自宅に犬221頭、近隣苦情…各地で相次ぐ多頭飼育崩壊、なぜ?

ペットの繁殖をコントロールできなくなる飼い主が全国で後を絶たない。世話が行き届かなくなり、「虐待」と認定されるケースもある。好きで飼い始めたはずなのに、どうしてこんな事態を招いてしまうのか。千葉県内で起きた事件から考えた。【近森歌音】
保健所が繰り返し指導したが
同県八街市の自宅で221頭の小型犬を不衛生な環境で飼育し、4匹を衰弱させたとして、60代の女性が9日、動物愛護法違反(愛護動物の虐待)の罪で略式起訴された。6月に県警が書類送検していた。
3月に県警の捜査員たちが女性宅を訪れると、犬たちの体は排せつ物にまみれ、結膜炎などの影響で涙を流している犬もいた。繁殖制御や個体数の把握ができなくなるほどにペットが増えることを「多頭飼育崩壊」と言う。飼い主の女性はこの状態に陥っていたとみられている。
犬たちはどのようにして200頭を超える数まで増えたのか。県警や捜査関係者への取材をベースに、経過を振り返ってみたい。
繁殖が始まったのは約20年も前のことだ。もともと雄犬を飼っていたところに、雌犬を譲り受けた。
その後、雌犬が死んだことで、小型犬のシーズーの雌をペットショップで購入した。避妊手術をしなかったことから約半年後に妊娠。ここから少しずつ犬が増えていった。
女性は11年に現在の住所に転居した。この時点で飼い犬は20頭を超えており、鳴き声や悪臭に対する苦情が近隣住民から相次いだ。このエリアを管轄する印旛保健所が繰り返し女性を指導したが、改善しなかった。
それから10年。飼い犬の数は約10倍にまで膨れ上がり、とうとう捜査のメスが入った。
動物に対する「愛情」はあった
捜査関係者によると、女性は調べに対し、避妊手術をしなかった理由について「収入が少なく余裕がなかった」「昔飼っていた犬を避妊手術で失ったので犬を死なせたくなかった」などと話したというが、供述内容の真偽は分からない。一方で「ほとんどの時間を動物の世話に費やしていたが、苦ではなかった」とも述べたという。少なくとも、動物への「愛情」は持っていたものと思われる。
本人に確かめようと女性宅を訪れたが、直接会うことはできなかった。犬たちは保健所に引き取られ、女性宅の周辺は穏やかさを取り戻していたが、近所の住民たちも一様に口を閉ざした。
30メートル先でも鼻を突く異臭
そんな中、昨年10月から女性と繰り返し話し合いをしてきた人物に話を聞くことができた。同県市川市の動物保護団体「ガンドッグレスキューCACI」の金子理絵代表だ。別の保護団体を介して問題を知り、女性と交渉することになったという。
金子さんは「このままでは女性にとっても犬たちにとっても良くない」との思いから、犬を手放すよう説得した。だが、女性は「自分にとっては子どもだ」と譲らなかった。約30メートル離れた場所でも鼻を突く異臭がしていたが、女性は気にする様子もなかった。「利己的な愛情、物に対する執着のようなものを感じた」と振り返る。
多頭飼育崩壊が疑われる事件は県外でも相次いでいる。
福岡県警は9月、飼育しきれなくなった多数のミニチュアダックスフントを公園や路上などに置き去りにしたとして、北九州市戸畑区の40代の夫婦を逮捕した。群馬県でも同月、劣悪な環境で約30頭の犬を飼育したとして、60代の男性が逮捕された。こうした事件が起きる背景には何があるのだろうか。
「アニマルホーダー」という病気の可能性
「多頭飼育者になってしまう人は、精神疾患の可能性がある」
こう指摘するのは、公認心理師として心の病を抱える人のカウンセリングに取り組んできた矢野宏之さんだ。
矢野さんによると、物を捨てることができなくなる「ためこみ症(ホーダー)」という病気がある。日本ではあまりなじみのない病名だが、アメリカ精神医学会は独立した精神疾患と位置づけている。このうち、特に動物をため込む人は「アニマルホーダー」と呼ばれる。①収集する②管理できない③捨てられない――の三つ全てが当てはまるかどうかが診断基準となっている。
発症のきっかけとなるのは「喪失体験」だ。「これ以上失いたくない」との思いから、ため込みを始めることが多い。対象物と引き離されることに強い拒絶感を示すのも特徴で、矢野さんは「たとえ紙くずであっても、自分の子どもや恋人に抱くような執着心を持っている」と説明する。
ためこみ症は治療により改善できる可能性があるが、日本では認知度が低いことが課題だ。患者本人は自分が病気だと認識することが難しいため、自ら病院に来ることがほとんどない。
矢野さんによると、10代前半の思春期に病気の兆候が表れ、徐々に進行することも分かっている。矢野さんは「症状がひどくなり地域で問題になる前に家族などが異常を察知し、外部に相談することが望ましい」と話す。