東京の新宿からクルマを走らせて、1時間30分ほど。富士山麓の森の中に、スタジオハウスとして建てられ、現在はバケーションレンタル(以下、バケレン)として使われている物件が姿を現した。今回の取材場所は、ここ「yl&Co.Hotel in Mt.Fuji」である。
敷地面積は3141平方メートル。部屋の中から指をさし、「あそこからあそこまでがここの土地ね」と思わず声に出してしまうほど広い。システムキッチンは広々としていて、リビングの天井は高い。このほかにも部屋がたくさんあって、え~と……。
「はいはい、なんだか広そうなところで取材するのは分かったよ。それにしても『バケレン』ってなんだよ。見たことも、聞いたこともないぞ」と思われた人もいるかもしれないので、簡単に紹介しよう。
バケレンとは、他人の別荘やコンドミニアムなどに滞在すること。古くから別荘文化が根付いていて、休暇が長い欧米ではこうしたスタイルが好まれているが、日本でもじわじわ広がりつつあるのだ。宿泊サイトなどを運営する一休は2016年11月に、バケレンの予約サイトを立ち上げたところ、施設数も利用者もどんどん増えているのだ。
当時、約100施設でのスタートだったが、「オレの物件も使ってよ」「ワタシの別荘もどうぞどうぞ」といった声が相次ぎ、19年8月末現在で750施設を突破。紹介できる物件が増えると、「オレも泊まりたいよ」「ワタシも使ってみたい」といった声が増え、18年4月~19年3月の取扱高をみると、前年同期の2倍に。
こうした数字をみると、バケレンを利用している人が増えていることがうかがえるが、ここで疑問が2つ。他人の別荘に泊まるのであれば「民泊」だと思うのに、なぜ「バケレン」なんて横文字を使うのか。事業をスタートさせて、まだ3年が経っていないのに、なぜ施設数がこれほど伸びているのか。この疑問に対して、一休でバケレン事業を担当している森隆さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。
バケレンとは何か
土肥: バケレン事業が好調のようですね。2016年11月にリリースしたところ、施設数も取扱数も右肩上がりに伸びているそうで。別荘やコンドミニアムを貸し切って、パーティーなどを行うことができる――。日本ではあまり馴染みのないスタイルなのに、なぜこの事業を始めようと思ったのでしょうか?
森: 別荘の稼働率を調べたところ、年間50日ほどしか使っていないことが分かってきました。315日ほど使っていないことになりますが、これってもったいないですよね。使っていない別荘をなにかに活用することはできないか。うまく活用することができれば、事業として成立するのではないかと考えました。
また、空き家問題にも着目しました。空き家がどんどん増えている中で、古民家再生も進んでいる。古民家を再生すれば、そこに宿泊することができるのではないかと考えました。さらに、ちょうどそのころ、民泊の動きが広まりつつありました。民泊といえば、個人宅、マンション、別荘などに泊まるといったイメージがありますが、ハイクラスのカテゴリーとして、新たに定義すれば、これまでになかった市場を生み出すことができるのではないかと考えたんですよね。
土肥: 複数の理由があったので、バケレン事業を始めたようですが、まだしっくりきません。民泊との違い、ホテルとの違いはどこにあるのでしょうか?
広報: 明確な定義はないのですが、ざっくりわけると、次のような違いがあるのかなあと。バケレンはセカンドハウスを貸しているケースが多く、民泊は住まいを貸していることが多い。ということもあって、バケレンには生活感のない施設が多いのですが、民泊は生活感が残っているところが多いですね。
土肥: 話を聞いていると、バケレンはホテルに近いわけですよね。となると、ホテルとの違いはどこにあるのでしょうか?
広報: ホテルの場合、フロント24時間対応といったサービスがありますが、バケレンにはありません。また、ホテルの場合、レストランなどで気軽に食事を楽しむことができますが、バケレンの場合、自分で用意しなければいけないところが多いですね。
このような話をすると、「ホテルのほうがいいじゃないか」と思われたかもしれませんが、バケレンにもいいところがあるんです。例えば、広さ。ホテルの場合、10~30平方メートルの部屋が多いかと思うのですが、バケレンでは100~200平方メートルのところが多い。また、ホテルの場合、たくさんの人が宿泊していますが、バケレンの場合、基本的に1日1組。プライベート感が強いので、その人の宿泊スタイルに合わせて過ごすことができるのではないでしょうか。
情報の伝え方に工夫
土肥: 「バケレン」という言葉がまだ浸透していない中で、施設数がどんどん増えていますよね。特に、スタート時には施設数を確保するのに苦労したのでは?
