日本の桃の輸出先として第2位の台湾。財務省貿易統計によると2021年の台湾への桃の輸出額は約4.9億円で、日本の桃輸出の約5分の1を占めている。そんな中、7月13日、台湾へ桃を不正に輸出したとして輸出会社の社長ら4人が逮捕された。社長らは空港の防疫所に“虚偽の検査証明書”を提出して不正に輸出した疑いが持たれている。なぜ、桃を不正に輸出する必要があったのか。その背景には“桃の厳しい輸出基準”があったとみられている。
“検査を受けず”桃を不正に台湾へ輸出した疑い
7月13日、植物防疫法違反の疑いで逮捕された大阪市の輸出会社「日祥」を経営する台湾出身の朱清宏容疑者(57)と、山形県の「マルトウ青果」社長・今田真容疑者(35)ら4人。
大阪府警によると、朱容疑者ら4人は去年9月ごろ、山形県産の桃147ケースを台湾に輸出しようとした際、関西空港の防疫所に虚偽の検査証明書を提出して不正に輸出した疑いが持たれている。
朱容疑者は、桃を出荷する際の検査などを担っていた今田容疑者に金を渡し、適正な検査を受けたように見せかけたみられている。
一体なぜ桃を不正に輸出する必要があったのか。朱容疑者は「台湾向けに選果した桃が手元になかった」と話していて、事件の背景には“桃の厳しい検査体制”があったとみられている。
桃の出荷作業…台湾向けは「全然違います」
その実態を調べるために取材班は7月8日、桃の生産量日本一を誇る山梨県へと向かった。辺りに広がる桃畑。生産農家の一つを訪ねた。
(桃を生産する古屋聡一社長) 「山梨の桃がおいしいのは夜温が冷えるんですよね。光合成ででんぷんを作るじゃないですか、そのでんぷんを夜に実の方に転入させるんです。ようはブドウ糖になるんです。皮が一番太陽に近いじゃないですか、だから皮と実の間が一番糖度があるんですよ」
取材班が桃を皮ごと食べてみると…
(記者リポート) 「甘いです。山梨ではこのように皮ごと食べるような食べ方もあるということです」
桃の出荷のピークは7月。生産農家では朝から出荷作業に追われていた。
(桃を生産する古屋聡一社長) 「ここで熟度と、あとは傷とかを見る。1番のポイントは熟度です。白く地色が抜けている、このへんまで青いとカチカチなんですよ」
桃は収穫されると食べごろなのかどうかを見極められ、傷などをチェックしてベルトコンベアで糖度を計測。等級ごとに選別され、その後、箱詰めされていく。日本国内へはこうしたチェックを経て出荷される。
(桃を生産する古屋聡一社長) 「(Q台湾向けの選果は違う?)全然違います。台湾向けはまず虫や卵がついているかを拡大鏡で見るんですよ。卵は2日で孵っちゃうんです。だから台湾に着いた時には虫になってるんです。向こうで見つかるとアウトってなるから」
桃の生産農家が台湾へ輸出する場合、やっかいな存在がいるという。それが「モモシンクイガ」という害虫だ。
卵や幼虫は0.2mm~3mmほど。台湾には生息しておらず、モモシンクイガを絶対に持ち込まないよう厳格にチェックする必要があるというのだ。
(桃を生産する古屋聡一社長) 「見えないんですよ、人間の目では。もしも何かあった時には大損害だし、例えば損害賠償とかもあり得るので。(輸出を)それでやめちゃった」
台湾では日本の大ぶりの桃が春節の贈答品などとして人気で、桃の価格は日本の数倍で取り引きされていた時期もあった。生産者らは利益が出やすい台湾への輸出を加速させていたという。
過去に“山梨県からの輸出禁止”になった例も
しかし12年前に“ある事態”が起きた。山梨県から出荷した桃からモモシンクイガが台湾で見つかり、一時、山梨県からの輸出が禁止されたのだ。
(JA全農やまなしの担当者) 「台湾でモモシンクイガが発見されまして、山梨県出荷停止と。2回目はモモシンクイガが見つかると日本全体が出荷停止になってしまうということで、国からも指導を受けていた。桃だけの話ではなくてですね、(当時は)桃で一回出したことによって、りんごにリーチがかかっているような状態になります」
台湾は桃とりんごを同じ分類としていて、日本の植物防疫法で台湾に輸出する場合、同じ年度に2度桃で害虫を出してしまうと、りんごも含めて台湾へ輸出できない事態に陥る可能性があるというのだ。
台湾への輸出向けに桃の検査が行われている「JAフルーツ山梨」の選果場では、ルーペなどを使って1つずつ桃の表面を確認していく。
(JAフルーツ山梨の職員) 「桃を持って見るとこれだけ大きく映りますので、桃の軸のところをここで見る感じですね。そこで穴が開いているか開いていないか。台湾の方からこの農薬、その中にあがっている農薬名が残留検査で『台湾で基準値が出たものはだめですよ』という話をいただいていますので」
厳しい台湾への輸出基準。出荷した桃に1つたりとも害虫が出ないようにするための農薬も基準値を超えないように細心の注意が払われている。
山梨大学が開発「モモシンクイガ検査システム」
さらにこんな装置まで開発されている。その名も「モモシンクイガ検査システム」だ。X線で果実を撮影してコンピューターが被害の有無を判断してくれるという。
モモシンクイガの痕跡があった場合、すぐに発見することができる。こうした検査装置の導入はまだ台湾から許可が出ていないというが、時間をかけずに検査ができ、農家の負担を減らせると期待が寄せられている。
(山梨大学・工学部 小谷信司教授) 「農家さんへの影響ですね。台湾に輸出できないだけではなくて、台湾に輸出できなくなった桃が国内で流通することによって国内の桃の単価が下がってしまう。単価が下がるということは農家さんの収入が減るということになりますので。私に山梨県から助けてくれという話がありまして、それでこのプロジェクトに参加するようになりました」
台湾への桃の輸出を巡り生産農家や専門家らが神経を尖らせる中、“検査なし”で輸出していたとみられる今回の事件。警察によると、今のところ台湾側から「輸出された桃からモモシンクイガが出た」という報告はないという。
朱容疑者は取り調べに対して容疑を認めているということで、警察は全容解明を進めている。