」との思いに変わってきた。酒を酌み交わしながら話し込むと、「人それぞれのつらさがあるのだ」と、視野が広がっていくのを実感した。
次に能登に入るのは4月中旬。仲間から「同じように家族を亡くした人がいる。会ってみないか」と誘われた。まだ名前も知らない相手だが「自分の経験が役に立てば」と、本音で話をしてくるつもりだ。
最近は「こんな自分を見たら妻と息子はどう思うだろうか」と夢想する。いつか2人に会えた時にこう言えたらと思っている。「パパ格好良かっただろ」(山田優芽)
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東日本大震災15年、国民の関心「薄れた」79%…「教訓生かせた」54%
「東日本大震災15年」に関する読売新聞社の全国世論調査(電話方式)では、被災地に対する国民の関心が薄れていると「感じる」と答えた人が「大いに」22%と「多少は」57%の計79%に上り、「感じない」は「あまり」「全く」の計20%にとどまった。
国民の関心が薄れていると「感じる」との回答は、復興に「関心がある」とした人(全体の78%)では83%だったのに対し、復興に「関心がない」人(同22%)では63%だった。復興への関心度が高い人ほど、社会全体で震災が「風化」することに対して懸念を感じているようだ。
日本の社会が、震災の教訓をその後15年間の災害で生かすことができたと「思う」と答えた人は54%で過半数を占めたものの、「思わない」人も38%いた。60歳以上に限ると、「思わない」50%が「思う」39%を上回った。
公立高校の志願倍率、33道府県で1倍切り 私立無償化の影響か
2026年度の入学生を対象とした公立高校全日制の主な入学者選抜の志願倍率が、47都道府県のうち7割にあたる33道府県で1倍を切ったことが9日、毎日新聞のまとめで判明した。単純比較はできないものの、前年度より倍率が低下した自治体は8割を超え、私立高の授業料無償化の影響で私立人気が高まり公立離れが加速した可能性がある。
各地の教育委員会は、公立高全日制における26年度一般入試(25年度実施)の前期選抜など主要日程における志願倍率や志願者数を2月以降順次公表(一部は特色枠など一般入試以外も含む)しており、9日に47都道府県分が出そろった。
毎日新聞の集計で志願倍率が1倍を切っていたのは70・2%に当たる33道府県。0・9倍を下回った自治体は15、0・8倍に届かなかった自治体も5あった。
募集人員や入試の方法の変更で単純比較ができない自治体もあるものの、全体の85・1%にあたる40都道府県では倍率が前年を下回った。
少子化が進み、特に地方の高校では公立高の志願者が以前から減少していたとされる。ただ、毎日新聞が24、25年度の学校基本調査から中学3年段階の生徒数を算出し、増減率を志願者数の増減率と比較したところ、福井、徳島、大分の3県を除く44都道府県で志願者数の減少率の方が大きかった。
実際には後期選抜など今回集計した入試以外の日程で入学する生徒もいるが、志願倍率の低下は公立高の生徒数の減少を示唆する。各地の教委には「私立無償化が影響した可能性がある。生徒が減れば、集団での教育活動ができなくなる恐れがある」という懸念がある。統廃合の議論に影響が出る地域もありそうだ。
政府は26年度から私立高を含め授業料を無償化する方針。私立のネックとなっていた学費負担が軽減されることから、全国的な公立高からの生徒流出が懸念される。また、近年人気が高まっている広域通信制に生徒が流れる可能性もある。無償化を先行実施していた大阪府や東京都では既に公立高の定員割れが相次いでいる。
私立無償化を巡っては、実施に必要な関連法案が9日から衆院文部科学委員会で審議入りした。6日から審議予定だったが、斎藤洋明委員長(自民党)が事故渋滞で遅刻し流会となっていた。政府・与党は年度内の法案成立を目指している。【斎藤文太郎、木原真希、西本紗保美、ガン・クリスティーナ】
社民党副党首のラサール石井参院議員「世界中、日本中に平和を訴える」 党の存在意義が改めて問われる
社民党副党首のラサール石井参院議員が3日、社民党党首選に立候補することをラサール氏の事務所スタッフよりX(旧Twitter)で表明した。ラサール氏は、社民党のイメージを「明るくほがらかに前向き」なものに変えていきたいと意欲を示し、8日には東京・新宿で街頭演説を行った。
