悲しみと怒り あの日、何があった 三幸製菓火災から1週間

新潟県村上市長政の米菓製造大手「三幸製菓」荒川工場で6人が死亡した火災は、発生から1週間となった。あの日、工場でいったい何が起きたのか――。犠牲者の遺族や同僚らは悲しみと怒り、不信感を募らせている。県警は出火原因の特定を進めるとともに、業務上過失致死容疑での立件を視野に強制捜査に着手した。【内田帆ノ佳】
「近くの建屋が火災」。11日深夜、荒川工場周辺の各家庭に防災無線が鳴り響いた。「あー、また三幸製菓だな」。かつて同工場で働いていた男性(74)は無線を聞いてこう思った。同工場では何度も部分焼やぼや騒ぎがあったからだ。ただ、この日は違った。
同日午後11時45分ごろ、火災報知機が発報し、警備会社が火災を確認。通報を受けた村上市消防本部や新潟市消防局のポンプ車とはしご車、救急車など計22台が出動した。
三幸製菓などによると、同工場には「A」から「G」まで7棟があり、火災が起きたのは南側の「F」棟(鉄筋コンクリート一部2階建て、約9859平方メートル)。おかきなどの生産ラインが24時間態勢で稼働し、火災が発生した時間帯は、約30人が中にいた。ラインの作業は午後11時半ごろから約50分間の休憩に入り、清掃が行われていたという。
「バチッという音がして真っ暗になり、煙が充満した。パニックになった」。清掃をしていた女性はこう振り返る。F棟内は多くの機械があって通路が狭く、暗闇の中、何とか出入り口までたどり着いた。防火シャッターは閉じていたが脇の扉から外に出られ、気づくと煙のすすでマスクは真っ黒になっていた。
隣のE棟にいた60代女性はこう証言する。「火災報知機が鳴り停電した。休憩室のある2階から社員が懐中電灯を持って降りて来て『火事だ、避難した方がいい』と叫んだ。数人がまとまり、転ばないよう手探りでかすかに明かりが漏れる出入り口を目指した」。女性は非常口の位置を把握しておらず、社員がいなければ、どこへ逃げていいかわからなかったという。外に出ると、F棟内に真っ赤な炎が見えた。
村上市消防本部によると、消防隊はF棟にあるほとんどのシャッターをエンジンカッターで切断。12日午前1時半ごろ、東側玄関付近に倒れていた女性4人を搬送したが、死亡が確認された。火災は午前11時10分に鎮火。その後、南西側ボイラー室付近の焼け跡から2人の遺体を発見した。
通報から鎮火までに11時間半を要した。同消防本部は「建物内には黒煙が充満し、突入できない状況が続いた。機械が多かった点も消火活動を困難にさせた」としている。
死亡した女性4人はF棟東側玄関手前に設置された防火シャッターのそばで、一緒に倒れているところを消防隊員に発見された。ひどいやけどこそ確認されなかったものの心肺停止の状態だった。防火シャッターは閉じており、迂回(うかい)扉に気づかず逃げ遅れた可能性がある。同工場では年2回避難訓練があり、昨年9月も実施されたが「4人とも勤務と訓練の時間帯が合わず参加しなかった」(三幸製菓の担当者)という。
ある遺族は胸中をこう明かす。「(三幸製菓は)謝りに来ただけで、私たちに何の説明もない。悲しみはあるが、怒りもこみ上げてくる。あの日いったい何があったのか、それを知りたい」
仕事は「生きがい」
田園地帯に位置し、従業員約500人が働く荒川工場。「この家の人は辞めたんさ。あっちの家はおらの親戚で今も働いてて、命からがら逃げたわけ」。近隣に住む女性と周辺の集落を巡ると、多くの人が工場と関わりのあることが分かった。
特に多いのは、非正規雇用で清掃を担当するアルバイト従業員で、勤務は日中と夜間の2通りがあり、夜間は原則午後9時半から2、3時間勤務で、時給は1500円。従業員らによると、条件が良いと10年以上勤務するベテランの高齢女性が多く、気心の知れた仲間と一緒に働くことは「生きがい」でもあったという。
死亡した女性4人もそうだった。渡辺芳子さん(71)と伊藤美代子さん(68)、近ハチヱさん(73)、斎藤慶子さん(70)は工場近くの村上市や胎内市に住み、清掃員として10年以上勤務していた。
「夜間の仕事なら日中、時間が空くので孫の面倒をみられる」。親族によると、近さんはこう話した。「もうそろそろ辞めれば」と声を掛けると、仕事場に友だちがたくさんいるといい「もう少し、もう少し」と楽しそうに働いていた。近さんは若い頃に事故で夫を亡くし、1人で子どもたちを育てた。
他の3人の女性については、知人たちが人柄を語ってくれた。
渡辺さんと35年以上親交があったという男性(73)は「夫婦仲が良かった」と話す。渡辺さんは春や秋に田んぼの作業を手伝い、家庭菜園にも励む働き者で、家族とバーベキューを楽しむ姿を見かけることもあった。
伊藤さんと30年以上付き合いがあった女性(70)は「睡眠が取れず熱を出していたこともあったが元気良く動き回っていた」姿を思い出す。商工会女性部に所属するなど活動的で、県の食生活改善推進委員の研修で一緒に減塩料理を作ったのを覚えている。
「すらっとしていてきれいな人。物静かで事務仕事もきちんとこなしていた」。以前、斎藤さんと材木店の同僚だった女性(79)は、真面目な姿が印象的だったと振り返る。
「(4人は)17年間ともに働いた大事な仲間なんです。一緒に逃げたつもりが自分だけ運悪く助かったような感じで、火災のことはもう思い出したくない」。F棟から避難した女性は悲痛な胸の内を明かした。
火元 焼き窯、乾燥機か
県警は、業務上過失致死容疑で15日に三幸製菓本社(新潟市北区)と荒川工場を家宅捜索した。「なぜ火災が発生したのか、なぜ6人の方が亡くならなければならなかったのか。この2点が捜査のポイントだ」。県警幹部はこう説明する。
火災では女性4人の他、2人の遺体が見つかり、1人は製造担当の従業員、渡部祐也さん(22)と判明、もう1人も従業員の20代男性とみられる。
これまでの調べでは、F棟にいた一部の従業員が「菓子のかすから火が出た」と証言し、火元については、焼き窯や乾燥機、などが浮上している。
三幸製菓によると、F棟では、おかきの詰め合わせ商品などを生産。製餅▽生地乾燥▽焼き▽味付け▽乾燥▽包装――など一連の工程のラインがあり、火元の可能性が指摘される焼き・乾燥工程には長さ約50メートルのトンネル状の焼き窯があった。ベルトコンベヤーの網の上で生地を焼く仕組みで、火災発生時には停止していたが、ガスバーナーの火は付いたままだった。
村上市消防本部によると、荒川工場では1988~2019年に火災が8件あり、うち7件は乾燥・焼き工程で菓子くずから発火した。一方、20年9月の定期立ち入り検査で、自動火災報知設備の感知不作動、誘導灯の作動不良などの不備が確認され、工場側から補修や取り換えなどの改修計画報告書を提出された。改善箇所の現地確認は法令で義務付けられておらず、22年度の定期検査で確認する予定だったという。