「女性差別」か「芸術」か、裸婦像「愛の手」再設置に賛否…40年前にも反対運動

女性差別か、芸術か――。兵庫県宝塚市の宝塚大橋の大規模改修に伴い、一時撤去されている裸婦像を再設置するかどうかが注目されている。女性が手の上で踊る姿を表現した「愛の手」と名付けられた一対の作品で「ジェンダー(社会的・文化的性差)平等の観点から公共の場にふさわしくない」との意見の一方で、「芸術作品で景観の一部として定着している」との声もある。約40年前の設置時にも反対運動が起きた経緯があるが、21世紀の〈着地点〉は――。(高部真一)
像の制作者は神戸市出身の彫刻家、新谷

●紀
(ゆうき)氏(1937~2006年)で、神戸・三宮の阪神大震災の追悼モニュメント「AMORE(アモーレ)」を制作。愛をテーマにした女性像の多くが神戸市内の屋外などに飾られている。(●は王へんに秀)
「愛の手」のブロンズ像は高さ約3メートル。橋の開通を控え、地元のライオンズクラブが新谷氏に制作を依頼した。原型ができた1978年2月、宝塚市の広報誌が像について「男性の手のひらで、女性が大空に向かって人類に愛の手をさしのべている姿」などと紹介したことから、市内の市民団体が「女性

蔑視
(べっし)」「男女平等をうたう憲法の精神に反する」などと設置反対運動を展開。当時の衆院議員土井たか子氏、参院議員市川房枝氏のメッセージを入れたビラを配布したり、ハンガーストライキをしたりした。
当時、読売新聞の取材に新谷氏は「男の手であっても、女の手、子供の手、神の手であってもよく、見方によって千差万別」と、男性の手であることを否定。当時の市長は市議会で「人類愛を表現した芸術作品で、女性差別と決めつける根拠はない」と答弁した。設置に賛成する女性団体も結成され、結局、同年10月の開通記念式典に合わせて橋北詰の両側の歩道に各一体設置された。

宝塚歌劇ファンの田辺聖子さんは83年発行のエッセー集「夢の菓子をたべて」で「ハンガーストライキを敢行した主婦たちの心意気も支持したい」としながら「宝塚らしい、ダイナミックでそれでいて優雅な像」「大劇場近くに、こういうモニュメントが据えられてあるのも、この街の演出」と好意的な見方を示している。
43年間、そのままだったが、昨年、橋の大規模補修工事に伴い、いったん撤去された。橋の歩道空間の新しいデザインを決めるため、県と市が昨年12月~今年1月にアンケートを実施。自由意見の中で、「愛の手」については「多くの人が通行する場所に置いてほしくない」などと否定的な意見が十数件寄せられている。一方で、「今は中心市街地の景観デザインをどうするかが大きなテーマ。裸婦像だけをクローズアップして、市民が対立するのは避けたいが、できれば元に戻してほしい」との声もある。
公共空間への設置、学生は否定的

亜細亜大国際関係学部の高山陽子教授(文化人類学)は昨年度の授業で、公共空間の裸体像について学生67人にアンケートを実施した。「問題なし」は9人で、「意図やメッセージが込められている芸術作品」「服を着ていないイコール丸腰で、敵意のないことを暗示しており、平和の象徴と考えられる」などと説明。「設置すべきではない」が42人で「一部の人が不快感を感じてしまう像を公共の場に置くべきではない」「教育上ふさわしくない」という意見があった。「どちらでもない」の16人の中でも否定的な見方が強かったという。
高山教授は「学生はアートに理解があり、賛否が半々くらいになると思っていたが、意外に拒否感が強くて驚いている」としたうえで、「なぜ裸婦像が平和の象徴なのかが、不明のまま各地で設置が進んだ。見慣れた風景がなくなり、寂しいと思う人がいるのは理解できるが、公共空間に置くのではなく、見たくない人の目に入らないギャラリーなどに展示するのも一つの方法だろう」と指摘する。