心臓の手術後に死亡した70歳代男性のケースを巡り、医療事故として問題視する異例の論文が日本心臓血管外科学会誌に掲載された。手術は、
胸腔
(きょうくう)
鏡
(きょう)と呼ばれるカメラを使って小さな切り口で行う新しい方法で、全国で少なくとも年2000件以上行われている。専門家は「同様の手術ではほかでも事故が起きており、検証が必要だ」と警鐘を鳴らしている。
手術が行われた国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)は取材に対し、近く医療事故調査制度に基づく調査を行うことを表明した。
論文の著者は同学会名誉会長の高本真一・東京大名誉教授。死亡した男性の遺族が提供した診療や解剖の記録を分析した。
男性は2020年12月、手術の間に心筋
梗塞
(こうそく)を起こし、大学病院に転院したが、約2か月後に死亡した。転院先で解剖した結果、心筋が広範囲に
壊死
(えし)しており、手術中のトラブルによって損傷した可能性が高いとみられている。
男性が受けたのは、左心房と左心室の間にある僧帽弁を修復する手術。右胸の
肋骨
(ろっこつ)の間から器具や胸腔鏡を入れる低侵襲心臓手術(
MICS
(ミックス))だった。
手術中は人工心肺をつけて心臓を止めるため、長引くほど心臓の負担は増す。心筋の損傷を防ぐには、保護用の薬液を一定間隔で注入するが、心筋に流れる血管に空気が入り込まないようにする必要がある。
しかし、この男性の手術では注入が度々遅れ、空気の除去も不十分だった可能性がある。心臓を止める時間は通常1~2時間だが、弁の修復に手間取り、5時間近くに及んでいた。論文は、こうしたことが心筋梗塞や壊死の原因と説明している。
同学会前理事長の上田裕一・奈良県立病院機構理事長は「従来の胸を大きく切開する手術なら事故を回避できた可能性がある。MICSは広がりつつあるが、ほかでも事故が起きている。なぜこのようなことになったのかを検証し、医療の質の向上に役立てるべきだ」と話している。
同センターの國土典宏理事長は「外部の専門家にも意見を聞き、一定の評価をしたと考えていたが、オープンな形での評価が望ましいと判断した。正式に医療事故調査制度に基づく報告をしたい」としている。
胸腔鏡を使用…高い技術必要
MICSは、切り口が小さいことから体にやさしい「低侵襲」が利点とされる。胸の真ん中で骨を20センチほど切り開く従来の手術と比べ、傷口は7、8センチ程度で患者の回復が早く、入院日数が短くなるという。
ただし、手術には高い技術が必要だ。胸腔鏡で映した胸の中をモニター画面で見ながら、小さな切開部から柄の長い器具で奥深くの弁を縫い合わせるなど、操作は難しい。ある心臓外科医は「器具は一定の角度でしか動かせず、狭い所に長い中華箸を入れて作業する感覚だ」と説明する。
MICSにより心臓の弁を修復する手術は、2018年に公的医療保険の対象になり、従来の手術より診療報酬が30万円高くなった。厚生労働省によると、手術件数は18年度が1555件、19年度2334件、20年度2538件と増えている。