ラサール氏は冒頭、「党首選の記者会見を行った際、一部報道に誤り、間違っているところがあったので、訂正させていただきます」と切り出し、一部報道での「党名を変えることを視野に入れている」について、「全くの誤りであります」と反論。つづけて、「私は党首を変える、党名を変える、それぐらいの覚悟を持って改革しなきゃいけないと」との発言が誤って報道されたと憤り、「例えで、党名のことを言っただけで、私が党名を変えたい。変えないといけないと思ってはいない」と釈明した。
また、SNS上で「社民党が内紛を起こしている」「党内の意見がなかなか上に上がらない。社民党は閉ざされた党だ」などのうわさに対しても、「全くデマであります。意見の違いはあるが、それを話し合い、会議にかけて、ルールをもって決めている。そのプロセスをちゃんと守っている政党。内紛などはございません」と一蹴。
さらに、国会での状況に対しては「リベラルは数を減らした。社民党は埋没寸前。確かに弱ってきてしまっている」とし、社民党の現状を「私たちは良いことを言っているが、なかなかそれが伝わらない。伝え方が悪い。それを変えていかないと」と語った。
その上で、今の社民党を「いつもドアが閉まっていて、中が暗いお店」と例え、「前に立ってもやっているか分からない。いつもドアが開いていて、中の明るいお店にしたい。明るく楽しくポジティブに、そうやって社民党を変えていきたい」と語気を強め、党内改革としては、新党員や若手党員の声を拾い上げる目安箱、ハラスメント相談窓口の設置等を主張。このほかに、所得税と法人税の累進課税の強化、大学までの教育無償化、家賃に対する公的補助などの政策をアピールした。
衆院選の投開票を受け、社民党の福島瑞穂党首とラサール氏は先月8日に都内の党本部で会見。ラサール氏は、「分析をみると10代、20代の若者が一番、自民党に入れているということに暗澹(あんたん)とした気持ちでいます。“新しい戦前”と言われるより(もう既に)戦前なのかなと思っていて、なぜ自分たちが血を流すことになる戦争に向かって若者たちが自民党に票を入れるのか理解できません。また、裏金議員、旧統一教会系の議員が当選して、これでミソギが済んだと言っているみたいですが、かなり安いミソギだと思います。まだまだ許してはいけないと思います」となどと心情を吐露していた。
ラサール氏といえば先月、お笑いコンビ・ぺこぱの松陰寺太勇と出演したAbemaTVの報道番組「ABEMA Prime」での討論が話題を集めた。社民党は初の議席数ゼロという惨敗を喫したなか、同番組で日本の防衛政策について軍備を増強している現状を危惧した。
これらの情勢を踏まえ、ネットの反応は「3人しかいないんじゃないの?そして多分党首に選ばれるよね」「ラサールはもう隠居しな。うっとうしいんだよ!老害」「ラサールは、戦争が始まる、若者はなぜそれを支持するのかとあおるけど、論理の飛躍が余りにも大きい。争点はそこじゃないし、誰も戦争を始めようとしてない。これだから松陰寺に論破される」といった冷ややかな具合だ。
かつて、お笑い界の頂点に立ったラサール氏。政治の世界では四苦八苦が続いているようだが、社民党の存在意義が改めて問われているなかでラサール氏の「世界中、日本中に平和を訴える」は届くだろうか。
〈高市総理応援も…〉「知事多選日本一」で起きた異変…石川県知事選で馳浩氏が負けた本当の理由「能登地震報告書が突きつけたファクト」
現職が圧倒的に有利とされる知事選で、異例の結果が起きた。3月8日投開票の石川県知事選で、自民党などが推薦した現職の馳浩氏が、無所属新人の山野之義氏に敗北。石川県は「知事多選日本一」とも呼ばれ、現職が1期で落選するのは極めて珍しい。なぜ、この“政変”は起きたのか。背景には、能登半島地震をめぐる対応への厳しい評価と、盤石だったはずの組織票の崩れがあった。
【画像】今日は何回転? レスラー時代の馳浩氏の必殺技
現職有利とされる石川で「1期で落選するのは極めて異例」
3月8日投開票の石川県知事選挙において、無所属新人の山野之義氏(元金沢市長)が、自民党・日本維新の会推薦の現職である馳浩氏を破り、初当選を確実にした。長年「知事多選日本一」と言われる石川県において、現職が1期で落選するのは極めて異例である。
