※本稿は、田原総一朗、前野雅弥共著『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
泥臭い一般的なイメージとはかけ離れるかもしれないが、田中角栄は最先端の技術の導入についてかなり貪欲だった。通産省出身で首相の秘書官として角栄を支えた小長啓一も「田中さんは先入観を持たず、新しい知識の習得にも積極的だった」と語る。
角栄が後に「コンピューター付きブルドーザー」との異名をとるに至ったのは、生来の卓越した記憶力によるところが大きい。子供のころ、吃音症を克服するために、毎朝、畑で六法全書を読み上げるうちに暗記してしまった。一種の「天才」である。
長年、角栄とライバル関係にあった石原慎太郎も認めるところだが、小長によると「天才たらしめる、ものすごい努力が陰にはあった。人にはわからないように懸命に努力をしていたのが田中さん」ということになる。実際に角栄は小長に「努力の天才」という言葉をよく使っていたという。
たとえば、通産大臣時代、角栄は毎晩3つの宴席を梯子したが、小長によると、ここではほとんど酒を飲まなかったという。午後6時からスタートし、1時間刻みで宴席を回り、経済界や産業界のトップと会談し、真剣勝負の「耳学問」の場とした。それぞれの業界の最先端技術に関する情報もここで吸収していったという。
経済界の超一流のトップから直接、「授業」を受けるわけだから、習得も早い。世界レベルの最先端技術に関するかなりの量の内容が、角栄の頭の中に積み込まれていった。
しかも角栄は夜10時過ぎには自宅に帰り寝てしまうのだが、午前2時になるとむくっと起き上がる。ここが異才だ。いそいそと勉強を始め、役所が用意した資料やデータ、関連図書をしっかり読み込む努力も続けた。40年あまりの議員生活で33本という前人未到の数の議員立法を成立させた裏には、このような人知れず地道な努力があったわけだが、ここでも最先端の技術について知識を習得していった。
『日本列島改造論』の中で、その成果が見事に結実している。角栄はここで「新幹線鉄道のメリットについては、もはや多言を要しない」としながら、9000キロメートルの新幹線の整備によって「日本列島の主要地域を1日行動圏にする」ことを提唱しているのだが、新幹線と併せてリニアモーターカーについても『日本列島改造論』で言及している。
出版は1972年6月と、今から50年も前であるにもかかわらずだ。
「車輪とレールに頼るいまの鉄道では、時速300キロメートル程度のスピードが物理的な限界だ」としたうえで、超電導技術を使ったリニアモーターカー方式で第二東海道新幹線を整備すべきとしているのだ。慧眼だった。
しかも、角栄は『日本列島改造論』で効率的な鉄道網の敷設を明示した。これが「我田引鉄」「強引な地方への利益誘導」の呼び水となり、後の地価高騰やインフレ不況につながっていったと指摘する声も多いが、そうではない。それは後づけの結果論だ。このときの角栄は極めてシンプルだった。
「この辺の海は浅いんだよな」「この山脈は堅いがトンネルは掘りやすい」
地形や地質に造詣が深い角栄は、地図に鉛筆で「ざっ、ざっ」と線を引きながら、構想を仕上げていったという。議員になる前は土建工業を経営しており、土木や建築に土地勘のある角栄は、経済合理性に基づき路線を決めた。
日本をリセットし再生に導くには、この角栄が一旦おいた鉛筆を再び走らせる必要がある。しかも今度は新幹線ではない。角栄が目をつけていたリニアモーターカーだ。
では、どこに線を引くのか。
東シナ海に引くのだ。鹿児島県の佐多岬から奄美大島、沖永良部島を経由し、沖縄本島にまでつなぐ。海底トンネルでもいいし、高架橋ならなおいいだろう。世界最高水準の日本のゼネコン(総合建設会社)の土木・建築技術をここで示せばいいのだ。
アフターコロナに再燃するはずのインバウンド(訪日外国人客)誘致の最大の目玉になるはずだ。アニメ好きの外国人を当て込んだ秋葉原のサブカルも悪くはないし、「OMOTENASHI(おもてなし)」の心もいいだろう。しかし、本州と沖縄をリニアモーターカーの高架橋でつないだとなれば、問答無用だ。
東シナ海の景色を眺めながら本州から沖縄まで旅ができるとなれば、アジアだけでなく世界中からインバウンドを呼び込む起爆剤となる。これを国がやる。民間任せにしないで、国の仕事としてこのシーラインを管理し、運営するのだ。建設に投じる資金は大きなリターンを呼び、最終的には国富形成を助けることになるはずだ。
新人時代、選挙民向けの演説で角栄はこう言った。
