ロシアによるウクライナ侵攻は起こるのか。本稿を書いている今もなお、日を追うごとにキナ臭さを増していくが、それに比例して日本の言論空間でも不穏な空気が立ち込めている。一言で言えば、ロシアに批判的な言説に対する親ロシア的言説のカウンターだ。
司会者が「他国の領土を切り渡す」という解決法を提案
先日、BSフジでの討論番組に出演した現役議員がウクライナに非がある主張を展開し、司会者に至っては問題の解決方法として、「例えばそこ(ドネツク・ルガンスク地方)を切り取ってロシアに渡す」を提案するという、ロシアに一方的に有利な現状変更を積極的に認めるとしかとれない発言があった。21世紀に「他国の領土を切り渡す」という解決法を公言したことに、SNS上では衝撃を持って受け止められた。
また、朝日新聞デジタルでは記事に社内外の識者がコメントするコメントプラスという機能が存在するが、ウクライナ問題について識者によって見解が割れている。さらには、日本のマスコミが偽情報によりウクライナ危機を煽っているという言説まで登場するメディアもあり、ウクライナから遠く離れたこの日本でも、意図したものかそうでないかは不明だが、情報戦が過熱している。
世論を誘導しようとする両極端の報道
ネットを覗いても両極端の世界が広がっている。ある一方は米欧の、ある一方はロシアの報道を取り上げ、双方が互いの主張の根拠は偽情報だと非難しあっている光景を目にする。偽情報によって世論を誘導しようとしているのだと。
筆者としては、ウクライナ周辺にロシアが前例にない大兵力を展開しているのは衛星情報やオープンソースインテリジェンス(OSINT)等から疑いようのない事実であり、それが侵攻か軍事的恫喝による政治的成果を狙っているのは自明であると判断するが、ロシアを擁護する主張は少なくない。
近年はフェイクニュースなど、偽情報についての報道を目にすることが多い。しかし、偽情報による工作活動はずっと以前から行われており、ここ最近で登場したものではない。本稿ではかつて明らかになった日本を舞台にした国際的な偽情報工作を振り返り、現在溢れる偽情報について考える一助としたい。
発端となった毎日新聞のスクープ
事が公になったのは、1982年12月2日の毎日新聞朝刊のスクープだった。アメリカに亡命したスタニスラフ・アレクサンドロビッチ・レフチェンコKGB少佐が、ソ連の情報機関KGBによる日本での工作活動を米議会の秘密聴聞会で証言し、その内容が米議会筋からの情報として報じられたのだ。
この報道を皮切りにKGBによる様々な工作が明らかになったが、この「レフチェンコ事件」ではスパイ事件でイメージされがちな重要情報の窃取(それも行われていたが)よりも、偽情報により政治指導者や国民をソ連に都合の良い様に誘導する、アクティブメジャーズ(積極工作)の実態が明らかになったことが注目された。
その代表的なものとしては、1976年1月23日にサンケイ新聞(現・産経新聞)に掲載された『周恩来の遺言』とされるKGBが作成した偽文書がある。ジャーナリストのジョン・バロンによれば、これは当時ソ連と敵対していた中国指導部の正統性を毀損するための工作で、このサンケイ新聞の報道を起点にソ連国営タス通信によって世界中に配信され、中国指導部を動揺させたという。
第三国のメディアに偽情報を報道させ、それをソ連メディアが引用
ソ連のメディアが最初に報じてもすぐに偽情報と疑われるが、ソ連が第三国のメディアに偽情報を報道させ、それをソ連メディアが引用という形で世界中に配信する事である程度の信頼性を担保する手法は様々な例がある。
有名なものでは、1980年代に世界的問題となっていたエイズはアメリカが開発した生物兵器が原因とする陰謀論で、これも発端はKGBがインドで設立した新聞社の記事から世界中に拡散したものだった。それから40年近くたった近年でも、この工作に関わった東ドイツ人研究者の著書が、陰謀論を多数出版する日本の出版社から再販されるなど影響を残している。
日本で行われた工作は他にもある。『週刊現代』1979年8月23日号には、「ワシントンのうわさ」として米中央情報局(CIA)が中東でタンカーの襲撃を計画しているという記事が掲載されたが、これはKGBが捏造した偽情報を日本のジャーナリストが伝えたもので、米カーター政権に対する中傷工作だったという。
こうした偽情報はKGB第1総局A局が作成し、工作対象国の新聞記事などに紛れ込ませる形で流布される。ここで役割を担うのがマスコミ内や識者の中にいるエージェントで、KGBは彼らを介して偽情報を広めていくのだ。
「エージェント」は「スパイ」とはことなるもの
なお、レフチェンコ事件でエージェントとされた人物のWikipedia項目を見ると、「ソ連のスパイ」と書かれていることがある。だが、当のレフチェンコはスパイとエージェントは全くことなるものとして、これらを混同する言説を批判している。レフチェンコはこう述べている。