その主な敗因としては、能登半島地震における県の初期対応に対する有権者の厳しい評価、与党支持層の票の流出、そして無党派層からの支持離れが挙げられる。
詳しくみていこう。
石川県は前知事の谷本氏が7期28年、その前の中西知事が8期31年を務めた「知事多選日本一」の県である。現職知事が1期だけで落選に至るのは異例の出来事だ。
現職は知名度やこれまでの行政実績、盤石な支援組織を持つため選挙戦において圧倒的に有利とされるのが一般的だが、今回はその常識が完全に覆る結果となった。
災害対応の評価や復興の進め方が最大の争点の一つに
この異例の政変の最大の背景として、朝日新聞(3月8日)は、「能登半島地震への対応のまずさがあることは疑いない」と報じている。2024年に起きた能登半島地震や奥能登豪雨後、初めての知事選となった今回、災害対応の評価や復興の進め方が最大の争点の一つであった。
石川県防災会議が2024年10月にまとめた公的な報告書「能登半島地震における対応の検証結果」において、県自身の対応について厳しい自己評価が下されている。
報告書には「県が救助の実施主体という意識、全庁体制で災害対応を行うという意識が欠如し、対応が受け身」「組織横断チームを編成し、臨機応変に対応するも、危機部局の権限が不明確」「執務スペースが狭隘であった結果、関係者が一堂に会する場所がなく、情報の一元化・分析・整理が困難」といった厳しい文言が並んでいる。
専門人材不足と支援団体との連携不足
同資料には他にも「応援団体の活動調整等を行うことができる防災の専門人材が不足」「被災者の生活支援の実績を持つ災害支援NPOなど民間支援団体との連携が不足」などが指摘されている。
こうした厳しい指摘に対し、馳知事は東洋経済オンライン(2026年1月10日)のインタビューで反論と釈明を行っている。
県職員の意識が欠如し受け身だったという点については、「大地震が起きたときに県のどの部局が何をするかというマニュアルがなかったのです。ですから、実際に大地震が発生しても職員は動き方がわからない。動きようがなかったんです」と語り、過去27年間被害想定が見直されていなかった県の背景を主張した。
また、危機部局の権限が不明確だった点には、「独立した部にするほど大きな組織ではなかったので、各部局との連絡調整が多い総務部内に危機管理監室を位置づけたのです」と説明している。
さらに、被災地への訪問が遅れたことや現地対策本部を設置しなかったとの批判に対しても、知事は自らの行動を説明している。「発災翌日の朝7時6分から、消防防災ヘリで2時間かけて被災地をすべて回り、すさまじい状況を目の当たりにしました」と初動の早さを強調した。
開設初期に間仕切りが設営できず雑魚寝が発生
その上で、現地に対策本部を置かなかった理由を「自分が被災地に入れば、市町の関係者が応接に手間を取られ、災害対応が滞る懸念があった。だから知事室に泊まり込んで、24時間体制で陣頭指揮を執ったのです」と反論している。
また、「甚大な被害が1自治体ではなく、6市町の広範囲に及び(中略)現実的に難しかった」とし、「指揮命令系統が(中略)国の対策本部につながることにもなり、混乱が予想された」と当時の判断の妥当性を主張した。
報告書は被災者支援についても、県の想定不足を指摘している。
県も支援される側という意識から、主体的な活動調整を行う意識が欠如していた、広域避難が必要な場合の想定が希薄であり、避難を希望する方は指定避難所に全て避難できるという固定観念があった、さらに長期的なライフライン途絶による長期間の生活支援の想定も不足しており、開設初期に間仕切りが設営できず雑魚寝が発生した…
これらについても馳知事は、当時の法制度の限界を反論として挙げている。
経験と人脈を駆使して国政を動かしたと強調
「法制度が、被災した人は指定避難所に入るものと想定しており、自宅などに自主避難している人には支援が行き届かなかった」と語り、災害対策基本法に福祉の観点が抜けていたと指摘した。
