「海に絶対ない」 知床観光船事故で浮かんだ船長の人材確保問題

観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没する事故が起きた北海道・知床半島沖は天候が荒れやすい時期が多く、特に斜里町ウトロ地区の観光船の運航は流氷が接岸せず波の穏やかな時期に限られる。このため、船長をはじめとした乗員は季節限定雇用となることも多いという。今回の事故からは、安全な運航を担う船長のスキルアップや収入面を含めた人材確保の問題も浮かび上がってきた。
「全てが常識外れだ」。知床半島周辺での観光船事業に関わる元漁師の男性は、天候の悪化を見通せたはずの4月23日に運航会社「知床遊覧船」(斜里町)が出港に踏み切った判断を疑問視する。カズワンから118番があった23日午後1時過ぎ、網走地方で16・4メートルの強風が吹き、高さ3メートル近い波を観測した。地元の漁業関係者も「普段からしけやすい場所。視界が悪い」と話す。
知床遊覧船は2021年11月、ベテランの船長をはじめ乗員を一斉に雇い止めにしていた。桂田精一社長は事故後、4月27日の記者会見で「(現地では)4月に雇い入れし、11月に雇い止めするスタイルでやっている。(期間外は)残りたければ残れるが、都会に行きたい人もいる」と説明。ある同業者は「期間外は基本的に給料が支払われない。条件が合わなければ、スタッフの入れ替えはどの会社でもある」と明かす。事故発生時、知床遊覧船に残っていたのは、20年に採用し現場周辺海域での経験は浅い豊田徳幸船長=行方不明=ら数人だった。
桂田社長の説明によると、豊田船長は「水上バスなどのドライバーを務めていた。素晴らしいセンスがあった」という。だが、元漁師の男性は「知床半島の海で観光船の船長を任せるまで3~4年の経験が必要。その後も、つきっきりで教える。10年でやっと一人前。海に『絶対』はない」と強調する。
乗客の命を預かる船長育成には時間がかかる。特に斜里町は小型観光船の運航シーズンが4月下旬から10月下旬ごろで、知床半島の南側にあって1月下旬~3月下旬ごろと4月下旬~10月下旬ごろに運航可能な羅臼町と比べて短い。そうした背景から、別の観光船事業者は「元漁師を雇えば、海や天候のことをよく知っているので、安心して任せられる」と話す。元漁師の男性も「地域の海を知る漁師を使ったほうが楽だ」と口をそろえる。ただ、船長の高齢化と後継者育成は常に課題として抱えることになる。
知床斜里町観光協会によると、近年は「見る」だけの観光から体験型に人気が移ってきているという。その体験型で動植物などを解説するネーチャーガイドツアーとともに、地元の観光産業を支えているのが知床半島の雄大な自然を見られる観光船だ。町内のある観光関係者は「知床だけでなく国全体で観光業を重視していながら、こうした繁忙期と閑散期の格差の問題は解消されていない。従業員の通年雇用が難しいという現状がある中で、担い手をどう確保していくかが課題だ」と語った。【高橋由衣】