「娘が自殺したのは、私のせいなんです」母親の突然の告白に、公認心理師が気づいた“家族関係の歪み”

「下着がない状態で手をつないで人通りの中を…」29の人格を持つ女性が受けた、幼い頃の性的虐待 から続く
公認心理師である長谷川博一氏は、自殺した女子中学生の母親とカウンセリングをする中で、家族関係の歪みに気づく。
なぜ女子中学生は自ら命を落としたのか。母親との2回に及ぶカウンセリングでのやり取りを紹介します。
◆◆◆
いじめがあったかもしれないという疑念
公立中学校に通う2年生の女子生徒、紗季さん(仮名)が自ら命を絶ったのは、夏休み明けの月曜日の朝、自室のベッドの上でした。その知らせはすぐに母親から学校に届きました。
「学校でなにか変わったことはありましたか?」
母親からそう問われ、教師たちの脳裏に、いじめがあったかもしれないとの疑念がよぎります。母親の要望に沿い、他の生徒たちには、紗季さんは転校することになったということだけが知らされました。
翌日、急きょホームルームが開かれ、校内放送で校長から「いじめじゃないかと思ったら先生に報告すること」を趣旨とする話があり、紗季さんのいじめに関する無記名のアンケート調査が行われたのでした。
「本当に転校なのか?」といった問い合わせも
調査の結果、いくつかの疑わしいことが浮上してきます。アンケートの自由記述欄に、次のような記載が見られたのです。
「筆箱がないと言ってた」
「体操服が汚れていた」
「うざいって言われていたのを聞いた」
「本に落書きがあった」
「ほかの中学の人ともめていたみたい」
他方で、
「よく笑っていたし、いじめられてたとは思わなかった」
「変わったところはなかった」
「夏休みもふつうにLINEしていたので驚いた」
と、いじめを全く感じさせないようなことも多く書かれていました。
ごく狭い範囲でいじめが行われていたのか、それともいじめとは関係のない事故だったのか、学校は判断と対応に方向性を見出せなくなっていきます。他の生徒の保護者から「紗季さんはいじめられていたのか? 転校の原因はいじめでは?」「本当に転校なのか?」といった問い合わせも入ってきました。
在籍している生徒に自殺が生じると、学校はその対応に苦慮を強いられます。第一に、いじめなど学校に関係する悩み事が原因になっていたとしたら、重大な責任を担うことは必至です。いじめの場合はなおさらで、そこに加害生徒への指導が加わります。他の生徒たちの動揺を鎮め、精神的なケアも進めなくてはなりません。
「娘が自殺したのは、私のせいなんです!」
紗季さんの母親、有希さん(仮名)が初めて私のところへ訪れたのは、娘の最期から2週目に入ってからでした。起きたことを一通り説明したあと、自らに言い聞かせるかのように繰り返したのです。
「違うんです! 違うんです!」
ぎゅっと握られた両手のひらと、力のこもった瞳がそこにありました。どうやら学校でのいじめ調査は、母親である有希さんにとって思いもよらない方向に展開してしまったようです。
「娘が自殺したのは、私のせいなんです!」
「次の時に大事なものを持ってきます」
こう言い残し、初回カウンセリングを終えて寂しい家へと帰っていったのでした。
1週間後、有希さんは大きめの封筒を携えてやってきました。
「娘の引き出しの奥から出てきたノートです」
促されてノートをめくると、亡くなった紗季さんの短い走り書きがありました。日記であることがすぐにわかりました。記された時刻は、いずれも深夜2時前後を示しています。
親思いの優しい子だった
(日記:5月) 母の日、サプライズでカーネーション。笑ってる。サイコー!!
(日記:6月) 大丈夫だよ。私が守ってあげるね。 大好き。大スキ。だーいすき!!
(日記:7月) よくわからんけど、ちょっと変?? 私どうなるのかな。 なんとかするのだ。頑張るぞー!
目を通している私に、有希さんは嗄らした声をかけてきました。
有希 紗季は、親思いの優しい子でした。私がつらそうにしているとすぐに傍にきて、面白い話をしてくれたんです。
――紗季さんはこんなに母親のことが好きだったんですね。
有希 本当は違うんじゃないかと思います。
――本当は違う……?
