【池上】岸田首相が6月26日から28日にかけて、ドイツのエルマウで行われたG7サミットとNATO首脳会合に出席しました。気になったのは、会合の内容もさることながら、岸田首相が当地ではほとんどの場面でマスクを外していたにもかかわらず、日本に帰ってきてからはばっちりマスクをしていたことです。
岸田首相は4月下旬から5月上旬にかけてのゴールデンウィークの時期にも海外を歴訪していますが、その時にも多くの場面でマスクを外していました。そこで帰国後、記者から「海外ではマスクを外していたにもかかわらず、帰国してからはマスクを着用しているというのはどういうことか」と質問されたんです。
【増田】岸田首相の答えが注目されましたよね。
【池上】「出張先、相手国のルールに沿って対応させていただいた」と述べていました。その直後の5月12日の参院厚生労働委員会で「マスク着用基準の緩和を検討しないのか」と聞かれて「今は現実的ではない」と時期尚早であるとの考えを示しています。さらに5月31日にも、参院予算委員会で「まだこの段階で外すのは現実的ではない」と答えています。
【増田】私は今年3月、6月末と海外取材に出ましたが、ハンガリーやスロバキアでは、確かに誰もマスクはしていませんでした。移動中はもちろんですが、取材で会話をする際も誰もマスクを着用していないので、私も外していましたけれど。
【池上】国際ニュースを見ても誰もマスクをしていません。欧米の人は特に、マスクが嫌いですよね。「感染するぞ、命の危険があるぞ、マスクをつけろ」と言ってもつけたがらない。だから政府は仕方なくマスク着用を義務化してまで着けさせていた。それでも「俺はマスクをしない」と言い張る人たちがいて、それが一つの政治的アイデンティティーを示す行動にまでなってしまった面があります。
一方、日本人が義務化もされていないのにほとんどの人がマスクを着用したのは、ひとえに「世間の目」、つまり同調圧力です。「みんながマスクをしている中で、自分だけしていなかったら奇異な目で見られてしまう」「みんなが着けているうちは、着けておいた方が無難だ」と。「もうそろそろ外してもいいのでは」となってきた中でも、人が多いところではほとんどの人がマスクを着用しています。
【増田】朝のランニングの場面などでは、外している人も多くなってきました。6月末から急激に気温が上がりましたから、マスクしたままでは熱中症になる危険性も高まります。
【池上】政府が「もう外してもいい」と言っても、多くの人が外さない限りみんな着用し続けるでしょうが、岸田首相が「まだその時期ではない」と言っているので、輪をかけて外さない。そうこうしている間に、若い女性などを中心に「むしろマスクを外したくない」という人たちも出てきています。コロナ第7波が到来し、またマスクを外す機運が遠のいたのではないでしょうか。
【増田】感染症の指定を、結核やSARSなどと同じ分類の「2類」から、季節性のインフルエンザと同等の「5類」に変更すべきではないか、という声も根強くありますね。
【池上】東京都医師会は6月14日に〈「5類相当」に引き下げ、入院や就業制限、健康観察の措置を不要とし、インフルエンザと同様の対処にすべきだ〉との見解を公表しました。
しかし一方で、反対意見も根強くあります。懸念されるのは、「5類」指定になるとワクチン接種が有料化されることです。新型コロナでは、接種が無料だったからこそ、多くの人々が1回だけでなく、2回、3回とワクチンを打った。1回目の接種率は実に8割を超えています。これが有料になって接種率が落ちることになると、感染拡大、重症化の懸念が生じてきます。
病院によって違いますが、インフルエンザの予防接種が高齢者で2500円程度、若い世代は4000円程度でしょう。仮に新型コロナが「5類」相当に引き下げられてワクチンが有料化したとしても、おそらく自治体等が補助金を出して自己負担はかなり抑えられるとは思いますが。
【増田】それでも「お金がかかるなら打ちたくない」という人は、結構いるでしょうね。
【池上】6月11日の報道では、政府が民間病院に対して感染症拡大時の病床を確保せよと指示できるよう、平時から補助金や診療報酬で資金支援し、設備や人員を整えてもらうという方針を出す、と報じられました。
