トルコ軍艦遭難事故132年 串本で追悼式典

和歌山県串本町の樫野崎沖で明治23(1890)年、オスマン帝国(現トルコ)の軍艦「エルトゥールル号」が遭難、500人以上が死亡した海難事故から16日、132年を迎え、遭難現場に近い町内の慰霊碑前で追悼式典が開かれた。コロナ禍で事故から130年となった一昨年、昨年は式典を縮小したが、今回は3年ぶりに通常規模で開催した。
一昨年は当初大規模な式典を予定したが、オンライン形式を取り入れて大幅に縮小し、7人が参列。昨年も5人のみが出席し、静かに式典が営まれた。
今回は、3年ぶりに駐日トルコ大使館から来賓を招いたほか、地元3区の区長や町商工会、県などから計約50人が集まった。
事故は明治23年9月16日に発生。航行中のエルトゥールル号が台風に遭遇し、500人以上が死亡したが、住民が懸命に救助などにあたり、69人が助かった。日本とトルコの友好を示す史実として語り継がれている。昨年3月には、慰霊碑がある遭難者墓地や樫野埼灯台などが国史跡に指定された。
式典では、イスラム教の礼拝が営まれた後、田嶋勝正町長が「両国の友好の原点となった歴史を風化させることなく、日ト友好の架け橋の町として両国の友好関係の一助となるよう尽力する」と式辞で述べた。
続いて駐日トルコ大使館のエメル・デリノズ・テキン一等参事官は「130年以上前に串本町民の方々をはじめ、日本国民の皆さまがわれわれの先祖にしてくださったことに対して今日においてもなおトルコ国民として感謝の気持ちを持ち続けている」と述べた。
この後、参列者はそれぞれ慰霊碑に献花した。
式典後、参列した樫野区長の高山カヤ子さん(75)は「大勢の人に追悼され、亡くなった人も心強く思っているのでは」と話していた。