有希 きっと私のことを憎んでいたんです。
――もしかして、ですが……。夫婦関係はいかがでしたか?
有希 はい、先生の想像する通りです。
――暴力を振るわれていたんですね。
有希 はい……。
――紗季さんはその仲裁に入ったり、悲しむ母親を慰めようとしたり……。
有希 ……はい(うなずき、涙がこぼれる)。
(日記:8月) 嘘つき……
(日記:自殺の2日前) 無理だとわかってもどうしても信じてしまう。
――嘘、無理だとわかっていても、というのは?
有希 1年くらい前から紗季に「お父さんと離れて2人で暮らそう」と言われていたんです。「うん、そうするね」って、そう答えていました。
――離婚すれば、もう母親が酷い目に遭うのを見なくても済む。それしかないって考えていたんですね。
有希 離婚するなんて真剣には考えられなくて……、ただ「うん」って……。
私がもっと早くになんとかしていれば…
――紗季さんは、お母さんの言葉が本物ではないと悟りながらも、もしかしたら2人で平和に暮らせるかもっていう願いを完全には拭えなかった……。
(日記:自殺の前日) 無理なら、誰か私の感情消して! お願いだから逃げさせて。
(日記:自殺の当日) ずーーっと大好きでいたいから、バイバイ。
――このままだと、口先だけのお母さんのことを嫌いだという気持ちが出てきてしまう。どうしてもお母さんのことを好きでいたかったんですね……。
有希 ……はい。だからすべて私のせいなんです……。
――DVにさらされ続けていると、それが当たり前になってしまい、状況を変えられるという発想すら奪われてしまうんですよ。
有希 でも、私がもっと早くになんとかしていれば……。
家族関係の歪みは世代を超えて受け継がれやすい
――残念ながら、なんとかできるような単純な問題ではなかった……。あのぉ、お母さんが子どもの頃、両親はいかがでしたか?
有希 あ……。そういえば同じでした。
――妻は夫から暴力・暴言を浴び、それに耐えるものだという刷り込みは、既に子どもの頃に作られてしまっていたのですね。
有希 あーーーー!
――あの頃、思ったことがあるのでは? あんな父親と離れればいいのに、って。
有希 はい……。
面前DVという心理的虐待を含め、家族関係の歪みは世代を超えて受け継がれやすいことが指摘されています。
紗季さん家族の秘密を学校が知り、児相の適切な介入へ繋げることは、問題行動を呈さない生徒を前にしては、とても期待できません。世代を遡り、母親の有希さんの子ども時代に原因を見つけることなど、「妻への暴力」が黙認された時代には不可能でした。
しあわせな時間を生きてほしい
有希 私は生きていていいんでしょうか?
――お母さんにできることがあると思います。
有希 えっ……。
――紗季さんが身をもって教えようとしたこと、それはDVの連鎖をここで止めることではないでしょうか。
有希 連鎖を止める?
――自分の感情を大切にし、服従しない、しあわせな時間を生きてほしいと思います。
有希 それって、紗季が私に願っていたこと……?
――その通りですね。学校には話しますか?
有希 いいえ、話しません。
――わかりました。
有希 このノート、託してもいいですか? 預かってもらえますか?
――はい。
小中高校生の自殺者は、学校が把握できていない事案が少なくない
有希さんとのカウンセリングはこの2回で終わります。
中学生の「いじめ自殺」はセンセーショナルに取り上げられ、世の人々から大きな関心を向けられます。現にいじめが主因であると認定された自殺は起きています。多数の要因が複雑に絡み合い、一因や契機としていじめが関与していると考えられる事案もあるでしょう。しかし、それ以上に多くの子どもたちが自ら命を絶つ時代になっているのです。
2020年度文科省の報告では、小中高生の自殺は統計調査を始めた1974年以降最多の415人でした。小学生が7人(前年比3人増)、中学生が103人(同12人増)、高校生が305人(同83人増)です。特に女子高校生は131人で、前年度の63人から倍以上も増えました。警察庁の同年度の統計では、小中高校生の自殺者は507人で文科省の報告より92人多かったことは、学校が把握できていない事案が少なくないことを物語ります。
付記 本稿で取り上げる事例は、可能な限りご本人の了承を得て、かつ必要に応じて個人が特定されないよう小修正を加えて執筆するものです。
(長谷川 博一)