熱海土石流、残った盛り土「撤去で終わりではない」 復興待つ住民ら

静岡県熱海市で2021年夏に起きた大規模土石流を巡り、県は11日午前、崩落の起点に残った盛り土を行政代執行により強制的に取り除く作業を始めた。県の推計で約2万立方メートルの土砂が不安定な状態で残り、大雨で土石流の再発が懸念されているが、土地を造成した神奈川県小田原市の不動産管理会社・新幹線ビルディング(清算)の天野二三男元代表取締役が土砂撤去の措置命令に応じなかったため代執行に踏み切った。撤去工事は早ければ6カ月ほどで終わる見込み。
土石流は21年7月3日に発生。災害関連死を含めて27人が死亡し、1人の行方が依然分かっていない。
この日は午前10時20分ごろ、静岡県の難波喬司理事と職員ら約10人が熱海市伊豆山地区で犠牲者に黙とうをささげた後、作業員が草刈りに取りかかった。難波理事は報道陣の取材に「一日も早く土砂を撤去し、避難されている方々が元の場所に戻れるようにすることが我々の使命だ」と強調した。
土地の前所有者である新幹線ビルディングは07年、熱海市に対し、総量約3・6万立方メートルの盛り土をすると届け出た。だが静岡県によると、不適切な開発が繰り返されて土石流発生時の盛り土は推計で約7万立方メートルに達し、うち約5万立方メートルが崩れたという。
県は約4億円の工事費用と約10億円の土砂処分費用を天野氏側に全額請求する構えだが、天野氏側は措置命令そのものの取り消しを求めて静岡地裁に提訴している。【深野麟之介】
警戒区域内に畑、漁獲量低迷…
土石流が静岡県熱海市伊豆山地区をのみ込んでから1年3カ月。残った盛り土の強制的な撤去が始まり、被災地の復旧・復興はようやく新たな局面に入った。地元住民たちは「盛り土が再び崩れ落ちたら……」との不安にさいなまれてきた。作業開始に安堵(あんど)しつつも、「もっと早く行政に動いてほしかった」との声も漏れる。
「撤去して終わりではない。被災者が伊豆山に戻れるよう確実に復興を進めてほしい」。地区で唯一の薬局を営む千葉久義さん(50)は、こうくぎを刺した。
土石流が下った逢初(あいぞめ)川周辺は、災害対策基本法に基づく警戒区域に指定され、立ち入りが制限されている。残った盛り土が取り除かれ、地域の安全性が確保されることが復旧・復興の前提となっている。市は2023年夏にも指定を解除し、住宅再建に向けた用地買収などを進める方針だ。行政代執行について斉藤栄市長は11日、市役所で「ありがたい。スケジュール通りに進めてほしい」と期待を込めた。
伊豆山地区にあった自宅が全壊し、神奈川県湯河原町で仮住まいを続ける太田滋さん(66)は、将来は地元に新しい住まいを建てたいと願う。警戒区域内には父から受け継いだ大切な畑の一部が取り残されている。「早く手入れをして、作物が育つ環境を整えたい」と、いち早い撤去と指定解除を心待ちにしている。
21年7月3日、土石流は逢初川の河口近くにある伊豆山港にまで押し寄せた。泥で茶色く濁った海。漁船をはじめ、詰め所やシャワー室など港の施設にも被害が出た。復旧が進んで22年7月、港が使えるようになった。ただ、大雨が降るたび、川から港に濁水が流れ込んでくるという。
例年9月中旬に始まるイセエビの秋漁。地元漁師たちは昨年、伊豆山港から南に3キロほど離れた熱海港から船を出したが、漁獲量は低迷した。県の調査で、海中に広がった泥がイセエビの生育環境に影響を与えたと指摘された。漁師がなりわいを取り戻すためには、海をこれ以上汚されないよう残った盛り土の撤去は不可欠だった。「代執行が始まってよかったとは思う。でも今更という気もする」。伊豆山港で30年近く漁を続ける松本早人さん(47)は複雑な表情を浮かべた。
川勝平太知事は11日の記者会見で、土地の前所有者が措置命令に応じず、行政代執行に至ったことについて「『けしからん』という思いだ」と批判。代執行がこの時期になったことを問われると「県としてはとにかく一日も早くというスタンスでやってきた。『遅い』と言われるとしたら残念です」と述べた。【深野麟之介、長沢英次、最上和喜】