「部活は生徒のため」 休日ささげた顧問教員、家族の犠牲に限界

休日に家族で買い物に出掛けた後、夕食のテーブルを囲む。ありふれた光景が、一家には新鮮だ。北関東の公立中学で計11年間、教員生活を送った30代の夫はこの春、職場を小学校に変えた。「体育会系の文化部」とも言われる吹奏楽部の顧問を続けることが難しくなり、異動を希望していた。
「育児に関わるのは私だけ。部活で家族が犠牲になるのはおかしい」。妻百合子さん(仮名)は1~5歳の息子3人の子育てに追われる中、ずっと悩んできた。夫が吹奏楽部の顧問を引き受けたのは、結婚直前の2015年春。学生時代はテニスなど運動部に所属し吹奏楽の経験はなかったが、校内でただ一人の音楽教員のために任されてきた。
コンクールや地域の演奏会が毎月のように入っているため、オフシーズンはない。日々の練習を欠かせば演奏の息が合わなくなるといい、平日は朝練習で午前7時前には自宅を出発する。放課後は部活が終わり、生徒が学校を離れてからも、授業計画の作成や学級担任として保護者対応などがある。夫が帰宅したときには、息子たちが眠りに就いていることが多かった。
「子どもに当たるのはやめてよ」。夫婦とも心に余裕がなく、普段は面倒を見ない夫が強い口調で息子たちに接したことをきっかけに、夫婦げんかになることもしばしば。次第に夫婦の会話も減っていった。
1人で子育てを担う覚悟を持つため、夫の予定を毎月聞き取り、ダイアリーに書き込むようになった。土日に部活がある時は「×」を付ける。午前だけの日は一つ。午前、午後ともに練習がある日は「×」を二つ。新型コロナウイルスの感染が一時的に落ち着き、世間が緩和ムードに包まれた昨年12月の休日もほとんど「×」で埋まった。その頃、3週間以上休まなかった夫は疲れやストレスをため、顔などに帯状疱疹(ほうしん)が出た。心配でいっぱいだったが、夫は「生徒のためだから」と休まなかった。
百合子さんは育児休業中だが、現役の小学校教員だ。未経験の吹奏楽を一から学び、指導に力を注ぐ夫の姿から「部活は生徒のためだから」と理解してきたつもりだ。でも、教員の負担があまりに大きい活動のあり方には納得できない。
ほぼ一人きりでのいわゆる「ワンオペ育児」のため、美容院に行くのは夫の長期休暇がある年末年始と盆休みぐらいだ。たまの休日、夫に子どもを任せて1人でスーパーへ買い出しに出掛けると、気持ちが弾む。普段は、つかの間の気分転換の時間もなかなかない。
父親がそばにいないのが当たり前の家庭になっていた。「先生の代わりはいても、親の代わりはいない」。夫婦で話し合いを重ねた末、夫は部活動がない小学校への異動希望を出した。
3月に入り、音楽室で書類整理を始めると、多くの生徒に「先生、異動しないよね?」と心配そうに声を掛けられたという。後ろめたさを感じながら学校を去った夫は「生徒の成長を近くで見続けたかった」とこぼした。
夫の部活の日程を気にする必要がなくなり、負担は減ったが、百合子さんの気持ちは揺れる。「本当にこれで良かったのか。もう少し負担が少なく指導できれば、夫は異動せずに済んだかもしれない」。心に刺さったとげは、しばらく抜けそうにない。【村上正】

部活動は「学校教育」の一環とされ、日本社会に根付いてきた。ただ、教員の長時間労働の一因ともなり、教育現場からは改善を求める声が上がる。少子化で学校の小規模化も進んだために、従来の活動が成り立たなくもなってきた。危機にある部活の現状に迫る。