関西学院大4年の貞岩しずくさん(22)を中心とした学生団体「AOGIRI」は、「最も若い被爆者」と呼ばれる、胎内被爆者の証言集の英訳に取り組んでいる。厚生労働省によると、被爆者健康手帳を交付された胎内被爆者は2021年3月末現在で、全国で6774人を数える。貞岩さんは「戦争が終わってから現在まで、胎内被爆者に何が起こり続けているのかを知ってほしい」と語った。
「若い世代が訳すことに意味がある」
AOGIRIが英訳したのは、原爆胎内被爆者全国連絡会(本部・広島県)が20年に1000部刊行した2冊目の証言集「生まれた時から被爆者――胎内被爆者の想(おも)い、次世代に託すもの」だ。この証言集には胎内被爆者ら47人の証言が収録されている。
関学大の学生を対象とした社会探究実習(広島・江田島平和フィールドワーク)に大学入学前から興味を持っていた貞岩さん。同年に原爆ドームを訪れ、被爆者の体験談の聞き取りを行う予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で現地に行くことはかなわなかった。そこで実習の担当教授を通して、連絡会の代表世話人である二川一彦さん(76)から紹介されたのがこの証言集だった。
同連絡会が15年に刊行した1冊目の証言集「被爆70年に想う」は既に英訳されていたが、2冊目はまだ英訳されていなかった。広島県生まれで親戚に被爆者もいる貞岩さんが、何とか訳すことができないかと考えた。「全ての証言を英訳するのには4~5年かかるかもしれない。しかし私たち若い世代が英語に訳すことに意味があると思った」という。
「書き手の思い」の表現に苦心
21年6月ごろからSNS(ネット交流サービス)などを利用してメンバーを募り、英訳を開始。活動は基本的にオンラインで行われ、翻訳が難しいところは英語表現の検討会を開き、メンバーで話し合いながら翻訳を行っていった。同年8月には活動母体であるAOGIRIを設立。関学大と国際基督教大の学生を中心に、現在10大学45人の学生が全47人分の証言の英訳に携わっている。
貞岩さんは「学生それぞれが証言の翻訳を一つずつ担当することで、その証言をより深く読み込むことになる。読み手だけでなく、参加した学生にとっても原爆について考えるきっかけになる」と話した。
メンバーには英語が得意でない学生も多く含まれていた。証言をどう訳すか、メンバーは悩みつつ、細かい検討を重ねていった。関学大2年の的野聖芽さん(19)が英語への置き換えに苦心したのは、証言集の中の「こんな苦しい人生を誰の身にも繰り返させたくない」という一文。「使う使役動詞によっては、強制的な意味合いが強くなってしまうと思った。書き手の思いをどう読み手に伝えるか、表現が難しかった」と話した。
貞岩さんは「原爆投下で直接被爆した方の話とは違う原爆の恐ろしさが、胎内被爆者の証言から伝わるのではないか」と指摘する。胎内被爆者は自身が直接被爆したわけではない。なのに生まれた時から被爆者として人生を歩まねばならない。「実際に証言集を読んでみると、終戦後に成長していく中で差別や偏見に悩まされる話、結婚や出産など、自分の将来設計にためらいや不安を抱いた話などが多い。これは、胎内被爆者の経験からしか伝えられない苦悩だと思う」と貞岩さんは語った。
被爆の事実から何を考えるか
原爆投下当時、直接被爆した人の命だけでなく、これから生まれる命さえもむしばまれた事実は広く知られていない部分もある。貞岩さんは証言集を英訳することで「英語圏の人たちはもちろん、同世代を中心とした英語が母国語でない人たちにも広くこの事実を知ってほしい。原爆の悲惨さを学んで、被爆者がかわいそうと感じて終わるのではなく、その事実から自分はどう考えるのか。それを考えなければいけないと思う」と話した。
英訳のきっかけを作った同連絡会世話人の二川さんも、AOGIRIの活動が注目されて日本語の証言集も改めて注目を浴び、注文が増えたことを喜んでくれたという。英訳した証言集は、今年度内に電子書籍にて公開予定だ。
【日本女子大・安藤紗羽(キャンパる編集部)】