またもや開かなかった「重い扉」 大崎事件、再審請求棄却の是非は

鹿児島県大崎町で1979年に男性(当時42歳)の遺体が見つかった「大崎事件」で、鹿児島地裁は22日、殺人罪などで懲役10年が確定し服役した原口アヤ子さん(95)の第4次再審請求を棄却する決定をした。原口さんは第3次請求審までに、一つの事件で「異例」となる3度の再審開始判断を勝ち取ってきたが、上級審で覆されてきた。第4次請求審で弁護側は「男性は事故死だった」とする新証拠を提出したが、中田幹人(まさと)裁判長は「窒息死の認定に合理的疑いを生じさせるとはいえない」と退けた。
弁護側は福岡高裁宮崎支部に即時抗告する方針。
第4次請求審で弁護側は新たに提出した救命救急医の鑑定などに基づき、男性の死因について、事故で頸髄(けいずい)を損傷して運動機能障害に陥った影響などで腸管が壊死(えし)し、大量出血死したと主張。死亡時期についても、男性を自宅に運んだ住民2人が、首を保護せずに軽トラックの荷台に乗せたため頸髄損傷が急速に悪化し、自宅到着時には既に亡くなっていたと訴えた。
決定は、男性の遺体が牛小屋の堆肥(たいひ)内に遺棄され、腐敗が進んでいたことを重視。解剖時の腸管の写真などを基にした弁護側の鑑定を「1枚の写真から得た限定的な情報に基づく推論で、結論を導いている」などと問題視し、大量出血死とは認められないとした。第3次請求審で1、2審の再審開始判断を取り消した最高裁が、解剖写真に基づく鑑定を疑問視した点も考慮したとみられる。
一方、住民2人の救助が頸髄損傷を悪化させたとする弁護側の主張について、決定は「可能性が否定できないという限度で証明力はある」と認めた。ただ、2人は「(男性は)荷台から降ろされた後に1人で立てた」などと供述していた。
これについて決定は、2人の供述の信用性について、記憶違い等による食い違いが一部であっても「核心部分は揺らがない」と判断。弁護側は「供述内容が信用できない」とする鑑定も提出していたが、決定は手法などに問題があるとして「証明力を減殺するものとはいえない」と断じた。
弁護側は「男性の死亡に気づいた2人が牛小屋に遺棄した」とも主張していたが、決定は「極めて不自然だ」と批判。弁護側の新証拠について「確定判決の判断に動揺を生じさせるとはいえない」として退けた。
地裁は原口さんの元夫(故人)の再審開始も認めなかった。鹿児島地検の桑田裕将(ひろゆき)次席検事は「結論において適切な判断をされた」とのコメントを出した。【宗岡敬介、平塚雄太】
弁護団「これからも闘い続ける」
裁判をやり直す「重い扉」は、またもや開かなかった。大崎事件の第4次再審請求を棄却した22日の鹿児島地裁決定。「あたいはやっちょらん」。無罪を43年間訴え続けた原口アヤ子さん(95)の無念を思い、支援者の誰もが憤った。
午前10時、地裁前に集まった支援者を前に「不当決定」と書かれた垂れ幕が掲げられると「ふざけるな」と怒号が飛んだ。原口さんはこれまで3度の再審開始判断を勝ち取ってきただけに、落胆の空気が広まった。
支援者の武田佐俊(さとし)さん(79)=宮崎県串間市=は、認知症の進む原口さんが入院する鹿児島県内の医療機関を訪れ、決定内容を伝えた。「不当決定」と書かれた紙を見せ「ムチ打つような決定になってしまった」などと声をかけると、原口さんは上半身を起こすような仕草をして、眉間(みけん)にしわを寄せながら何度もうなずいたという。
原口さんの代わりに第4次再審請求をした長女の京子さん(67)は鹿児島市内で記者会見し「本当に残念で悔しくてたまらない」と声を詰まらせた。再審開始を信じ、決定を心待ちにしていただけに「本当にしていないんです。それだけを分かってほしい」と改めて母の無実を訴えた。
会見に同席した弁護団の鴨志田祐美事務局長は、地裁で決定文が交付された際、信じられずにしばらく動けなかったという。「弱い人たちの声を拾い上げて救うのが司法。そういう思いはなかったのか」と憤った。原口さんを支援してきた映画監督の周防正行さん(65)も会見に参加し「ここで屈してはいけない」と強調、森雅美弁護団長も「これからも闘い続ける」と決意を新たにしていた。
第3次請求審で最高裁は19年、再審開始を認めていた1、2審の決定を取り消していた。弁護団の佐藤博史弁護士は今回の決定について「最高裁の呪縛だ。3年前の判断を地裁が突破できなかったのでは」と見立てた。【新開良一、山口桂子、平塚雄太】
笹倉香奈・甲南大教授(刑事訴訟法)の話
今回は早い段階で裁判官の現場視察が実施されるなど、地裁の判断に期待していただけに残念だ。男性を運んだという住民2人の供述が信用できるという前提に立ち、よほどの新証拠でなければ供述は揺るがないという判断は「疑わしきは被告人の利益に」の精神に反するのでは。無罪を疑う決定的な証拠を要求しているようにも見える。新旧の証拠について総合評価が十分になされたのか疑問だ。
元検事の高井康行弁護士の話
極めて適切で妥当な判断だ。「男性は事故死だった」などと弁護側は主張していたが、男性を親切心から自宅まで運んだ近所の住民2人が、遺体をわざわざ牛小屋に遺棄したという話になり、非常に不自然な印象を受ける。男性の死因に関して弁護側が提出した鑑定も、解剖時の写真から腸に変色があると判断しているが、遺体が腐敗していた可能性もあり、写真も当時の色を正確に反映しているかは分からない。
大崎事件
1979年10月、鹿児島県大崎町で男性(当時42歳)の遺体が自宅牛小屋の堆肥(たいひ)の中から見つかり、義姉の原口アヤ子さんのほか、男性の長兄(原口さんの当時の夫)と次兄が殺人と死体遺棄罪で、おいが死体遺棄罪で起訴された。長兄、次兄、おいの3人(いずれも故人)は懲役1~8年の判決が確定。原口さんは無罪を訴えたが、81年に懲役10年が確定して服役した。再審請求は第1次が95年に始まり、鹿児島地裁は2002年に再審開始を決定したが、福岡高裁宮崎支部が04年に取り消し。第2次も再審は認められなかった。第3次では同地裁が17年に再審開始を決め、同支部も支持したが、最高裁は19年に請求を棄却した。第4次は20年3月、同地裁に申し立てられた。