〈 スパイというのは通俗語であって、諜報活動にたずさわっている人々をさす、ごく一般的な言葉なわけです。(中略)エージェントというのは、外国政府によってリクルートされて、自国の情報や機密などを相手に漏らしていく人物をさすわけです。同時に、外国政府の望み通りに、自国の政策などに影響を及ぼしていく人物も、エージェントの範疇に入ります。
週刊文春編集部編『レフチェンコは証言する』〉
「外国政府の望み通りに、自国の政策に影響を及ぼす人物」という定義だと、一昔前の日本に大勢いたアメリカ流の新自由主義的な改革を主張する論者もエージェントに該当するかもしれない。そして、外国政府との直接的な接点が無くても、外国のエージェントたりうるのだ。実際にレフチェンコは「無意識のエージェント」というエージェントの自覚は無いが、エージェントとして使える人物を挙げている。
このエージェント観は、現在のロシアでも見ることができる。2012年のNGO法改正では、外国から資金提供を受けるロシア国内の非政府団体(NGO)を「外国エージェント」とみなして登録し、政府に報告義務を設けるなどの締め付けを強めている。2019年のマスメディア法改正では、エージェントの役割を果たすとされた外国メディアの情報を発信する個人にまで対象範囲を拡げ、報道の自由を脅かすものと国際的批判を受けている。
同様にアメリカにも外国エージェント登録法が存在し、2017年にロシア政府が資金を出している報道機関RTのアメリカ法人、2018年には中国国営CGTNがエージェントとして登録されているが、あくまで法人のみである。
レフチェンコの証言に懐疑的だった日本
こうした日本におけるKGBの影響力工作の実態を暴いたレフチェンコであったが、当時この証言について懐疑的な向きが日本では多かった。特に朝日新聞はレフチェンコ証言を否定する特集を組み、その執拗さに「朝日はソ連に対し愛を感じすぎている。愛は人を盲目にする」とレフチェンコを呆れさせている。朝日の名誉のために言えば、レフチェンコ証言で多くの新聞社にエージェントがいることが明らかにされたが、朝日については明らかになってない(テレビ朝日にはいた)。エージェントでなくても、思い入れで外国を利することはあるのだ。
後にKGB文書の管理者であったミトロヒンが持ち出した内部文書や、その他のKGB亡命者の証言はレフチェンコの証言を肯定するもので、さらにエージェントの議員がいるとされた日本社会党の元調査部長も冷戦崩壊後にレフチェンコと対談し、当時の社会党内でレフチェンコ証言が真剣に受け止められていたことを告白しているなど、現在は信憑性のあるものとみなしていいだろう。
レフチェンコが明らかにしたKGBによる偽情報の拡散は、前述のように各国メディアに影響力のあるエージェントを通じて、新聞などの伝統的メディアに掲載させることで行われていた。しかし、インターネットが普及するとエージェントを介さずとも、工作対象国の市民に対して偽情報を直接届けることが可能になった。
実際、ロシア政府と関係が深いとされるロシア企業、インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)は「偽情報の工場」と呼ばれ、2016年の米大統領選挙でFacebookを舞台に偽情報による選挙介入を仕掛けるなど、エージェントを介さずに大々的な工作活動を実施している。
大メディアや識者の発言にも紛れ込む偽情報
しかし、日本ではまだ事情が異なるかもしれない。総務省による「令和2年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によれば、日本人が「世の中のできごとや動きについて信頼できる情報を得る」ためのメディアとして、テレビや新聞といった伝統メディアをあげる人は全年代で半数以上を占めており、まだまだ伝統メディアの影響力は強い。当然、そこで解説を行う識者の発言が、世論に影響を与えることは想像に難くない。
前述した朝日新聞デジタルにおけるコメントについて、軍事アナリストである小泉悠東京大学先端科学技術研究センター講師は、Twitter上でロシアの情報戦理論家パナーリンの「コメントが戦略的重要性を持つ」という指摘を引き合いに、「(コメントプラスが)無自覚に権威主義体制を利するセルフ情報戦をやってしまっている感がある」と苦言を呈している。このことは、今もなお識者を介した偽情報の拡散の有効性を示しているのかもしれない。
伝統メディアからインターネットまで、我々が日々接する情報は膨大だ。自分がよく知らないことは、識者の発言が判断材料になることは多い。昨今はネットに蔓延る出所不明の偽情報が問題視されているが、過去の事例を見れば分かるように、大メディアに掲載された情報や、識者とされる人々の発言にも偽情報が紛れ込んでいる可能性があるのは、頭の片隅に留めておくべきだろう。
(石動 竜仁)