資産家女性を溺死させ、保険金でセレブ生活…倫理を欠いた殺人犯はなぜ自殺を選んだのか

高井凛は最も自殺から遠い所にいる人だと、私は思い込んでいた。
もちろん自殺する人の性格も事情もさまざまだが、幾つかの共通項があるとは感じていた。私の中で多数派だったのは、自分で自分を責める人、だった。
養母殺害の容疑で逮捕された凛が、留置場で首を吊ったとの一報が流れたとき、狂言自殺に失敗したのでは、といった推測がネットで沸いた。やはり多くの人に、彼は自殺する人とは見られていなかったからだ。これが彼の自殺の真実だと断定できるものではないが、それくらい凛の自死は意外だった。
大阪の資産家女性が高額な保険契約をさせた凛と養子縁組し、半年も経たず不審死。多額の遺産を受け継いだ凛は翌年に逮捕されたが、永遠に黙秘したままとなった。
彼は次々と、そういった私の固定観念や勝手な思い込みの多さを突き崩していった。
私は凛がまだ逮捕されず、「限りなく怪しい養子」でしかなかった頃から、うちの息子と同い年というのもあり、いろいろと気になっていた。
デート商法まがいで顧客を捕まえ、ほぼ詐欺で契約を結ばせ、クビになり資格を取り消され、養子縁組も彼が書類を偽造していたのが発覚。
高級外車やタワマンや有名店での豪遊、高級ブランドの服や持ち物、寄り添うギャル風美女をSNSで自慢した。
名門大学に付属中学から通った坊ちゃんで、高身長イケメン、アメフトで鳴らした文武両道の人がどうして、劣等感にまみれた極貧の出から体一つで這い上がってみせる、みたいなハングリーなマインドというかメンタリティだったのかも、謎だった。
なんといっても最大の謎は、風呂場で溺死した養母の手に結束バンドが巻かれていたことだ。まず間違いなく凛がそれで養母の体の自由を奪って死なせているのだが、なぜそのままにしていたのか。死体にそんなものがついていたら、誰が見ても他殺だと思う。
凛は大阪の養母宅に行く途中の防犯カメラを誤魔化そうと、女装も含め変装を繰り返し、GPSでたどられないよう都内の自宅にスマホを放置し、さまざまな小細工をしていた。
そもそも縁組して間もない健康な養母が急死すれば、真っ先に疑われるとは考えなかったか。さらに180センチ超えの男が女装したら、かえって目立つ。
自宅にいたと言い張るためにスマホを置いていったのに、交際相手が「彼がずっと家にいない」と騒いでいた。
あらゆることが杜撰すぎ、養母の手に結束バンドがなくても逮捕されたはずだが、とにかく隠蔽(いんぺい)工作をしながらも、いちいち僕が犯人ですとヒントを残すどころか、アピールしているとしか思えない。ちなみにその結束バンドも、証拠が残るカードで買っていた。
そうしているうちにふと、直接的には何の関係もない別の事件を思い出した。
凛どころか私ですら生まれていない、70年近く前の事件だ。
Oなる男は婚外子として出生。実母を姉と思わされていた。その実母も婚外子で、養父母に育てられていた。Oもその養父母に引き取られ成人し結婚もしたが、ずっと折り合いが悪かった。ついに養父母を殺害、妻子を置いて逃亡する。
そのときMという男と出会い、戸籍など買い取った後で殺害。MになりすましたOは遠方の地で就職もし、新たな妻子までできた。ところが酔って他人宅に侵入、腹痛薬の瓶を盗もうとして通報される。軽犯罪なのですぐ釈放されたが、顔写真や指紋を採られてしまった。
自分がMではなく指名手配中のOだと露見するのを恐れ、新たに探し出したSという男から同様に身分証明の書類を買い、Sも殺害。Sになりすましていたが、間もなく捕まり死刑となった。時代も違えば、凛とOは境遇も性格も殺人の目的も何もかも違うのに、私の中で凛の結束バンドはOの薬瓶に巻き付いた。
捕まれば死刑は確実なのだから、MになりすませたOは慎重の上に慎重となり、用心に用心を重ねなければならなかった。実際、彼もしばらくは職場や近所周りから、平穏に生きるMさんと見られていたのだ。
なぜ薬瓶を盗もうとしたかは不明だが、もしそれをせずその家の人に、酔ってわが家と間違えたとでも平身低頭していれば、通報されるところまでいかなかったかもしれない。そうすれば養父母の事件は迷宮入り、Oは逃げ切り、本物のMは存在そのものが葬り去られ、Sは殺されずに済んだ。
小さな薬瓶は、こんなにも多くの人の人生を変えた。
凛の結束バンドは一事が万事の言葉通り、彼そのものの象徴だ。
小細工、小手先、小芝居からもたらされた途方もなく大きな結果と、本人の意図を外れた大いなる破滅。明確なOと凛の共通点は、戸籍や公的書類を不正に行使したことと、養母がいたことだ。
改めて比べてみれば、彼らは自己保身と自己愛だけが強烈に見えて、実は自分というものが稀薄だったのではないか。だから簡単に、養子だの別人だのになれたのだ。
凛は高級外車やタワマンや有名ブランド品は、心底から自分が欲しかった物ではなく、みんなが欲しがるものだからと手に入れたかったのかもしれない。
高スペックと見なされるあれこれを纏ってもなお、自信満々ではなく自己が不安で不安定だったから、金でみんなが欲しがる物をさらに持ちたかったのではないか。
ここで、『罪と罰』の主人公も思い出す。あくまでもOや凛から見ての不要な人は、未来ある自分のために犠牲になるのは当然で、だから殺すのも悪いことではなかったのだ。
2人とも、他人の命をまさに紙切れ1枚くらいのものとして扱っている。ただその紙切れは、身分証明となり法的効力を発揮するので、欲しかった。
繰り返すが、自殺をする人の性格も事情もさまざまではあるが、凛はある一つのタイプに収まるかもしれない。
自身が稀薄、自分の死も軽い。実は、自殺しやすい人であったのだ。
さてOは死刑が確定してから、たくさんの歌を詠んだ。死刑囚の歌は母親が主題のものが多いというが、Oは養母と実母の歌は、一つとして詠まなかったそうだ。
凛の実母についての情報はほぼないが、ふと思う。養母を溺れさせ、その肉体を目の当たりにした瞬間に初めて、生々しい養母の命、人ひとりの存在を実感したのではないか。
養母の遺体が恐ろしくてならず、一刻も早く養母の遺体から離れたい、今すぐに死んだ養母がいる空間から逃れたい。それが、重大な証拠となる結束バンドを外さなかった、外せなかった理由ではないか。
あくまでも、私の想像にすぎないが。それが、真実であってほしい。
誠実に堅実に生きてきたのに非業の死を迎えさせられた養母が、その死をもって凛に、人の命というものの重さを見せつけたのだとしたら。
たとえ最初から遺産目当て、偽造された戸籍による縁組であったとしても、何より養母がそんな亡くなり方をする理由など一つもなく、われわれにも無念さしかないとしても。養母は養母として、養子に一つの教育を施せたのではないか。
もちろん、彼は生きて真実を語り、罪を償うべきだった。しかし養母の死によって、養子は己の生死すら稀薄なまま軽く死んでいったのではなく、重い罪の意識に苛まれて己と向き合っていたとも思いたい。
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(作家 岩井 志麻子)