被爆2世の健康に関する約40年前の国の調査研究報告書の写しが、毎日新聞に寄贈された。寄贈者は被爆2世の男性で、当時は国に非公表を働きかけていた。理由は判然としないが、国は実際に公表しなかったとみられる。男性はなぜ公表に反対し、今になって世に出す決意を固めたのか。経緯をひもとくと、国の姿勢と被爆2世の現状との間に横たわる「深い溝」が見えてきた。
寄贈されたのは「昭和54年度原爆被爆二世の健康に関する調査研究報告書」の写し。厚生省(当時)が日本公衆衛生協会に委託し、1979年度の被爆2世健診の結果を基に作成された。広島、長崎など39府県計1万7212人の白血球や血色素量、血圧などについて2世と国民健康調査の結果などを比較した。
報告書によると、広島の被爆2世と全国平均を比べると、白血球数は約2割少なく、尿たんぱくの異常者の割合は小学生女子の年代で約5倍だった。検査されたはずの肝機能に関する結果は記載がないなど、不備もあった。それでも結論は「一般国民の健康状態と全く変わりない」「被爆2世については、原爆放射線に起因する健康障害は発生していないというのが現在の学問的事実」とされた。
「遺伝的影響がないとの結論ありきで、被爆2世への保障を拒むための調査だと思った」。報告書の寄贈者で、調査当時「関東被爆二世連絡協議会」の代表だった森川聖詩(せいし)さん(68)=川崎市=は語る。森川さんらは調査の決定段階から反対だった。厚生省がその目的を「被爆2世の不安を取り除くため」としたことから、医療保障につながらないと感じたからだ。
45年8月6日、父定実(さだみ)さん(当時29歳)は広島市の爆心地の東約1キロで被爆した。転勤で移り住んだ川崎市で被爆者団体を設立し、71年には全国に先駆けて同市で被爆2世への健康診断と医療費補助を実現させた。父の被爆から9年後に生まれた森川さんは幼少期から原因不明の発熱に襲われ、小学校入学後も下痢や疲労感、風邪の悪化に伴う急性気管支炎などに苦しんだ。遺伝的影響は完全には解明されていないが、「疑わしきは救済を」との被爆者援護法の理念に照らせば、2世も原爆被害者と考えるようになった。
代表を務めた団体に報告書が提示されたのは82年。「検査項目が少なく、遺伝的影響がないという結論の根拠がない。誤った結果が独り歩きしかねない」と憤り、非公表を求めて厚生省に掛け合った。東京大医学部講師で薬禍の問題を追及した高橋晄正(こうせい)さん(2004年に86歳で死去)も立ち会い、尿たんぱくの数値などを挙げて「『異常がない』ことになっているが、異常が出ている。ずさんな結論で間違っている」と指摘した。結局、報告書は公表されなかったが、その理由について厚生労働省の担当者は「当時を知る職員もおらず確認は難しい」とし、判然としない。
一方、森川さんは報告書を大切に保管してきた。「一度阻止したものを公にすべきか葛藤したが、被爆2世の保障を巡る議論が、40年前と変わっていない。報告書はそのことを物語っている」と考え、公表を決めた。
被爆2世の健康問題については、日米両政府が合同で管理・運営する放射線影響研究所(放影研)が今後、ゲノム解析で詳細に調べる方針だが、その目的は「被爆2世の健康影響が認められていない理由を明らかにし、被爆者と被爆2世の不安に応えたい」としている。しかし、放影研内部からも「統計学的に『遺伝的影響がない』との結論は出せない。被爆2世の保障を巡る議論は、いつまでも交わらない平行線ではないか」と、調査の必要性を疑問視する声が聞かれる。
森川さんは問いかける。「私を含め、多くの被爆2世が病気に苦しんできた。国の保障があれば、助かった命があるのではないか」
6月5日のオンライン講演会「被爆二世健診……43年目の真実」で、報告書の詳細を公表する。申し込みはhttps://forms.gle/z1dCc95tjBZ4cKr57。無料。【小山美砂】