[New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「子ども食堂」。 新型コロナウイルス禍を通じて増えたものがある。その一つが、無料や低価格で食事を提供する子ども食堂だ。誕生から10年。地域の人の善意に支えられ、子どもたちの困窮を防ぐセーフティーネット(安全網)として進化を続けている。
全国6000か所以上に
東京都大田区の一角にある「だんだんワンコインこども食堂」。八百屋を営んでいた近藤博子さん(63)が2012年、地域の子どもたちに夕食を低価格で提供し始めたのが、「こども食堂」の名前を冠した活動の第1号と言われている。
八百屋に来ていた小学校の副校長から「病気がちな母親の子が、夕食はバナナ1本で過ごしている」という話を聞き、「ここで何か作って食べさせてあげたい」と思ったのがきっかけだ。「こども食堂」と命名したのは、学校と家庭を居場所とする子どもが「一人で来ても怪しまれない場所に」との思いからだ。
近藤さんは「おなかをすかせた近所の子にちょっと食べさせてあげるという、誰でもできる手軽さが、活動の広がりにつながったのでは」と話す。
子ども食堂は企業や農家などに資金や食材を寄付してもらい、地域の有志がボランティアで食事を提供することが多い。
全国の子ども食堂を支援するNPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によると、コロナ禍前の19年は約3700か所だったが、21年には6000か所を超えた。職を失うなど経済的に困窮する家庭が増えたことが背景にある。最近は感染対策で、一緒に食べる食堂形式から、弁当の配布や食材の宅配に切り替える動きも広がる。
コロナ禍で行政からの支援拡充
子ども食堂が誕生した10年代前半は、単身世帯の増加に伴う地域のつながりの希薄さが注目され始めた時期と重なる。孤独死や、独りでの食事「孤食」が広く知られるようになり、「無縁社会」という言葉も生まれた。
「子ども食堂は、つながりの重要性を痛感する災害のたびに増えてきた」と指摘するのは、むすびえ理事長の湯浅誠さんだ。18年の西日本豪雨など大きな災害が起きると、地域が復興していく過程で子ども食堂が生まれ、数が増えていった。20年に新型コロナの感染拡大が深刻になっていくと、子ども食堂と行政との連携が一気に進んだ。
行政が子ども食堂の開催場所を広報したり、予算を投入したりするといった動きも広がった。厚生労働省は子ども食堂を支援する団体に助成金を出し、農林水産省も政府備蓄米の提供を始めた。
物価上昇が食材の調達に影を落としているが、個々で活動していた食堂がネットワークを構築。寄付の受け付けを一括して行い、食材を融通しあうなど、体制強化も進んでいる。