さらに、過酷な環境となった1.5次避難所についても、「もともと1.5次避難所は(中略)一時的なトリアージの施設として立ち上げました」「ところが開所すると、介護が必要な高齢者がどっと入ってこられた」と語り、想定外の事態であったことを強調した。
その上で、国の支援制度の壁に対しては自らの政治力を活かしたと胸を張る。「被災者生活再建支援制度では、住宅の再建に対して最大300万円しか支給されないことになっていましたが(中略)岸田首相に電話し、直談判しました」と明かし、結果として高齢者や障害のある世帯には特例的に最大600万円まで支給されることになった成果をアピールした。
また、問題視された災害対策基本法についても、「25年5月の法改正で、『福祉サービスの提供』が法律として明文化されました。私たちも、この改正を国に強く働きかけました」と述べ、自身の経験と人脈を駆使して国政を動かした実績を強調している。
報告書ではこのほかにも、災害広報においてデジタルになじみのない高齢者に情報を届ける仕組みが欠如していた点や、デジタル技術の活用において紙ベースの入所者管理が多くデータ化に苦慮した点が検証されている。様々なデータを各団体ごとに収集・保有する中で、名簿等個人情報の共有にも時間を要したことが明らかになっている。
知事に対する県民の不満や不信感が選挙の敗北に直結
このように知事からの明確な反論や法的な限界の主張はあったものの、災害時における初動の遅れや県の想定不足が公的な検証結果として詳細に記録された事実は重く、結果として、トップである知事に対する県民の不満や不信感が選挙の敗北に直結したとみられる。
政党の支持動向からも、現職の敗因が明確に読み取れる。馳氏は自民党の県連から推薦を獲得し、全面的にバックアップを受けて戦ったほか、日本維新の会からも推薦を受けていた。しかし、TBS NEWS DIG(3月8日)が報じた出口調査のデータによれば、この巨大な組織戦が機能不全に陥っていたことがわかる。
強固なはずの組織票をまとめきれずに流出
まず自民党支持層の動向について、馳氏は6割以上を固めたものの、逆に言えば残りの層をまとめきれず、山野氏が3割以上の支持を獲得した。報道では、馳氏の足元の支持が一定数、山野氏にも流れた状況であったと指摘されている。
さらに日本維新の会は党として馳氏を推薦したにもかかわらず、出口調査では山野氏が6割近くの支持を固め、推薦したはずの馳氏を上回る結果となった。加えて、立憲民主党と公明党が自主投票とした中道改革連合の支持層では、山野氏が7割弱を固めた。
そして勝敗の鍵を握る、支持する政党のない無党派層においても、山野氏が6割近くの支持を固めるに至った。
約340団体の推薦を受け、巨大な組織戦を展開した馳氏に対し、山野氏はボランティアを核とした市民参加型の運動を展開したと朝日新聞は報じている。強固なはずの組織票をまとめきれずに流出したうえ、無党派層の大きな支持が新人の山野氏へと向かったことが、現職敗北の致命傷となったのである。
文/小倉健一
《不倫相手だった警部補Xとのツーショットも存在》内田梨瑚被告と北海道刑事たちの「上半身ハダカ乱痴気騒ぎ」リアルな実態…公判で問われる「更生可能性」【旭川女子高生殺害・公判】
北海道旭川市の吊り橋「神居大橋」で2024年4月、女子高生・Aさん(当時17歳)が吊り橋から川に転落し、殺害された事件。首謀者とされる旭川市の無職・内田梨瑚被告(23)の第1回公判前整理手続きが3月3日に行われ、初公判日程が5月25日に決定した。
内田被告の”舎弟”とされる共犯の小西優花受刑者(21)はすでに公判を終えており、懲役23年の実刑判決が確定している。内田被告の公判のポイントは、「内田被告の殺人の実行行為性」、「全裸にし動画撮影した不同意わいせつとAさんの死亡の因果関係」「内田被告の量刑」の3点とされる。
量刑においては、犯行の悪質性のほか、内田被告の反省や「更生可能性」も裁判員らに見極められ、判断されることになる。【前後編の後編。前編から読む】
「強そうな年上の男に…」
先述の小西受刑者の公判に、検察側の証人として出廷していた内田被告。公判を傍聴したライターは、「内田被告の態度はかなりキツくみえた」と明かす。
「上下とも黒の長袖とズボンという服装で出廷した内田被告は裁判長から宣誓を求められたのですが、『同じ内容の裁判を控えているので、ここでは話したくないです』と繰り返すばかりでした。法廷を睨むような目つきも非常に印象的でした。
