露・中・北迫る脅威…日本は「自虐史観」から脱却せよ! 「真実」証言したマッカーサー 「自国防衛のための戦力増強」 大原浩氏が緊急寄稿

ロシアによるウクライナ侵攻は、専制国家が他国を侵略する脅威を世界に知らしめた。ロシアや中国、北朝鮮といった国が周囲を取り巻く日本も、国民の意識は変わりつつあるが、いまも第二次世界大戦後の「自虐史観」に基づく規制は残る。国際投資アナリストの大原浩氏が緊急寄稿で国防強化へ変革の必要性を提言した。 北朝鮮が5日に短距離弾道ミサイル8発を発射したのを受け、韓国軍合同参謀本部は6日に米韓両軍が8発の戦術地対地ミサイル(ATACMS)を日本海に向けて発射したと発表した。 一方、岸田文雄首相は5日の記者会見で、「地域や国際社会の平和と安定を脅かすもので断じて許すことはできない」「国際法違反で強く非難する。すでに北朝鮮に厳重に抗議した」といつものように「遺憾砲」を連射したにとどまった。 北朝鮮のミサイルだけではない。ロシアのウクライナ侵攻以降、世界の地政学リスクが高まる中で、日本の国防に不安を感じる人々は少なくないであろう。 しかし、この問題の責任を現在の岸田政権だけに押し付けるべきではないと考える。日本がこのような状況になってしまった最大の理由は、敗戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)支配とその後の「自虐史観」による「日本国民がかつて悪事を働いた」という、米国など戦勝国から押し付けられた教育にあるのだ。日本に危機が迫る中で、われわれはお花畑論議からも決別すべきなのだ。 戦後日本占領の象徴といえばダグラス・マッカーサーである。東京裁判という歴史に残る「茶番劇」を指揮した張本人だが、1951年5月3日に、米上院軍事・外交合同委員会でこう証言している。 「彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」。つまり、「日本は自衛のために戦った」という趣旨だと読み取ることができる。 マッカーサーは朝鮮戦争で国連軍最高司令官を務めた際、核の使用を提言した。だが、日本に2発も原爆を投下したトルーマン大統領はそれを拒絶し彼を解任した。 「英雄マッカーサー」の人気は高く、共和党の最有力大統領候補だったが、前述の証言で「真珠湾を攻撃した憎き日本の肩を持った」として米国民の反発を受けた。結局、同じくノルマンディー上陸作戦を指揮した戦争の英雄である共和党のドワイト・D・アイゼンハワーが1953年に大統領に就任した。 マッカーサーは大統領という政治家を目指してはいたが、あくまで「誇り高き軍人」であり、日本占領を通じて「日本(人)の真実」を知ったからには「真実を述べる義務がある」と考えたのではないだろうか。実際、彼の発言は自ら行った日本占領や東京裁判を否定することにもつながりかねない勇気ある行為である。
ロシアによるウクライナ侵攻は、専制国家が他国を侵略する脅威を世界に知らしめた。ロシアや中国、北朝鮮といった国が周囲を取り巻く日本も、国民の意識は変わりつつあるが、いまも第二次世界大戦後の「自虐史観」に基づく規制は残る。国際投資アナリストの大原浩氏が緊急寄稿で国防強化へ変革の必要性を提言した。
北朝鮮が5日に短距離弾道ミサイル8発を発射したのを受け、韓国軍合同参謀本部は6日に米韓両軍が8発の戦術地対地ミサイル(ATACMS)を日本海に向けて発射したと発表した。
一方、岸田文雄首相は5日の記者会見で、「地域や国際社会の平和と安定を脅かすもので断じて許すことはできない」「国際法違反で強く非難する。すでに北朝鮮に厳重に抗議した」といつものように「遺憾砲」を連射したにとどまった。
北朝鮮のミサイルだけではない。ロシアのウクライナ侵攻以降、世界の地政学リスクが高まる中で、日本の国防に不安を感じる人々は少なくないであろう。
しかし、この問題の責任を現在の岸田政権だけに押し付けるべきではないと考える。日本がこのような状況になってしまった最大の理由は、敗戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)支配とその後の「自虐史観」による「日本国民がかつて悪事を働いた」という、米国など戦勝国から押し付けられた教育にあるのだ。日本に危機が迫る中で、われわれはお花畑論議からも決別すべきなのだ。
戦後日本占領の象徴といえばダグラス・マッカーサーである。東京裁判という歴史に残る「茶番劇」を指揮した張本人だが、1951年5月3日に、米上院軍事・外交合同委員会でこう証言している。
「彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」。つまり、「日本は自衛のために戦った」という趣旨だと読み取ることができる。
マッカーサーは朝鮮戦争で国連軍最高司令官を務めた際、核の使用を提言した。だが、日本に2発も原爆を投下したトルーマン大統領はそれを拒絶し彼を解任した。
「英雄マッカーサー」の人気は高く、共和党の最有力大統領候補だったが、前述の証言で「真珠湾を攻撃した憎き日本の肩を持った」として米国民の反発を受けた。結局、同じくノルマンディー上陸作戦を指揮した戦争の英雄である共和党のドワイト・D・アイゼンハワーが1953年に大統領に就任した。
マッカーサーは大統領という政治家を目指してはいたが、あくまで「誇り高き軍人」であり、日本占領を通じて「日本(人)の真実」を知ったからには「真実を述べる義務がある」と考えたのではないだろうか。実際、彼の発言は自ら行った日本占領や東京裁判を否定することにもつながりかねない勇気ある行為である。