「餃子の王将」社長射殺容疑で逮捕された“ヒットマン”の素性…そして創業一族が抱える闇

「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん(当時72)が本社前で射殺されてから8年10カ月。迷宮入りが囁かれていた事件は急転直下の逮捕劇につながったが、真相は解明されるのか。 ■異色の大卒、元サラリーマン 京都府警は28日、別の銃撃事件で服役している特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部の田中幸雄容疑者(56)を殺人と銃刀法違反の疑いで逮捕した。田中容疑者は大卒の元サラリーマン。20年ほど前に裏社会に足を踏み入れた異色の経歴の持ち主だ。武闘派ながら、組織に尽くすインテリヤクザだという。 凶器に使われた25口径の自動式拳銃は、手のひらサイズで殺傷能力が低く、銃撃にはスキルを要するため、当初から「プロの仕業」との見方が強かった。犯行は計画性がうかがわれ、発射音を聞いたり、現場を目撃した人もいなかったため、捜査は難航していた。 田中容疑者逮捕の端緒となったのは、現場近くの路上に捨てられたたばこの吸い殻に付着していたDNA型が田中容疑者のものと一致したことだ。事件発生から2年が経過した2015年12月だった。捜査の進展を受け、王将側は反社会的勢力との関係を調査するため、第三者委員会を設置。16年に公表した報告書では、創業家一族と密接なつながりのある人物の存在が浮かび上がった。事件のキーマンとみる向きもある。 ■倒産寸前の王将を救ったのが大東隆行さん 「福岡県出身の創業者の加藤朝雄氏と同郷で、不動産業やゴルフ場を営むA氏です。40年以上の親交があった。新店舗進出時は何かと力になり、手続きや近隣との権利関係、トラブル処理なども含め、朝雄さんを支えてきた。1993年に朝雄さんが亡くなり、雇われ社長を挟んで94年に長男潔氏が3代目に就任してからも、金庫番だった次男の欣吾さんとともにA氏を頼り切っていた。それが260億円にのぼる巨額の不透明な取引につながっていった。潔社長は90年代後半、子会社を通じてA氏が経営する福岡県のゴルフ場運営会社に88億円もの資金を融通したのですが、半分ほどしか回収できなかった。にもかかわらず、A氏との間で計14件もの不動産取引を行い、そのうち170億円超が回収不能になった」(王将関係者) 王将の有利子負債は452億円まで膨らみ、倒産寸前に陥った。長男と次男はその後、デタラメ経営の責任を取って辞任した。 潔氏がゴルフ場運営会社に資金を回した際、子会社の社長を務めていたのが大東氏だった。創業者の妻の実弟にあたる大東氏が2000年に4代目社長に就任すると、業績はV字回復。ボロボロだった王将を上場企業に育てあげ、「中興の祖」と呼ばれた。13年の売上高は社長就任時の2倍になった。
「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん(当時72)が本社前で射殺されてから8年10カ月。迷宮入りが囁かれていた事件は急転直下の逮捕劇につながったが、真相は解明されるのか。
■異色の大卒、元サラリーマン
京都府警は28日、別の銃撃事件で服役している特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部の田中幸雄容疑者(56)を殺人と銃刀法違反の疑いで逮捕した。田中容疑者は大卒の元サラリーマン。20年ほど前に裏社会に足を踏み入れた異色の経歴の持ち主だ。武闘派ながら、組織に尽くすインテリヤクザだという。
凶器に使われた25口径の自動式拳銃は、手のひらサイズで殺傷能力が低く、銃撃にはスキルを要するため、当初から「プロの仕業」との見方が強かった。犯行は計画性がうかがわれ、発射音を聞いたり、現場を目撃した人もいなかったため、捜査は難航していた。
田中容疑者逮捕の端緒となったのは、現場近くの路上に捨てられたたばこの吸い殻に付着していたDNA型が田中容疑者のものと一致したことだ。事件発生から2年が経過した2015年12月だった。捜査の進展を受け、王将側は反社会的勢力との関係を調査するため、第三者委員会を設置。16年に公表した報告書では、創業家一族と密接なつながりのある人物の存在が浮かび上がった。事件のキーマンとみる向きもある。
■倒産寸前の王将を救ったのが大東隆行さん
「福岡県出身の創業者の加藤朝雄氏と同郷で、不動産業やゴルフ場を営むA氏です。40年以上の親交があった。新店舗進出時は何かと力になり、手続きや近隣との権利関係、トラブル処理なども含め、朝雄さんを支えてきた。1993年に朝雄さんが亡くなり、雇われ社長を挟んで94年に長男潔氏が3代目に就任してからも、金庫番だった次男の欣吾さんとともにA氏を頼り切っていた。それが260億円にのぼる巨額の不透明な取引につながっていった。潔社長は90年代後半、子会社を通じてA氏が経営する福岡県のゴルフ場運営会社に88億円もの資金を融通したのですが、半分ほどしか回収できなかった。にもかかわらず、A氏との間で計14件もの不動産取引を行い、そのうち170億円超が回収不能になった」(王将関係者)
王将の有利子負債は452億円まで膨らみ、倒産寸前に陥った。長男と次男はその後、デタラメ経営の責任を取って辞任した。
潔氏がゴルフ場運営会社に資金を回した際、子会社の社長を務めていたのが大東氏だった。創業者の妻の実弟にあたる大東氏が2000年に4代目社長に就任すると、業績はV字回復。ボロボロだった王将を上場企業に育てあげ、「中興の祖」と呼ばれた。13年の売上高は社長就任時の2倍になった。