内田被告が証言を拒否し10分程度で退出したため、結果として検察側が内田被告の供述調書を読み上げることとなったのですが、自身の公判にはどのような態度で出廷するのか……」
NEWSポストセブンは事件発生後、内田被告の人柄や素行について、地元旭川で取材している。内田被告の知人は、「旭川市にある繁華街『3・6(サンロク)街』によく出入りしていた」と話していた。
「内田は高校卒業後、地元の化粧品メーカーの販売店で働いたり、3・6(サンロク)街のクラブでキャストを務めたりと、職を転々としていました。事件があったから言うわけではないですが、学生時代から”不良少女”として有名で、年上の悪そうな男たちとよく飲み歩いていたのが印象的です」
サンロク街の飲食店関係者は、「男癖も非常に悪かった」と話す。
「決まった彼氏がいる感じではありませんでしたが、出会った人、誘われた人など誰とでもやる。特に先輩や年上など、強そうな男性に自分から媚びを売っていた印象があります」
X警部補は「刑事職から外された」
さまざまな男性と関係を持っていた内田被告について、2024年7月には「週刊文春」が衝撃のスクープを報じた。事件の捜査にあたっていた旭川中央警察署の刑事(当時)であるX警部補と内田被告が、不倫関係にあったというものだ。
福島知事の東日本大震災式辞、一部が報道と酷似 県「参考にした」
福島県主催で毎年3月11日に開かれる東日本大震災の追悼復興祈念式で、内堀雅雄知事が読み上げる式辞の一部が過去に新聞やテレビで報じられた被災者の発言や情景描写の表現と酷似している。県は取材に「報道を参考にした」とするが、被災者や報道機関への事前連絡はなく、引用元も示していない。
酷似しているのは2023~25年の式辞。知事本人が視察していないのに、その場で話を聞いたかのような言い回しが目立ち、被災者や識者は「誤解を招く表現だ」「自分の言葉で語ってほしい」と指摘する。
24年の式辞は、東京電力福島第1原発の立地する福島県大熊町で事故後初めて町内で開催された前年秋の町民参加の運動会を紹介。知事は視察していないが、次のように盛り込んだ。
「私が最も希望を感じたのは、運動会で住民の皆さんと共に汗を流した女の子が、満面の笑みで語ってくれた、この言葉でした。『地域の人たちとどんな時でも助け合えるようになりたい』」
運動会当日、NHKが報じたローカルニュースでは、女子生徒が「地域の人とどんな時でも助け合えるようになりたいです」とインタビューに答えており、式辞の文言と酷似していた。【尾崎修二】
「亡くなった36人は『運がなかった』」と言い放つ被告 被害者の兄はやり場のない憤り「全く関わりのない人間でした。それでも、突然命を奪われてしまった」【京アニ放火殺人事件⑤】
2019年7月、京都市伏見区で起きた京都アニメーション放火殺人事件。この事件で、多くのクリエイターの尊い命が奪われました。
その1人、渡邊美希子さん(当時35)は、京都アニメーションを代表するアニメーターで、美術監督も務めるなど、多くの作品で活躍していました(【画像】に渡邊美希子さんの作品も)。
美希子さんの兄・渡邊勇さんは、家族を失った苦しみに加え、法廷での被告の言動にも心を痛めました。被告は、あまりにも無責任な言葉を言い放ったのです。
(2026年2月11日「犯罪被害者支援を考える市民のつどい」講演より)
※この記事は【1】【2】【3】【4】【5】の【5】です。
亡くなった36人に 被告は「運がなかった」と言い放った
(渡邊勇さん)
「また、36名もの方が亡くなったことに対しては、『運がなかった』と言い放ちました。
自らが引き起こした結果に対して、あまりにも無責任な言葉を聞いたとき、本当にしんどい感情がこみ上げてきました。
裁判を通じて、彼が過去にコンビニ強盗などで前科があったこと、訪問看護や生活保護などの支援を受けていたことも知りました。
なぜ、社会から多くの支援を受けていた人物が、このような凶行に及び、大切な妹の命を奪わなければならなかったのか。苦しくて、情けなくて、やり場のない憤りを覚えました。
