「京大にも行けたかもしれないのに、非正規労働者」不遇の秀才に共感する人々彼は唾棄すべき狂気の暗殺者か、それとも「弱者の時代」の英雄なのか。
奈良県・近鉄大和西大寺駅前で安倍晋三元首相を襲い、命を奪った凶弾。その引き金を引いた「暗殺者」である山上徹也容疑者の事情や背景が明らかになるにつれ、事件に対する世間の論調は当初の「民主主義を守れ」「私たちは暴力に屈しない」などといった政治テロとしての捉え方から一転した。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に家庭を破壊され、本来だったら約束されていたであろう未来を潰され、自分の高い能力を活かせるチャンスを奪われ人生を台無しにされた、「宗教と家族問題の犠牲者による復讐劇」という見方。週刊文春は山上容疑者の伯父へ取材して生い立ちの無念をつぶさに追い、朝日新聞は山上容疑者と同じように新興宗教を熱心に信仰する親の下で育った「宗教2世」の悔恨を特集するなどし、山上容疑者個人の悲しい背景に共感する人も続出している。山上容疑者の思考の飛躍であるとの指摘も依然重要だが、故・安倍晋三氏をはじめとする政界と旧統一教会の「真の関係」追及にも、マスコミは手を緩めない。
これまで明らかになったところでは、山上容疑者は「不遇の秀才」だ。京大工学部卒の父と建設会社令嬢の母のもとに次男として生まれるが、母の実家が経営する建設会社へ就職した父はアルコール中毒とDVで暴れ、山上容疑者が4歳の時に自殺。長男と山上容疑者、長女の3人の子どもを連れて実家へ戻った母は、片親での子育てに加えて長男の小児がんが判明するなどの苦難もあったためか、旧統一教会への傾倒を深め、正常な判断力を失っていった。
母親が預金や子どもたちの進学資金、自宅など財産を根こそぎつぎ込んだ献金額はトータルで1億円以上と言われており、山上容疑者は奈良県でも有数の進学校、県立郡山高校を卒業しながらも、家に食べ物がないほどの理不尽な経済苦のために大学進学を断念する。弁護士である父方の伯父は「あの子だったら、父親と同じように京大にも行けただろう」と語ったと伝えられており、その後山上容疑者がたどった、任期制自衛官(任期満了金が支給される)として海上自衛隊に所属し、任期中に「自分の死亡保険金が兄と妹の生活費になれば」と自殺未遂、そして小児がん治療によって失明していた兄が自殺するという壮絶な道のりを考えれば、「旧統一教会によって家庭がめちゃくちゃにされた」との山上容疑者の主張に同情しないわけにはいかない。
母親の新興宗教への過度な傾倒による理不尽な経済苦と、よりによって自分を産んだ親に人生の可能性の芽をことごとく摘まれ潰される紆余曲折。大人になればなるほど、人生の出口が見えてくればくるほどに濃度を増していく悔しさと、新興宗教への恨み。折しも、その時代背景は日本の「失われた20年」と軌を一にしており、自己実現の困難の末、40代で非正規労働者として暮らしていた山上容疑者に共感する人が続出。山上容疑者のものと見られていた匿名ツイッターアカウントは瞬く間に4万人近くものフォロワーがつき、「よく頑張った」「あんたは英雄だ」「ありがとう」「応援している」などのリプライが次々と書き込まれた(現在は閲覧不可能)。
「ハイスペック塩顔イケメン」「二の腕の筋肉がいい」捕まったばかりの犯罪者と大人気スターは、同じくらいの頻度でテレビ画面に登場する。それは、人々の「見たい」という原始的な欲望が、犯罪者にもスターにも同程度に向けられることを意味する。これまでの「血も凍る連続殺人事件の容疑者」や「想像を絶するテロの首謀者」は、みなスター同然にテレビ画面を占有し、その映る姿は見る者に吐き気から欲情までさまざまな感情を呼び起こした。テレビとは、正にも負にも欲望の装置だからだ。
同じ人間を見て、嫌悪感を持つ人もいれば、好意を抱く人もいる。洋の東西も男女も問わず「自分だけがあなたを理解できる」と獄中の犯罪者にファンレターを出して、書類上の婚姻関係を結ぶ人たちがいる。そんな、これまでとただ同じことが山上容疑者にも起こっている。
彼の映像を見て、好意を持つ女性ファン「山上ガールズ」と呼ぶらしいがネット上に出現。手製銃を撃つチャンスをうかがう眼鏡とマスク姿の山上容疑者、襲撃現場で取り押さえられ無抵抗の山上容疑者、送検のため奈良西警察署から事件後初の姿を表した山上容疑者の映像など、数少ない材料を見て「切長の目がいい」「塩顔イケメン」「二の腕の筋肉がいい」と沸く。
進学校の秀才であったこと、応援団に所属していたこと、海上自衛隊に短期間所属していたことなど、山上容疑者の経歴を見て「ハイスペック」と表現する。両親の愛情に恵まれなかった不遇な生い立ちなどは、かえって「かわいそう」と恋愛感情を刺激する要素となる。山上容疑者のツイートの魚拓(閲覧者による記録)や、彼が安倍元首相襲撃前に国内のフリーライターに宛てて投函したという手紙の文章を読んで、「すごい文章力。やっぱり頭いいし、すごく真面目に悩んでいたのが伝わる」との感想がネットに書き込まれる。
そんなネット上のつぶやきにも、判で押したように「彼のしたことは許されないけれど」「だからと言って人を殺めていいということではないけれど」とのフレーズが免罪符のようにおかれる。いま世論で優勢なのは「彼のやったことには賛成しないけれど、山上容疑者にはそれだけの理由があった」という、「弱者の時代」ならではの同情的な理解だ。法の正義に照らせば「正しくはない」。だが、この9月に国葬を待つ故・安倍晋三元首相の周辺にとっては、この大きな潮流は決してうれしいニュースではないだろう。
(文:河崎 環)