今年5月、デニス・ブレア元米国家情報長官が訪日し、日本のサイバー防衛について自民党本部で講演した。ブレア氏は、日本のサイバー防衛は「マイナーリーグ」だと酷評した。元米太平洋軍司令官でもあるブレア氏である。耳は痛かったが、切迫しつつある「台湾有事」を念頭に、衷心からの忠告であった。
現在進行中のウクライナ戦争では、ウクライナ軍がロシアのサイバー攻撃を見事にはね返した。1週間で首都キーウを落とすはずだったウラジーミル・プーチン大統領のもくろみは外れた。ウクライナの通信も、電気も落ちなかった。ハイブリッド戦争どころか、ロシアは今も、大量の重火器と歩兵の投入によって第一次世界大戦のような戦いを強いられている。
ウクライナに比べて、日本政府のサイバー能力不足は深刻である。今年3月、鳴り物入りで強化された「自衛隊サイバー防衛隊」だが、いまだに小さすぎる。数千から数万のハッカーを抱えるのが普通のサイバー軍であるが、国際標準からは1桁も2桁も小さい。
スパコンを装備して、サイバー情報センターを立ち上げ、サイバー空間をダムの洪水のように流れていく天文学的なデータを監視し、ロシア、中国、北朝鮮から送ってくるマルウェア(=スパイ用ウイルス)を退治するのが本来の仕事である。発信元を特定し、積極防御に出る。
その自衛隊に「不正アクセス禁止法」がかけられており、サイバー空間で敵を監視できない仕組みになっている。これではサイバー防衛隊の手足を縛り上げているようなものである。どこの国でも軍隊は、他国軍隊や諜報機関の通信傍受、暗号解読が正当な業務である。それを国内法で禁止するなど聞いたこともない。経済安保はどこに行ったのか。今のままでは自衛隊のサイバー部隊は戦えない。
防衛出動を待っている暇はない。そもそも、サイバー戦争に平時も有事もない。敵は毎日執拗(しつよう)に高度なマルウェアを送り込む。平時に情報は筒抜けになり、有事には破壊活動を行いシステムダウンさせる。サイバー戦争は、平時から始まっている。平時に備えておかなければ、有事には対応できない。
電力が大規模に各地でブラックアウトし、電気通信が停止すれば、軍隊は戦えない。自衛隊のみならず、在日米軍もそうである。「台湾有事」になれば、真っ先に狙われるのは孤立した離島の電源である沖縄電力であろう。沖縄がブラックアウトすれば、米空軍嘉手納基地も、那覇空港も使えない。そうなれば日米同盟は戦う前に負けてしまうのである。
■兼原信克(かねはら・のぶかつ) 1959年、山口県生まれ。81年に東大法学部を卒業し、外務省入省。北米局日米安全保障条約課長、総合外交政策局総務課長、国際法局長などを歴任。第2次安倍晋三政権で、内閣官房副長官補(外政担当)、国家安全保障局次長を務める。19年退官。現在、同志社大学特別客員教授。15年、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章受勲。著書・共著に『戦略外交原論』(日本経済新聞出版)、『安全保障戦略』(同)、『歴史の教訓』(新潮新書)、『日本の対中大戦略』(PHP新書)、『国難に立ち向かう新国防論』(ビジネス社)など。