JAXA(宇宙航空研究開発機構)は10月12日、小型ロケット「イプシロン」の打ち上げに失敗した。2013年に1号機を打ち上げて以来、5回連続して成功しており、今回はベンチャー企業の小型衛星2基も搭載していた。小型衛星打ち上げビジネスへの影響だけでなく、北朝鮮、中国、ロシアの脅威が増す中、安全保障上のマイナスイメージを発信したことは深刻な問題だ。
自信とゆとりにあふれているように見えた。10月12日、打ち上げ予定時間の約40分前から、JAXAの中継番組がネットで放映された。ロケットの担当者などが出演し、笑顔でロケットや衛星について説明した。
だが、直後に事態は暗転する。ロケットの姿勢が乱れ、目指す軌道に衛星を入れることができなくなった。JAXAは打ち上げ6分28秒後に、地上から電子信号を送り、ロケットを「指令破壊」。ロケットはフィリピン東方の海上に落下したとみられる。
日本のロケットが打ち上げに失敗したのは、2003年の「H2A」6号機以来、19年ぶりのことだ。「指令破壊」という刺激的な言葉は、すぐにSNSでトレンド入りした。
ロシアのウクライナ侵攻後、世界で今、ロケット不足が起きている。ロシアのロケットを、諸外国が衛星打ち上げに利用できなくなったためだ。そんな中での日本の失敗。ロケット不足に拍車をかけるだけではなく、安全保障上のマイナスメッセージを世界に発することになった。
ロケットは安全保障の面から重要視されている。ミサイルと同じ技術であり、潜在的な国防能力を国外に示すものでもあるからだ。
ロケットとミサイルの違いは機体の上に何を載せるかだ。
ロケットは衛星、ミサイルは爆薬などの弾頭を載せる。ロケットに載せられた衛星は、打ち上げ後、地球を回る軌道などに投入される。一方、ミサイルはいったん宇宙を飛行後、目標場所を目指して再び地球へ戻ってくる。
あるベテランロケット技術者はこう表現する。
「『私はミサイル』とか『僕はロケット』などと言いながら飛んでいくわけではない。データを解析しないことには、どちらが飛んだか分からない」
ロケットを自国で保有することは、他国に対して、「いざというときには、ウチには使える技術がある」と、暗黙裡に示す抑止効果を持たせる面がある。「H2A」もそうだが、特に「イプシロン」は、その技術的特性から、安全保障上のロケットとして重要度が高い。
日本は2つの系統のロケットを持つ。液体燃料を使う大型ロケットと、固体燃料を使う小型ロケットだ。
液体ロケットは、現在の「H2A」で、JAXAは後継機「H3」を開発中だ。射場でロケットに液体燃料を注入しなくてはならないため、準備に時間がかかる。
一方、固体ロケットは、日本のロケットの父と呼ばれる糸川英夫博士のペンシルロケットが源流で、「イプシロン」へとつながる。
固体ロケットは、液体ロケットよりも扱いやすく、すぐに打ち上げられるという即応性がある。固体燃料をあらかじめ作って保管しておけば、必要な時にすぐに取り出して、打ち上げ可能だ。一方で、いったん火をつけてしまうとコントロールが難しいので、高い技術力が求められる。
北朝鮮のミサイル発射の兆候を事前に把握するのが難しくなっている背景に、潜水艦や車両、鉄道など、移動式発射台から打ち上げることが挙げられている。防衛省は資料で、そうした点から「一般的に固体燃料のミサイルが軍事的に優れている」と指摘している。
日本の厳しい宇宙予算の中で、2種類のロケットを保有・維持することは大変だ。このため固体ロケットは2006年に高価格を理由にいったん廃止されたこともある。
だが、すぐに息を吹き返す。政治家などが「安全保障上の重要性から、固体ロケットの技術を失ってはならない」と強く求めたためだ。その後、廃止したロケットに代わって、「イプシロン」の開発が始まった。
ただ、日本はロケットに関してこうしたことは表立って言わず、打ち上げビジネス参入を強調してきた。「宇宙の平和利用」を掲げてきたことや、近隣諸国への刺激を抑えるためだ。ロケットを打ち上げると、すぐに韓国や中国などから「日本がミサイルを発射した」と批判されることも続いた。ロケットとはそういう技術なのだ。
