見渡す限りの砂地が広がる鳥取砂丘(鳥取市)。
夏には地表の表面温度が50度を超すこともある乾燥した土地に、カエルが生息していることはあまり知られていない。現れるのは「オアシス」と呼ばれる水たまりの周辺。夏には干上がってなくなってしまう場所にもかかわらず、春から秋にかけて毎年目撃されている。本来乾燥に弱いはずのカエルがなぜ、砂丘にいるのか。そんな疑問の解明に挑む大学生がいる。
ど根性ガエル
「砂丘ガエル」が現れるのは鳥取砂丘の名所「馬の背」の麓にある「オアシス」と「尻無川」。草地が広がり、昆虫も生息している。そこを跳びはねるカエルたちは、砂丘を巡視するレンジャーらから「ど根性ガエル」と呼ばれてきた。
2カ所のうちオアシスは、砂丘の地下水が湧き水となってできる水たまり。冬には水深1メートルを超えるが、夏には干上がってなくなってしまう。そんなオアシスに一部のカエルが姿を見せるのだが、それだけではなく、卵を産み、卵からかえったオタマジャクシも目撃されている。だが、それが成体になった姿は確認されていない。
一方、尻無川は幅約30センチ~約1メートル、長さ約80メートルの小さな川。こちらは年中流れているが、水流があるため、カエルはいても産卵することはないという。
これらのカエルはどこで生まれ育っているのか。この謎に挑んでいるのが公立鳥取環境大環境学部4年、千葉駿(はやと)さん(22)だ。
週2回、夜の砂丘で調査
東京都出身の千葉さん。物心ついたころから生き物が好きで、よくカブトムシやセミを捕まえていた。動物たちの生態をユーモラスな語り口で描いた同大環境学部、小林朋道教授(動物行動学)の書籍「先生シリーズ」に魅せられ、同大に進学した。
「砂丘では約60年前からカエルが見つかっている」。砂丘のカエルに興味を持つようになったのは大学入学後、地元の研究者から話を聞いたのがきっかけだった。
先行研究がないため独学で調べ始め、平成29年5月から毎週2回、夜の砂丘に通った。発見した個体は写真に収めて「イスマル」「石八」などと名前をつけ、砂丘に生息するカエルの総称は「砂丘ガエル」と名付けた。今では模様から個体を識別できるほどになり、トノサマガエル、ニホンアマガエル、ヌマガエルなど5種類227個体を確認している。
卒論のテーマにも砂丘ガエルを選んだ千葉さん。鳥取砂丘に足を運んだ回数は150回以上。「最初は夜の砂丘に1人で行くのは不安だったが、今では懐中電灯にたかるコバエをうっとうしく感じる余裕が出てきた」と笑う。
大雨とともに流入?諸説あり
砂丘では乾燥に強いといわれるヒキガエルも7年前にミイラで見つかっており、厳しい環境であることが分かる。また、オタマジャクシが成体になった姿が確認されていないことから、砂丘内で繁殖していない可能性も高い。
とすると、砂丘ガエルはどこからやってくるのか。突拍子もない説を含め、以下のようなさまざまな仮説が指摘されている。
(1)砂丘の地下にカエルが通るトンネルがある
(2)鳥が運んできた
(3)大雨とともに砂丘に流れ込んだ
(4)人がいたずらで持ち込んだ
これらの説について千葉さんは、(1)は仮にトンネルがあったとしても地表を移動するカエルが地中を通るとは考えにくく、(2)の鳥が運んだにしてはカエルに外傷がない。(3)でいえば豪雨の後にカエルが増えたことがあったものの、増えなかったときもある。(4)の人為的に持ち込まれた説については「年間を通して多くのカエルが見つかっており、人が持ち込んだとは考えにくい」とする。
砂丘に死骸なし 大移動の可能性も
では、いったい何が原因なのか。千葉さんが有力とみているのが、砂丘外の池などから移入してきたという説だ。実際、砂丘の南東には「多鯰ケ池(たねがいけ)」という池があり、多くの種類のカエルが生息している。
しかし、池とオアシスは約1キロ離れている。途中には道路や起伏の激しい砂地があり、乾燥に弱いカエルがどうやって砂丘のオアシスまでたどりつくことができるのか疑問が残る。実際に移動するカエルを見た人がいないのも、この説の弱いところだ。
半面、千葉さんが平成29年にオアシス周辺で見つけたカエル96匹のうち、翌年も確認されたのは11匹で、残り85匹が行方不明になっている。砂丘で死骸が見つかっていないため砂丘外に移動した可能性がある。謎は深まるばかりだ。
「不思議なことばかりだが、謎を何とか解き明かしたい。今後も砂丘ガエルの魅力や面白さを多くの人に伝えたい」と話す千葉さん。大学卒業後も大学院で砂丘ガエルの研究を続けるつもりだ。