各国ごとにカスタマイズされた巧みな設計と演出により、激賞、批判とさまざまな反応を呼び起こしているゼレンスキー氏のリモート演説。日本の国会で行った演説をもとに、その秘密をつまびらかにした。
◆注目すべきはゼレンスキー大統領の「目線」
2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を開始。戦火が国土を焼いていく中、ウクライナのゼレンスキー大統領は10を超える国の議会でリモート演説を行い、窮状と支援を訴えた。
日本の国会でも3月23日に演説を行い、SNSでは「歴史からの劇的な引用はなかった」「日本の『察する文化』を理解している」などと議論が高まった。
パフォーマンス学の権威である佐藤綾子氏は、演説に用いられた非言語的アプローチから演説を分析する。
「注目すべきは大統領の目線です。他者を説得するためには、相手をじっと見つめなければいけない。しかも、配信はいつ標的になってもおかしくない大統領府で行っている可能性が高く、ものすごい勇気を感じます。彼が逃げずにしっかりと発信することは歴史的にロシアの脅威に耐えてきたウクライナ人の気概をアピールすることにも繋がっています」
◆小泉元首相らも駆使した身体言語と言葉遣い
身体動作学からいえば、「要所要所で手を動かすのは『アテンションプリーズ』の意味があり、話を暗記していないとできない動作でもあります」という。実際、片手を挙げたり両手を広げる場面が複数回みられる。
首を振る動作である「ノッディング」は念を押すための動作。
「訴えかける力が強く、日本でこれを多用したのは近代の首相で田中角栄氏と小泉純一郎氏だけです。名詞や動詞をラップのようにテンポよく繋げる『連辞』が見られますが、これも小泉氏が得意だった手法です」(佐藤氏)
◆決められた原稿は存在しない?
見事な内容だっただけに、優秀なスピーチライターがいると推察する声も多かったが、佐藤氏は、決められた原稿は存在しない可能性が高いと語る。
「他人が書いた原稿には感情が乗らなくなるので、あれほど自由に喋って、アイコンタクトもすることはできないでしょう。ただ、コンサルがいてキーワードを選定した可能性はあると思います」
プロパガンダ研究で知られる評論家の辻田真佐憲氏も、カンペはないとはいえ事前に何らかの仕掛けがなされたと推測する。
「同時通訳者がウクライナの北部地方を『北方領土』と訳していました。北方領土は日本人にとっては北方四島を指すもので、通常ならこのように訳しません。通訳者は駐日ウクライナ大使館関係者だったというので、日本人の共感を掻き立てるためにあえて打ち合わせていた可能性が高いでしょう」
◆これからの戦争広告
あらゆるツールを使いこなし、対象国ごとに巧みにカスタマイズされたゼレンスキー大統領演説。これを前例とした2000年代の戦争広告はどう展開されゆくのか。
「SNSの活用が奏功したので、今後もこの路線が踏襲されるでしょう。どれだけ刺激的な情報を流していくかの競争になると思います。一方、受け取る側は、デバイスに即時性のある情報が入ってくるため、一呼吸おいて立ち止まって考えることが難しくなるでしょう。そこからどう距離を取るのかが重要になります。
戦争に絶対的な善悪は存在しないだけに、性急に黒白をつけようとせず、支援するにしても理性的に行うことが大事です。そうすることで、今後どのような情報が出てきてもあまり動揺せずに済みます」(辻田氏)
とはいえ、ゼレンスキー演説がさらなる戦争ではなく、平和を導くことを願うばかりである。
【辻田真佐憲氏】
政治と文化芸術の関係を主なテーマに活動。単著『防衛省の研究』(朝日新書)、共著『新プロパガンダ論』(ゲンロン)など
【佐藤綾子氏】
パフォーマンス学博士。非言語研究の第一人者として、約4万人のエグゼクティブと、国会議員と地方議員のコンサルとスピーチを指導
取材・文/モトタキ 安宿 緑