宮城、福島両県で3月に最大震度6強を観測した地震で、福島県相馬市の景勝地・松川浦が苦境にあえいでいる。24軒あるホテルと旅館、民宿のうち16軒は宿泊客を迎えられない状態が続く。長引く新型コロナウイルス禍や、政府が来春の海洋放出を目指す東京電力福島第1原発の処理水を巡る問題が、関係者の再起をためらわせている。一方で旅館の若手経営者らによる伝統の「浜焼き」は好評を博している。地震は16日で発生から半年となる。
民宿再開にためらい「また来たら」
「まだ何も考えられないな」。松川浦で青ノリやアサリを養殖する漁師、菊地良一さん(58)はため息をつく。兼業で営む民宿「東光(とうこう)」は風呂場の天井に大きなひびが入り、浴槽のタイルもゆがんで使えなくなった。民宿を再開するか、結論は出ていない。
太平洋の一部が砂州で隔てられた潟湖(せきこ)があり、新鮮な海の幸も楽しめる松川浦。民宿の経営者らの中には漁業権を持つ人も少なくない。築約50年の東光の建物は2011年の東日本大震災を切り抜け、21年2月の福島県沖地震にも耐えた。だが今年3月に発生した、昨年に続く震度6強には勝てなかった。
復旧には多額の出費が見込まれる。費用の最大4分の3の補助を国と県から受けられる「グループ補助金」を申請する旅館もある。だが、後継ぎがおらず高齢の母親と民宿を切り盛りする菊地さんはためらう。
震災と原発事故が発生して以降、除染作業員らを宿泊客として受け入れ、復興を下支えしてきた。観光客はすっかり遠のいた。漁業の再興には時間を要し、アサリ漁の再開は16年、青ノリの出荷は18年に。近年は新型コロナの影響で作業員の受け入れを自粛していた。「再建しても客が戻るのか。処理水の風評被害もどうなるか。また地震が来たら……。悩みが多すぎるよ」
こうした不安は菊地さんだけのものではない。再建を目指す旅館「かんのや」を営む管野拓雄さん(63)も一緒だ。昨年2月の地震から復旧したばかりの新館は4階の天井が落ち、トイレは全壊。修理費は1億円以上かかる見通しだ。「宝くじは当たらないのに、なんで地震はこんなに当たるのか」。一緒に働く妻(62)と次男(36)は無給の状態が続く。取り崩した定期預金も底をつきそうだ。生活の足しにと、ノリのつくだ煮やホッキ貝が入ったご飯を売り出している。
震災から復活の浜焼き、大勢が列
明るい話題もないわけではない。今月10日。野外イベントに合わせて並べた屋台に、浜焼きを求めて大勢が列をなした。海産物を串刺しにして炭火であぶる地元名物。仕掛けたのは約60年続く老舗旅館「いさみや」の4代目、管野功さん(45)だ。「足を運ぶ人を増やしたくて」と強い日差しの下で汗を拭った。
1970年前後に始まったとされる浜焼きは、震災後に一時途絶えたものの、旅館の若手経営者らが21年11月に復活させた。月1回程度、観光客らに振る舞っていた。今春の地震で中断されたが、管野さんらは「休業する今こそできることをしよう」と奮起。4月末以降、時間を見つけて有志十数人で松川浦や他の地域におもむき、販売している。
多くの旅館が休業する現状はあまり知られておらず、訪れた人たちに驚かれることも少なくないという。「今は種まきの時期。旅館を再開した時に多くの人に来てもらえるよう精いっぱい続けたい」と管野さんは先を見据える。
総務省消防庁などによると、3月16日に発生した地震では災害関連死1人を含む3人が死亡した。福島、宮城両県の住家被害は計5万6649棟に上る。【尾崎修二、磯貝映奈、肥沼直寛】