漁業者「約束守られるのか」 拭えぬ懸念 処理水放出工事了解

東京電力福島第1原発の処理水を海洋に放出する手続きが、新たな段階に入った。福島県の内堀雅雄知事と立地自治体の同県大熊・双葉両町長が2日、放出に必要な工事の開始を事前に了解し、東電側に伝えた。処理水には希釈すれば健康への影響はないとされる放射性物質のトリチウムが含まれ、風評被害への懸念から放出に反対する声は少なくない。「地元の理解を得て放出する約束は守られるのか」。漁業関係者らからは不安の声が上がった。
「廃炉は早く進めてほしいし、処理水のタンクの設置に限界があるのもわかる。悩ましいが、漁業者の生活を守るためにも基本的には海洋放出に反対だ」。6月に相馬双葉漁業協同組合(福島県相馬市)の組合長に就任した今野智光さん(63)はこう話す。国は需要減少などの風評被害が生じた場合、冷凍可能な水産物の一時的な買い取りや保管を実施する方針だ。だが「うちの主力はヒラメやカレイで、冷凍しての流通はありえない」と指摘する。
県漁業協同組合連合会は、知事らがこの日、事前了解に踏み切ることは知らされていなかった。担当者は「コメントしようがない」と困惑気味だ。県漁連の野崎哲会長は7月末の会合で「処理水の海洋放出に反対であることはいささかも変わりない」と強調していた。政府と東電は県漁連に対し「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束している。今野さんは「『何をもって地元の理解を得られたと判断するのか』と国に尋ねても回答がなく、とにかく『説明を重ねます』とだけ言われる。そうするうちに既成事実が作られそうで心配だ」と不安げだ。
大熊町では6月末に帰還困難区域の一部で避難指示が解除された。かつての町の中心部だ。それでも帰還者は少数にとどまる。帰還準備を進める50代男性は「原発の水を海に流すことへの忌避感は正直ある。でも仕方がない」と複雑だ。「福島の電気で豊かな暮らしを送っていた首都圏の人たちは、福島が直面する課題にもっと関心を持ってほしい」と訴える。
宮城県石巻市でカキやホヤの生産から販売まで手がける水産会社「海遊」社長の伊藤浩光さん(61)は「輸出先からは『処理水を放出したら買わない』と言われており、かなりの痛手だ」と嘆く。
東日本大震災後、養殖ホヤの一大輸出先だった韓国が原発事故の影響から禁輸措置を続けたため、活ガキの海外販路拡大に力を入れてきた。香港やシンガポールの他、7月からは台湾にも輸出を始めたばかり。「海は国民共有の財産であって、東電のものでも福島だけのものでもない」と力を込めた。
茨城県日立市の河原子(かわらご)海水浴場では、河原子旅館組合長の鈴木東男さん(70)が「こちらからすればもらい事故のようなもの。風評被害があれば補償すると断言してほしい」と訴える。海水浴場近くで経営するホテルは東日本大震災以降、宿泊客が激減し、コロナ禍によるダメージも大きい。「『科学的に問題ない』と言われても分からない。茨城の人間の不安にも答えてほしい」
茨城沿海地区漁協連合会の吉田彰宏専務理事は「風評被害があったら、後継者が今後育つのか。漁業者が安心安全に操業を継続できるのかどうか一番懸念している」と述べた。【尾崎修二、柿沼秀行、百武信幸、森永亨】