だが、2種類のロケットを保有しているとはいえ、今の日本はその価値を生かせない状況にある。「イプシロン」は失敗原因を調査解明中。「H3」は技術トラブルで完成予定が遅れ続けている。
今回の失敗に関する反応で目立ったのは、世論の風当たりが、以前ほど強くないことだ。
私は30年以上にわたって宇宙開発を取材しているが、前回の2003年の「H2A」失敗までは、「税金の無駄使い」「海の藻屑になった」などとかなり厳しく批判された。
昭和、平成時代には、一般の人々の間では「ロケットよりも福祉や医療にお金を回すべき」という声が強く、打ち上げ失敗に対する世の中の目は厳しかった。
だが、今回は「技術者が委縮しないように」などと技術者を支援したり、早く再開を訴えたりする声もSNSなどで目立つ。
一人ひとりが情報を発信できる時代になり、ロケットに限らず、技術者の苦労や本音などが表に出てきやすくなったことや、ロケットの重要性が人々に伝わりやすくなったことがもたらした変化なのかもしれない。
現在の若い世代はロケットの打ち上げ失敗をリアルタイムで知らないこともあるだろう。ロケットは必ず成功するものと考えている世代にとっては、19年ぶりの失敗、「指令破壊」というバズワードめいた言葉が、新鮮に響くのかもしれない。
問題はいつロケットの打ち上げを再開できるかだ。
前回の2003年の「H2A」失敗時には、打ち上げ再開まで1年3カ月を費やした。JAXAの原因解明結果などを基に、文部科学省の有識者会議が調査報告書をまとめたのは、失敗から4カ月後。だが、その後、政府内の手続きに時間を取られる。
有識者を集めた検討会が、文科省に新たに2つ設けられ、内閣府も会議で検討した。そうした場所での審議に時間がかかった。
議論は公開で行われたので、私も傍聴取材を続けた。だが、同じ説明資料を用い、同じような議論が繰り返され、責任逃れと時間稼ぎをしているように見えた。
役所も有識者も、ロケット打ち上げ再開のお墨付きを与えた後で再び失敗するようなことがあれば、自分たちの責任が問われる、と心配しているようだった。それが嫌で互いに判断を押し付けあっているように感じた。
今回はそうした責任逃れを排し、技術課題を解決したら早く判断すべきだろう。
もっと技術を磨く必要もあるだろう。
今回の「イプシロン」と、前回の「H2A」には、どちらも6回目の打ち上げでの失敗という共通点がある。慣れによる気のゆるみがあった可能性がある。
2003年の失敗時に「H2A」に搭載されていたのは、事実上の偵察衛星である情報収集衛星2基。情報収集衛星は北朝鮮のミサイル発射をきっかけに導入された。その衛星を2基同時に失ってしまったマイナスイメージは大きかった。
その後、情報収集衛星の打ち上げ中断が3年近く続いたため、イスラエル政府が日本政府に対して、「ウチのロケットで打ち上げませんか」と言ってきたこともある。
今回の「イプシロン」も、固体ロケットという技術的特性もあり、マイナス効果は大きい。迅速な原因究明によって、再開への道筋をつける必要がある。
昔の話になるが、「イプシロン」の前身のロケットを開発していた1960年代には、年間30回近くも打ち上げることもあった。失敗も数多かったが、それでもとどまることなく次々と挑んだ。
「日本のロケット技術を確立させる」という大目的のための特例期間ならではのことだろうが、いったん開発すると急速に政治や行政の関心が薄れていく。
現在の宇宙政策の議論を見ていると、「ロケット技術は確立した」として、さまざまなビジネスモデル、コストダウン策、海外への売り込み、技術流出防止策、法律などが論じられることが多い。
それらも重要なことだが、技術がきちんとできていなくては、目的を達成できない。
ベテランロケットエンジニアが以前からぼやいていた。
「一体、いつからロケットを作る人よりも、ロケットを論じる人のほうが多くなってしまったのだろうか……」
できる限り空白期間を作らないことが、安全保障の面でも、日本の存在感を示すという意味でも大事だ。
———-
———-
(ジャーナリスト 知野 恵子)