「三国峠をダイナマイトで吹っ飛ばすのであります。そうしますと、日本海の季節風は太平洋側に吹き抜けて越後に雪は降らなくなる。出てきた土砂は日本海に運んでいって埋め立てに使えば、佐渡とは陸続きになるのであります」
そんな構想力を持つ角栄なら「本州と沖縄をリニアモーターカーで、つないでしまえ」と言ったに違いない。
実際、角栄が『日本列島改造論』を著してから半世紀が過ぎた。もともと高い日本の土木・建築技術はさらに飛躍的に進歩している。本州と沖縄の接続はもはや絵空事とは言えなくなっている。
日本の技術を考えるうえで、大手ゼネコンである大成建設が手がけたトルコのイスタンブール市のボスポラス海峡を横断する海底鉄道トンネルが、その1つの材料となるだろう。
ヨーロッパ大陸とアジア大陸をつなぐこの工事は2004年8月に始まり、2011年に貫通、世界に日本の建設技術の水準の高さを見せつけた。
とにかくこの工事は条件が悪すぎた。海峡を流れる海流の速度は秒速2.5メートルと世界有数の速さ。しかもその海流はただの海流ではなく、上下逆さ向きの2層流と複雑この上ない。その超速度で複雑な海流にもまれながら深度60メートルと世界最深部で作業するわけだ。
海底トンネルだから数センチでもずれれば生死にかかわる。徹底的な精緻さが求められる。許される誤差はわずかだ。その精度でトンネルをつなぎ合わせていくわけだから、至難の業に他ならなかったが、大成建設はこれをやってのけた。
最後は海底トンネルと陸上トンネルを人工地盤でつないだうえで、「陸地からのシールドマシンを海中で接続する」という世界初の試みを成功させ仕上げてしまったのだ。
日本はこの建設技術を生かすことだ。日本はダムをつくることができるゼネコンがまだ5つもあるという点で特異な国である。ダムは土木と建築の両方の分野で最高水準の技術を併せ持つ建設会社しか手がけられない造形物である。これをたった1社で建設できるゼネコンが5つもある国は世界中で日本くらいのものだ。
2001年からの小泉構造改革のとき、銀行からの融資を絞り込む格好で青木建設や佐藤工業など名門ゼネコンが淘汰(とうた)され、技術者の数も減ってきているが、それでも今ならまだ間に合う。世界的な公共工事が打てる。
首都移転と同様、本州と沖縄をつなぐシーラインは1933年に当時のアメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトが世界恐慌の対策として実施したテネシー川の総合開発、いわゆるニューディール政策のように歴史に名を残すことになるだろう。
そのためには、まず前段となるリニア中央新幹線の品川―名古屋間の工事を迅速に進めることだ。JR東海は2021年4月になって工事費が難工事への対応や追加の地震対策のため「これまでの計画より約1.5兆円増えて約7兆円になる見通しだ」と発表し、2027年を予定していた開業時期も「静岡工区が着工できず、見通しは立てにくい」としているが、これではいけない。
着工が遅れているのは大井川など自然環境への影響を危惧しているためだ。当然、環境への配慮は必要だ。南アルプストンネル問題などは地元が納得する方法で早急に解決しプロジェクトを動かさなければならない。ならば国も関与するべきだ。
財政投融資のかたちで3兆円の国費も入る。JR東海だけに委ねるのではなく、環境問題も含め、国が主体的に関わっていけばスピードは上がるはずだ。
新型コロナウイルスの感染拡大で日本経済は大きく傷んだ。1人10万円を給付するといった程度の対症療法では意味を持たない。新しい富を持つシステムを日本国を舞台につくり上げることが必要だ。そのために日本の大動脈を超電導技術を駆使したリニアモーターカーで差し替える。新幹線はもう古い。半世紀前のものだ。世界も驚かない。
ただし、構想だけは角栄から拝借する。『日本列島改造論』では新幹線のほか、高速道路を軸に、日本列島に静脈を通わせ、日本全体で国を興そうと構想した。インターチェンジを「線」と「面」の結節点と捉え、工業団地や住宅街を形成、人口25万人程度の都市を全国につくる計画だった。これをリニアモーターカーとスマートシティで実現する。南限を沖縄にまで広げ、東シナ海の油田開発と組み合わせるのだ。
『日本列島改造論』の令和版であり、米ニューディール政策の日本版である。
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(ジャーナリスト 田原 総一朗、日本経済新聞記者 前野 雅弥)