ロシアにウクライナが侵攻された際、「国外に逃げろ!」「戦う一択では駄目だ」「ウクライナの譲歩が重要だ」といった意見が日本のコメンテーターから表明された。元大阪市長で弁護士の橋下徹氏や、テレビ朝日の玉川徹氏らが、その代表的論者だろう。
不思議なのは、「ロシア、侵略をやめろ」「プーチン大統領は撤退を決断せよ」という訴えより、攻め込まれたウクライナに対するコメントが目立ったことだ。まるでウクライナが間髪入れずにロシアの軍門に降ってしまえば、平和がよみがえるとばかりに聞こえた。
だが、彼らは重要な事実を知らなかったか、事実に目を背けていたと思わざるを得ない。野蛮な軍隊に占領された地域で、いかなることが起こるのか。歴史を虚心坦懐(たんかい)に振り返ってみることが大切だ。
例えば、ソ連に侵略された満州における悲劇だ。ソ連は逆らう者、逆らう可能性のある者を虐殺し、無抵抗な婦女子を強姦し、奪える限りの財を略奪した。さらに日本軍捕虜、民間人をシベリアに強制連行し、奴隷的な待遇で強制労働に従事させた。多くの人々が祖国の地を踏むことなく異国の地で斃(たお)れた(=厚労省調べ、約5万5000人)。20世紀の悲劇の1つだ。
ウクライナの事例も重要だろう。
ソ連の近代化のためには外貨によって機械を導入することが必要だった。問題は、ソ連にこの外貨が不足していたことだ。近代化を急ぐソ連の独裁者、スターリンが目を付けたのはウクライナの肥沃(ひよく)な穀倉地帯だった。
外貨獲得のため、スターリンはウクライナの穀物を徹底的に収奪し、売り払った。ウクライナでは大飢饉(ききん)が発生し、数百万人という人々が殺された。自然災害ではなかった。人工的に作られた飢餓だったのだ。
ギリシャ哲学の泰斗(たいと=権威者)、田中美知太郎氏は「自由の意味」と題した講演の中で、実に興味深いことを指摘している。
現代のわれわれにとって「自由」とは、基本的に好き勝手に振る舞うことができることを意味しているだろう。しかし、ギリシャの「自由」の原義は違ったという。古代のギリシャでは、自らの国家が他国によって支配されていない状態を指して自由と呼んだというのだ。「祖国の独立(自由)」があってこそ「市民の自由」が守られるというわけだ。
それゆえ、「サラミスの海戦」(紀元前480年)で、ペルシア海軍を撃破したギリシャの名将、テミストクレスは「行きて祖国の自由を守れ、汝の妻や子の自由を守れ」との標語を掲げた。自らの家族の自由を守るためには祖国の自由を守るべきだとの論理である。
祖国を失った民族の悲哀に思いを致せば、「逃げ出せ」「降伏せよ」「譲歩せよ」の言葉が、どれだけ空疎に響くかは明らかではないか。
■岩田温(いわた・あつし) 1983年、静岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同大学院修士課程修了。大和大学准教授などを経て、現在、一般社団法人日本歴史探究会代表理事。専攻は政治哲学。著書・共著に『「リベラル」という病』(彩図社)、『偽善者の見破り方 リベラル・メディアの「おかしな議論」を斬る』(イースト・プレス)、『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(扶桑社)など。ユーチューブで「岩田温チャンネル」を配信中。