王将フードサービスの本社(京都市山科区)から約2キロ離れた京都府警山科署。3階講堂の捜査本部には、壁一面の棚に捜査資料がぎっしり並べられている。
発生から9年近くで、府警が投入した捜査員は延べ26万人以上。殺人容疑などで逮捕した特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部、田中幸雄容疑者(56)は早くから捜査線上に浮上していたが、着手に踏み切れなかった。
「もっと早く動けたはずだった」。ある捜査幹部はそう言って唇をかむ。
初動捜査につまずきがあった。
2013年12月19日、社長だった
大東
(おおひがし)隆行さん(当時72歳)が射殺された現場周辺の複数の防犯カメラには、実行犯が乗っていたとみられるバイクが走り去る様子が映っていた。府警は、映像を順番にたどる「リレー捜査」で行方を追ったが、途中で見失った。
周辺を集中的に捜索し、乗り捨てられたホンダ・スーパーカブを見つけたのは事件発生から4か月たった14年4月。防犯カメラ映像で最後に確認された場所から100メートルほどしか離れていないアパートの駐輪場だった。スーパーカブのハンドルから銃を撃った際に残る硝煙反応が検出されたが、時間が経過していたため、周辺の防犯カメラの映像記録はすでになく、乗り捨てた人物を特定できなかった。
捜査幹部は「事件直後にバイクを見つけていれば、実行犯の足取りを追うことができたはずだ」と語る。
スーパーカブは事件2か月前に京都府城陽市で盗まれていた。発見場所の駐輪場近くにはミニバイクも乗り捨てられており、同じ日に京都市内で盗まれていたものだった。ミニバイクについては、軽乗用車から降りた男が盗む様子が防犯カメラの映像に残っていた。車のナンバーは福岡県・久留米。事件当時の名義人の周辺を調べる中、その知人として田中容疑者が初めて浮上した。
しかし、この頃には軽乗用車は別人名義に変更され、所在不明になっていた。府警が廃車寸前になっていた軽乗用車を九州で見つけたのは16年春。車内を検証したが、容疑者につながる証拠は残っていなかった。
捜査が大きく動きそうになった時期がある。15年6月頃、現場から採取していたたばこの吸い殻から検出されたDNA型が、軽乗用車の名義人の知人である田中容疑者のものと一致。捜査本部は沸き立った。
府警は、田中容疑者が所属する工藤会の捜査にノウハウがある福岡県警と情報交換を進め、16年初め頃に合同捜査本部を設置する方針がいったん決まった。しかし、県警との調整がつかず、棚上げになった。
府警は当初、バイクの窃盗事件を突破口に真相解明につなげるシナリオを描いていた。しかし、バイクの窃盗罪は20年10月に公訴時効が成立。この頃、府警内部では「迷宮入り」という言葉を口にする幹部もいた。
では、なぜ9年近くを経て逮捕に至ったのか。
決め手の一つが吸い殻の新たな鑑定結果だ。
DNA型が一致したものの現場に第三者が持ち込んだ可能性を排除できないことが課題だった。そこで、府警は火災の専門家に鑑定を依頼。「湿った路面で消され、その場所は現場と推定できる」との見解を最近になって得た。事件当時、現場の路面は雨でぬれていた。田中容疑者が事件時に現場にいたことを示す有力な状況証拠と判断した。
さらに複数の捜査幹部は、検察を含めた捜査態勢の強化を理由として挙げる。
今年4月、18~20年に府警と捜査にあたった京都地検の元刑事部長が、上級庁にあたる大阪高検の刑事部長に異動した。13~15年に福岡地検小倉支部に在籍し、工藤会を壊滅させる「頂上作戦」を指揮した人物だ。高検刑事部長は、重大事件の捜査方針を判断する最高検と現場の地検をつなぐ。王将事件と工藤会を熟知した人物がそのポジションについた。
府警と福岡県警も連携を深め、28日、ほぼ7年越しで合同捜査本部の設置を果たした。
しかし、直接証拠がないことに変わりはない。田中容疑者は黙秘している。警察と検察の威信をかけた全容解明への道のりは険しい。