森: 全く経験がなかったので、まずはリストを作成しました。ネットなどから全国の施設をチェックして、そこから厳選することに。社内に審査機関があって、さまざまなポイントをチェックしています。どの項目をチェックしているのか、そこは非公開にしているので、ここで申し上げることはできません。先ほど、民泊との違いで触れましたが、生活感があるのか、ないのかも確認しています。
施設オーナーの多くは、ホテルなどを運営したことがありません。ということもあって、ホテルでは当たり前のように用意しているアメニティなどに気をつかっていないケースがあります。また、利用する人はホテルや旅館に泊まるような気分でやって来るので、部屋に生活感があってはいけません。というわけで、清掃をきちんとしているのか、清潔感があるのか、といったところも見なければいけません。
土肥: オーナーにアドバイスをすることもあるのですか? 「こうすればもっとよいですよ~」といった感じで。
森: 繰り返しになりますが、多くのオーナーは宿泊施設を運営したことがないので、「このように改善すれば利用者の満足度は上がるかもしれません」といった話をすることも。大切なポイントはいくつかあって、その中でも特に睡眠の質にはこだわらなければいけません。枕カバー、ベッドカバー、シーツといったリネンは重要ですよといった話をすることが多いですね。
あと、Webサイトの見せ方として、「こうした情報はもっと増やしたほうがいいですよ」といったアドバイスをすることも。多くの人はバケレンを利用したことがない。初めての経験なので、施設の中でどんなモノがそろっているのか、どんな滞在ができるのかよく分かっていません。こうした課題を解決できそうな情報は、積極的に伝えなければいけません。
例えば、キッチン。ホテルや旅館などでキッチンが付いている部屋は少ない。ということもあって、どんなモノがそろっているのか想像できませんよね。食器がある、ワイングラスもある、といった情報を事前に知らなければ、途中で購入するかもしれません。事前に情報を知っていれば、「ワイングラスがあるのね。じゃあ、途中でワインを買おう」となるかもしれません。
もちろん、キッチンだけではありません。ドライヤーが付いているのか、洗濯機があるのか、バーベーキューができるのかといった細かな情報も提供しなければいけません。ドライヤーがあれば持参する必要はありませんし、洗濯機があれば3泊できるかもしれませんし、バーベキューができれば食材を用意できる。このように情報をきちんと伝えていけば、バケレンとはどんなものなのかをイメージすることができる。そうすることによって、「今度、ちょっと泊まってみようか」となるかもしれませんので。
バケレンを利用している人たち
土肥: バケレンを利用しているのは、どんな人たちなのか。データを見ると、利用人数は平均3.4人で、利用単価は平均4万7000円。ちなみに、3人以上の平均は5万8000円だそうで。個人的に気になったのは、レビュースコア。5点満点に対し、4.7。口コミの評価が高いなあと。
森: なぜレビュースコアの評価が高いのか。ひとつには「清潔感があるから」ではないかなあと。逆に、不満の声も「清潔感」に関することが多いんですよね。例えば、過去に「床に髪の毛が落ちていた」といった指摘がありました。ホテルの場合でも、床に髪の毛が落ちていることってありますよね。前に泊まっていた利用者の毛が落ちていることもあれば、清掃している人の毛が落ちていることも。同じように髪の毛が落ちていても、バケレンに対しては厳しい目で見られることが多い。
なぜ利用者は厳しい目で見ているのか。オーナーが使っている、または誰かが使っているところを自分たちが利用している。といった意識が強くて、床に髪の毛が落ちていることに対しても、気になってしまうのかもしれません。
土肥: ふむ、その気持ちは分かる。「人の家に来ているなあ」と感じたくないですよね。いま富士山麓にある施設に来ていますが、実は隅々までチェックしていました。自分は泊まるわけではないのに、キッチンに汚れはないか、バスタブはどうなのか、トイレの臭いはどうかなどパトロールして(笑)。
森: あと、別荘の場合、維持するのが大変なんですよね。シーズンによっては、湿気によってカビが生えてしまう。運営している側はカビの臭いに気付かなくても、利用者は気付くといったケースがあります。利用者から不満の声があれば、すぐにオーナーに伝えなければいけません。そして、改善してもらう。
なぜこのような厳しい対応をするのかというと、利用者の満足度にこだわっているから。泊まった施設がよければ、その人の満足度がアップする。そうすると、その人がリピートするだけでなく、レビュースコアを見て「自分も泊まってみようかな」という人が出てくるかもしれません。結果、いいサイクルが生まれていく。
土肥: 「満足度はちょっと下がってもいいかな」となれば、多くの施設から清潔感が失われていくかもしれない。そうなってしまうと、利用者から「なんだ、民泊と同じじゃないか」となってしまって、売り上げがどんどん減っていくかもしれない。そうなってはいけないので、利用者のレビュースコアは、大きく下げてはいけない。重要な指標となるわけですね。ところで、利用者から不満の声が多くて、満足度も低いので、契約を打ち切ったケースはありますか?
森: いえ、ありません。
非日常感を演出
土肥: 現在の施設数は750を超えている。今後、どのように見込んでいますか?
森: ちょっと偉そうな言い方をすれば、厳選しなければ1000は超えていたと思います。ただ、先ほど申し上げたように、利用者の満足度にこだわっているので、どこでもいいというわけにはいきません。こちらの審査をクリアーしたところと契約を結んでいて、来年には1000は超えているかなあと。
最近は別荘をつくる前に、ご相談を受けることが増えてきました。「どういう物件をつくれば、バケレンで人気がでそうですか?」と。非日常感をどうすれば出せるのか、といったアドバイスをする機会が増えていまして、来年以降、そうした施設が登場する予定です。
土肥: 非日常感を演出するって難しいですよね。
森: オフサイトミーティングができそうな施設に対しては、それへの対応をオススメしています。プロジェクターやホワイトボードなどを用意することで、企業が利用する。そうなれば、施設側は平日に売り上げを伸ばすことができますよね。
また、プロジェクターを用意することで、宿泊した人たちはそれで映画を楽しむことができる。ちなみに、ここの施設では外でも見ることができるんですよ。このように新しい試みをどんどん取り入れて、成功事例を積み重ねる。そして、事例を共有することで、他の施設でも導入してもらう。結果、利用者の満足度が上がればなあと。
(終わり)