◆危機の時代に対応できる体制を◆
要人警護の使命は、対象者を守り抜くことだ。警察は、その役割を果たせなかった痛恨の失態を直視し、あらゆる危機に対応できる体制を築かなければならない。
安倍晋三・元首相が銃撃されて死亡した事件で、警察庁は25日、警護の検証結果と体制の見直しに関する報告書を公表した。
安倍氏は7月8日、参院選の応援のため、奈良市中心部の駅前で演説中、背後から山上徹也容疑者に銃撃されて亡くなった。
◆甘かったリスク評価
報告書によると、安倍氏の周囲には奈良県警の警護員3人と警視庁の警護員1人がいたが、4人とも安倍氏の後方にあたる南方向を見ていなかった。山上容疑者の接近に誰も気づかず、銃撃を許したミスが悔やまれてならない。
この「空白」が生まれたのは、後方を警戒予定だった警護員が、演説の始まる直前、聴衆の多い前方や横への警戒に切り替えたためだという。こうした変更を現場指揮官だった奈良県警の警備課長は十分把握していなかった。
また、県警は、6月にも同じ場所で自民党幹事長による応援演説が行われていたことから、その時の警護計画をそのまま踏襲し、制服警官も配置しなかった。
今回の演説場所は後方に車や人が行き来できる道路があり、警護上のリスクは明らかだった。後方の警戒を重視しなかった事前の計画には問題があり、県警の認識の甘さが重大な結果を招いたことは間違いない。
一方、警護計画の作成を県警任せにした警察庁の責任も極めて重い。警察庁は全国の警察を指導する立場にある。国内では長年、要人が襲撃される事件が起きていないため、漫然と前例を踏襲する土壌があったのではないか。
警察庁の中村格長官と奈良県警の鬼塚友章本部長は、警護の失敗を認めたうえで、辞任すると表明した。安倍氏への銃撃を防げず、命まで奪われるという最悪の結果を考えれば、辞任は当然だ。
事件後の対応を含め、組織全体に緩みがあったと言わざるを得ない。奈良県警の本部長は事件当日の記者会見には出席せず、翌日になって「痛恨の極みだ」と述べた。警察庁長官は、事件の4日後まで公の場で説明しなかった。
◆対応に迅速さを欠いた
この間に事件現場の映像がインターネットなどを通じて世界中に発信され、警護の問題点を誰もが認識できる状況になっていた。日本の治安の良さに対する信頼にもかかわる事態であり、責任者が前面に出て対応すべきだった。
警察庁長官と奈良県警本部長が辞意を明らかにした25日は、安倍氏の四十九日にあたる。これまで進退についての言明がなかったため、「警察は誰も責任を取らない」という批判にもつながった。
今回の事件では、特定のテロ組織に属さない個人が銃を自作し、犯行に及んだ。技術の進歩で、誰もがネットで銃や爆発物の情報を簡単に入手し、3Dプリンターなどで製造できる時代になった。
警察は、テロが新しい局面に入っていることを認識し、様々な脅威に的確に対処できるよう、組織を強化しなければならない。
警察庁は今後、警護計画の基準を作り、都道府県警は、その基準に沿って計画を立てるという。警察庁が各地の要人警護に責任を持つべきだ。
演説を行う陣営関係者と警察の連携強化も重要になる。安全な場所を選び、制服警官やパトカーを目立つように配置するなど、襲撃を難しくする環境を整えたい。
9月27日に行われる安倍氏の国葬には、海外から多くの要人が弔問に訪れる見通しだ。政府は警護に万全を尽くさねばならない。
国葬に反対し、中止を求める人たちもいる。一方、事件現場には、安倍氏を悼む多くの人が訪れている。国葬を取りやめたら、追悼のために駆け付けようとしている各国の要人や、安倍氏を追悼したい国民の気持ちはどうなるのか。
◆静かに故人見送りたい
事件では、「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の高額献金の問題や、政治家とのつながりも明らかになった。政府や国会は、反社会的な活動の実態を解明し、今後の対策を講じるべきだ。
この問題を国葬の反対論に結びつけようという動きも一部にある。政治家が必要に応じて家庭連合との関係を見直すことは大切だが、追悼行事の是非と混同させるのは好ましくない。
安倍氏の国家への功績を考慮して、国葬にすると決まった以上、静かに見送りたい。