「エネルギーみなぎらせるのが政治家」石井一・元自治相死去 息子の登志郎氏コメント

民主党元副代表で自治大臣などを歴任した石井一元議員が6月4日に87歳で亡くなりました。死去を受けて息子であり、兵庫県西宮市長の石井登志郎氏がコメントしました。 コメントの中で登志郎氏は、父の一氏について「政治の師であり、選挙の教授でもありました」、「常にエネルギーを漲らせることこそが政治家であり、石井一であることを教えられた」としています。 また、一氏は「生前から、ワシの葬式は明るくやってくれよと」と話していたということで、登志郎氏は「その通りに送り出したいと思います。本当にお疲れ様でした」とコメントしています。 石井一氏は1969年の衆院選で自民党から兵庫1区で立候補し、初当選しました。計11期務めました。自治大臣をはじめ国土庁長官や国家公安委員長などを歴任しました。民主党副代表だった2013年の13年の参院選比例代表で落選し、政界を引退しました。 関係者によりますと、石井氏は4日午後に都内で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されたということです。 【石井一氏の息子で西宮市長 石井登志郎氏のコメント全文】 父であり、政治の師でもある石井一元自治大臣が、このほど逝去いたしました。 生前は皆様に格別のご厚情を賜りましたこと、心より厚く御礼いたします。 旅立ちを見送ることは本当に寂しく、悲しいことではありますが、政治家として足跡を残し、思う存分人生を謳歌できたでしょうから、思い残すこともない人生だったのではないかと思います。 苦労もありましたが、運の良い人生でもありました。橋本登美三郎先生や田中角栄先生との出会いと、神戸市民をはじめとする皆様のお支えによって堂々と力強く道を歩ませていただきました。 私にとっては、政治の師であり、選挙の教授でもありました。大衆に訴えかけるスタイルの選挙を、身をもって叩き込まれました。候補者としての力強いオーラを出してこそ、有権者に訴えられる、常にエネルギーを漲らせることこそが政治家であり、石井一であることを教えられました。 強面で身勝手な印象のある人でしたが、心の優しい人でもありました。生前から、ワシの葬式は明るくやってくれよと笑いながらたばこを吹かしておりましたので、その通りに送り出したいと思います。 本当にお疲れ様でした。 西宮市長 石井登志郎