一人で裁判に臨まなければならなかったら、精神がおかしくなっていたかもしれません。辛いとき、憤りを感じたときに、それを共有できる家族がいたこと、そして、裁判に付き添ってくださる被害者支援の制度があったことに、心から感謝しています」
「加害者も被害者も生み出さない世界へ」
(渡邊勇さん)
「彼のことは決して許すことはできません。しかし彼が言った『今のような環境があれば、事件は起こさなかった』という言葉は、憤りとともに、私たちに一つの問いを投げかけているようにも感じました。
どこかで、彼が立ち止まるタイミングはなかったのでしょうか。
もし彼に心から大切に思う人がいて、『この人に迷惑をかけたくない』と思えていたら。。。孤独や孤立によって自暴自棄にならなければ、あのような事件は起きにくかったのではないでしょうか。
一番に望むのは、『加害者も被害者も生み出さない世界』です。それは、社会のルールや政治、経済、そして教育や文化、社会全体の空気感といった、様々なものが関わってくるのだと思います。
事件後、僕自身の考え方も変わりました。以前は、『自分の家族や友人、同僚など、身近な大切な人たちが幸せであればよい』と思っていました。
しかし、今回の事件の犯人は、妹からすれば全く関わりのない人間でした。それでも、突然命を奪われてしまった。
この経験を通じて、『自分の周りだけではだめなのだ』と痛感させられました」
美希子さんと同じ誕生日に生まれた我が子
(渡邊勇さん)
「不思議なことに、事件後に生まれた僕の子どもは、美希子と全く同じ誕生日に生まれてきてくれました。予定日でもなかったのに、です。『ちゃんとしっかり生きていけよ』と、妹に言われているような気がして、その子の笑顔に日々、元気をもらっています。
私たちの話は、暗い話かもしれません。でも、ただ暗い話として持ち帰っていただくのではなく、この話をきっかけに、皆さんの周りにいる大切な人の存在を、改めて感じていただけたら、これほど嬉しいことはありません。
そして、まずはあなたの大切な人に『大切だよ』と伝えることから始めていただけたらと、切に願っています」
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「先が見えぬ恐怖あった」 中東から無事帰国に喜び
イラン周辺国から政府のチャーター機で退避してきた邦人ら281人が10日早朝に成田空港に到着した。ホテルから出られず、ミサイルやアラートの音でたたき起こされる日々を「先が見えない恐怖があった」と振り返り、無事の帰国を喜んだ。カタールの首都、ドーハで知り合った日本人約180人はチャットグループで情報交換し、励まし合っていたという。
友人とイタリア旅行に向かっていた神奈川県海老名市の大学生前島陸斗さん(22)はカタールで2月28日から足止めされていた。スマートフォンにアラート画面が何度もアラビア語などで表示されたが「ミサイル関連のものとしか分からず不安だった」と疲れた表情で話した。「ボン!」と花火のような音が聞こえることもあった。
卒業旅行でスペインを訪れる予定だった横浜市の大学4年志水里沙さん(22)と森花織さん(22)も乗り継ぎだけのはずだったドーハのホテルに滞在。「1カ月ほど戦闘が続くという報道もあって先が見えなかった」「家族に『ただいま』と元気な顔を見せたい」と話した。
在留手数料、上限最大30倍に=電子渡航認証制度を創設―入管法改正案を閣議決定
政府は10日、外国人の在留許可に関する手数料の上限を最大30倍に引き上げることを柱とした入管難民法改正案を閣議決定し、衆院に提出した。上限見直しは1981年以来。入国の可否を渡航前に審査する電子渡航認証制度「JESTA」の創設も盛り込んだ。今国会中の成立を目指す。
日本の在留外国人は2025年末時点で過去最高の約413万人。手数料引き上げは高市政権が進める外国人政策の財源を捻出するのが狙いだ。
現在、手数料の上限は(1)在留資格の変更許可(2)在留期間の更新許可(3)永住許可―のいずれを行う場合も一律1万円と決まっている。法改正により(1)(2)を10万円、(3)を30万円に変更する。
実際の手数料は上限の枠内で政令で定めており、現在は(1)(2)が5500~6000円、(3)が1万円。改正案が成立すれば、政府は外国の例なども参考に26年度中に新たな手数料を定める。 [時事通信社]