「過ち繰り返さない」生涯かけた記録に光 四日市公害訴訟判決50年

三重県の四日市公害訴訟判決(1972年7月)から50年の関連イベントで、公害の実態を記録し続けた故・沢井余志郎さん=2015年に87歳で死去=の足跡に改めて光が当たっている。沢井さんが大気汚染の被害者らに寄り添って撮った貴重な写真などが多数、展示されているのだ。生前、「過去を真摯(しんし)に見つめてこそ、未来につながる」と毅然(きぜん)と語っていた。一枚一枚が負の歴史の重さを訴えかけてくる。
判決50年に合わせ、四日市市が市立博物館(同市安島1)で開催中の企画展(8月28日まで)。学校でうがいをしたり、検診を受けたりする児童、コンビナートの高い煙突から流れる煙、ぜんそくを苦に自殺した人を追悼するためデモ行進する人たち、公害訴訟の法廷の様子――など、沢井さんがとらえた写真が公害関係の半分以上を占める。
市民グループ「四日市再生・公害市民塾」が主催する写真・パネル展(同市安島1のじばさんで9月30日まで)でも、沢井さんが訴訟支援のため有志らと設立した「四日市公害と戦う市民兵の会」の活動を伝える写真や資料が多数並べられている。
「人間は忘れっぽい。前人の過ちを繰り返さないため」。記録する理由をこう語っていた。公害関連の膨大な資料は、沢井さんが開設を切望し、2015年にオープンした「四日市公害と環境未来館」に寄贈された。同館の関係者は「貴重な資料がなければ、公害資料館として成立しなかった」と振り返る。
現在、常設展示室の公害に関わる写真の約4分の1は沢井さんが撮ったものだ。他にも5000点を超す資料があり、同館は電子化し、研究者や学生らの閲覧用として役立てていく考えだ。
7月上旬、沢井さんの長女、阿部美千代さん(58)と次女、大畑江美子さん(55)が企画展などを訪れた。幼少の頃から父の背中を見続けた2人は「家で公害のことは何もしゃべらなかったので、父をそこまで反公害運動に駆り立てた原動力は何だったのか、いまだに分かりません」と口をそろえた。そして、阿部さんは「父が生涯をかけて記録を残し続けたのは、こんな悲劇が二度と起こらないようにという思いからだったはず。父の遺志を教訓としてずっと受け継いでいってほしい」と願った。【松本宣良】