コロナ禍で中止が続いた「目黒のさんま祭」が9日、3年ぶりに復活する。香ばしい焼きサンマを無料で味わえる東京都目黒区内屈指の人気イベントに育ったが、水揚げ量の減少を受けて一時は今年も取りやめが検討されていた。「友好の象徴を守りたい」と声を上げたのは、サンマを提供する宮城県気仙沼市。東日本大震災で受けた恩を返したいという熱意が実り、再開にこぎつけた。(大前勇)
世俗にうとい殿様が、「さんまは目黒に限る」と語るオチで知られる古典落語「目黒のさんま」。落語にちなんだ祭は1996年に始まった。全国有数の水揚げ量を誇る気仙沼市に住む松井敏郎さん(75)が、落語を披露する場でサンマを提供して街のPRにつなげようと考えたのがきっかけだ。当時のサンマは今より安価で、庶民の食卓を彩る大衆魚だった。
目黒区の町内会の協力を得て区内の公園で始めると、たちまち評判を呼び、2000年には「区民まつり」の一角を占めるように。毎年、5000匹のサンマが気仙沼市から届き、朝から長蛇の列ができるようになった。
祭での交流が縁となり、目黒区と気仙沼市は10年に友好都市になった。同市が大きな被害を受けた翌年の東日本大震災では区が応援職員を派遣。サンマが結んだ絆はさらに深まった。
だが、水揚げ量の急激な落ち込みが影を落とす。
水産研究・教育機構水産資源研究所(横浜市)によると、サンマのエサとなるプランクトンの減少や潮の流れの変化などにより、サンマ自体の数が少なくなったことに加え、北太平洋から日本近海に南下する時期の遅れも確認されている。
全国さんま棒受網漁業協同組合のまとめでは、21年の水揚げ量は1万8291トンと10年前の1割以下に激減した。祭でも17年、不漁を理由に冷凍サンマに切り替えたこともあった。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、祭は20、21年と相次いで中止となり、目黒側の実行委員会は今年の開催も断念する考えだったという。ただ、祭は震災の年も「支援をしてくれた人に感謝の気持ちを示し、復興の目標にしたい」とする気仙沼側の意向で続けられた経緯があり、双方にとって大切な行事だ。気仙沼側の実行委員会で会長を務める松井さんらは「3年途絶えてしまえば、目黒と気仙沼との縁が失われてしまうと思った」と、サンマの数を減らしてでも実施したいと訴えた。
こうして、祭は例年より1か月ほど遅い10月開催が決まり、振る舞うサンマも1000匹に減らした。それでも、事前の抽選には約9000人から応募が殺到。人気の健在ぶりを見せつけた。
ただ、実行委関係者は「このまま不漁が続けば、祭用のサンマを準備できなくなる恐れもある」とも打ち明ける。来年以降も開催できるかは予断を許さない状況で、目黒の秋の風物詩は岐路を迎えている。
目黒側の藤森昇・実行委員長は「祭を続けたいという思いが一つになったことで復活させることができた」と喜びつつ、「この機にサンマを提供する場としてだけではなく、『目黒のさんま』文化の発信にも力を入れていきたい」と話す。今年の祭では新しい試みとして、事前に開かれた新作落語コンテストで最優秀賞に輝いた人などが一席設ける場も設けられる。