すでに政府は次の感染症の流行を見据えて、備えようという段階に入っているようです。コロナ流行当初に大混乱したわけですから、いずれ来る新たな感染症への対応策は、今からやっておこうと。これは正しい施策ではないでしょうか。
【池上】医療において、今回を機に見直した方がいいことはほかにもあります。例えば「かかりつけ医」の問題。かかりつけ医とは、体の不調や不安を覚えたときに、まず相談しに行ける身近な病院や医者を持っておくことを指します。日本では少々の体調不良でもいきなり大学病院や総合病院に行ってしまいがちですが、欧米ではまずはかかりつけ医にかからなければならない。これは医療費を減らすためにも必要なことです。
【増田】ヨーロッパは徹底していますよね。かかりつけ医、いわゆる「ホームドクター」を通さなければ、医療サービスを受けることができない。
【池上】以前、デンマークに取材に行きましたが、かかりつけ医がどの家庭にも必ずいて、紹介状を書いてもらって初めて大学病院や総合病院など大きな病院に行くことができる。
診察の様子も見せてもらいましたが、「前日、庭仕事をしたら体が痛くなって……」という患者さんを医者が見て「あぁ、これは筋肉痛ですね。家に帰って寝ていれば治ります」とか、「ちょっと熱っぽいんですが……」という患者さんの場合は診察したらインフルエンザだったのですが、それでも薬も出さず「家に帰って寝ててください」と。
「インフルエンザだったので休みます」と会社に言えば薬を飲んで無理に出社しなくてもいいという社会だからこれで成り立っている面もありますが、薬をむやみに出さないことで、医療費削減を実現しているんです。
日本もこれを見習って、いきなり大学病院に行くと「紹介状がない場合、初診料5000円が発生する」と定めることで、なるべくかかりつけ医にかかることを進めてはいるのですが、なかなか定着しないまま、今に至ります。ましてや薬を出さないなんてことはなくて、患者の方も「薬はないんですか」と聞くぐらい。薬が出ないと安心できないという心理状況があるんですね。
【増田】それは池上さんの世代だけかもしれませんよ(笑)。
【池上】若い世代は変わりつつあるかもしれませんね。
ただ、若い世代は普段、病院に行く機会が少ないから、かかりつけ医を持っていない人も多いでしょう。また、コロナ禍では、かかりつけ医だと思っていた病院にワクチン接種を断られてしまった人もいた、と聞きます。あまり体調を崩さない、病気にならない人は、一度行った病院に2年、3年と行かないケースもあるでしょう。すると患者の側としては「あの病院には行ったことがある」と思っていても、病院側ではすでにカルテや患者情報がたどれなくなっている、ということも起こり得ます。
私の場合は逆に、子供の頃からかかりつけ医だったお医者さんが亡くなってしまったので、かかりつけ医がなくなってしまいました。そのため、コロナのワクチン接種のために、大手町の大規模接種会場へ行きましたよ。
【増田】日本のいいところは、いつでも行きたい病院にかかれること。行ってはみたけれど、どうも合わない病院や医者、というのはありますから、かかりつけ医が固定されてしまうのは避けたい気持ちもあります。
私がイギリスやフィンランドで聞いたのは、医療費の自己負担がゼロで医療を受けられる国の実態です。確かに医療は無料ですが、そのレベルは最低限で、すぐに受診できるとは限りません。お金のある人は高度な医療を受けるためにプライベート病院へ行くので、格差がどんどん広がってしまう実態があります。
【池上】笑い話があって、イギリスから日本へ来た人が、軽い風邪で病院へ行った。すると受付の人が「少々お待ちください」と言ったので、1週間くらい待つのかと思ったら、10分で呼ばれて驚いたそうです。
コロナ前の2019年には、厚労省が統廃合を促すための「公的病院リスト」を公表していました。統廃合とは言うけれど、実際は病院の数を減らすだけ。さすがにコロナを受けて、統廃合に賛成していた総務省は従来の見解を撤回しています。
備えがなければ対応できませんから、コロナ第7波による入院患者の増加を見据えて、病床の確保が求められます。
———-
———-
———-
———-
(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=梶原麻衣子)