近年、特に2017年から日本においてもクルーズを利用する旅行者が着実に増えている。これは、クルーズ業界の長年にわたる啓もう活動や事業継続の成果であるとともに、観光立国を標ぼうした日本政府の事業として訪日外国人を増やそうとする流れも影響している。国土交通省が主導する大型客船の寄港誘致がその1つだ。
奄美大島クルーズ寄港誘致はなぜ挫折したか
国土交通省が「島国日本」を訴求できる島嶼部(離島)を寄港地として支援すべく、寄港地開発のモデルケースとして16年から17年にかけて調査を実施したのが奄美大島と徳之島だった。その調査内容は、17年8月に「島嶼部における大型クルーズ船の寄港地開発に関する調査の結果(概要)」としてまとめられ、国土交通省のWebページで公開されている。
その奄美大島では、この調査を契機に大型客船の寄港誘致計画が持ち上がり、18年には奄美大島西部にある瀬戸内町(西古見地区)において、クルーズ寄港誘致を基幹とした観光整備方針が打ち出された。
この方針表明後から、西古見地区区長や元区長が地域活性の面から誘致推進への期待を示す一方で、自然保護団体などは大型客船誘致に反対する立場で活動を開始している。
瀬戸内町では、誘致に向けて解決すべき課題を話し合う検討協議会を18年10月から19年8月にかけて5回開催。誘致推進と反対のそれぞれから出た意見を集約し、8月10日には、客船寄港誘致を実施するために必要な条件をまとめた提言として、寄港計画を推進してきた瀬戸内町町長に提出した。
奄美新聞の報道によると、この提言では、次の7項目が提示されたという。
1. 自然環境・景観の保全・産業振興に向け専門家の意見を踏まえた適切な対策の検討
2. キャリングキャパシティー(環境容量)評価を含む観光管理計画策定・治安維持を含めた適正な旅客の観光管理の検討
3. 奄美のブランド向上のための諸施策の検討、および世界自然遺産推薦地への観光についての管理徹底の検討
4. 原則、加計呂麻島へのクルーズ船旅客入島を回避すること
5. 企画段階からの地元自治体・企業が参画できる仕組みの構築
6. 町民への計画周知、多様な意見を聴取する透明性のある組織づくりの検討
7. 協議会での委員の意見・要望について解決のための必要な措置を講じること
この提言を受けた瀬戸内町町長は「7項目の早期実現は困難」と判断し、8月23日に誘致計画の断念を発表した。その記者会見で瀬戸内町町長は、「町民への説明不足や民意が十分に反映されず」「配慮に欠けた事務手続きが行われたこと」「事実に基づかない内容が町民の間に浸透したこと」によって「対立の構図」ができてしまったと述べている(いずれも記者会見における瀬戸内町町長の発言)。
ここで「町民への説明不足」「配慮に欠けた事務手続き」が示す具体的な内容は、主に17年8月の国交省調査結果公表から、瀬戸内町が詳細を明らかにしないまま非公開で寄港誘致に向けた活動を進めていたこと、誘致を検討する協議会のメンバーを瀬戸内町が専任したこと、そして、19年2月の第三回検討協議会に唯一のクルーズ会社として参加したロイヤルカリビアンクルーズ(以下、RCL)による寄港誘致のプレゼンテーションが非公開で行われたことだ(住民の要望を受けて、プレゼンテーション資料は後日、瀬戸内町公式Webページで公開された)。
また、寄港するクルーズ会社が不明のまま検討協議会が進み、19年1月末になってようやく明らかになったものの、それが16年に奄美大島龍郷町に寄港計画を提示して(住民の反対を受け)拒否されていたRCLだったことも、住民の心象に大きく影響したはずだ。
今回の瀬戸内町客船寄港計画については、著名な文化人や大手新聞などが反対の立場で意見を表明している。例えば、アレックス・カー氏と清野由美の共著による「観光亡国論」(中公新書ラクレ)の一部を再編集してPRESIDENT Onlineが掲載した「『クルーズ船で観光振興』はとんでもないウソだ」や、彼らが参照情報として挙げている産経新聞の「【異聞~要衝・奄美大島(上)】『中国にのみ込まれる』大型クルーズ船寄港計画の裏に…」などがある。これらの記事は次の点で奄美大島寄港計画を危険視している。
・大型客船が係留できる大規模埠頭の建造は環境を破壊し多額の税金を浪費する
・外国資本の大規模免税店だけが利益を得る「ゼロツーリズム」になる
・中国人の大集団が上陸するのはオーバーツーリズムや治安維持上の問題がある
・大型客船が着岸できる大規模岸壁を奄美大島に作ると中国海軍に利用される
しかしこれらの記事は、“事実に基づかない内容”や臆測が多く、この問題を考察するための参考情報とするには適していない。そのように評する理由について簡潔に解説すると次のようになる。
・実際のクルーズ事例や国交省調査、RCLの計画案やこれまでの実例から、陸地に直接接岸する埠頭や旅客ターミナルをはじめとする大規模施設を建設するのではなく、沖合に錨泊してテンダーで上陸するか、陸地からの連絡橋で接続した橋形状の短い桟橋を設ける
・実際のクルーズ事例とRCLの計画案から地場製品を中心に販売するショップを設ける
・テンダーによる分散上陸(時間も場所も)とするなど上陸人数は制御可能
・占領後に港湾拠点とするなら軍事ロジスティック用の大規模施設や道路のための平地も必要だが、その余地は計画予定地にない(※ただし、この計画とは別に日本側で軍港や関連施設を整備した場合、状況は異なる)
“事実に基づいた内容”で考察する寄港誘致の問題点
奄美大島の大型客船寄港誘致計画において、客観的な参考資料としては、第三回検討協議会でRCLが提示したプレゼンテーション資料(以下、RCL資料)と、「奄美の自然を守る会」が提示した計画反対を訴えるプレゼンテーション資料(以下、奄自資料)、そしてこの誘致計画のきっかけとなった国土交通省の「島嶼部における大型クルーズ船の寄港地開発に関する調査の結果」(以下、国交省資料)がある。
さらに、世界自然保護基金(以下、WWF)ジャパンが2019年4月20日と21日に実施した、生物調査や地元住民に対する聞き取りの結果を踏まえた要望書(鹿児島県瀬戸内町西古見周辺海域の重要性と、大型クルーズ客船の寄港地開発見直し、及び住民参加型の保全観光利用計画づくりに関する要望)は、この寄港計画による環境影響や地域住民の意見を客観的に示した資料といえる。
大型客船用の係留施設としては、国交省資料やRCL資料にあるように、浮桟橋もしくは鉄骨で構築する桟橋を設ける可能性が高い。ただ、国交省資料にある「総トン数22万トンの客船」を想定した桟橋の長さは180メートルとなっており、これはこれで大規模な構造物といえる。
一方で、このような場所に寄港する場合、本船は沖に錨泊してテンダーを用いて上陸するケースが一般的である。この場合、桟橋の長さはさらに短くて済み(複数のテンダーが同時に接岸する場合でも、この3分の1で十分)、上陸に伴う入出国手続きは船内に設けた施設を用いるので数千人を収容する大規模な旅客ターミナルも不要だ。
RCL資料や同社が整備してきた寄港地の実例から推察するに、寄港予定地のすぐ近くにクルーズ客専用で周囲から隔離したプライベートビーチ施設を設け、その周辺にクルーズ客専用のショッピング&レストラン施設を建設する可能性は高い。なお、RCL資料では、地元住民を雇用し、ショッピング&レストラン施設では地場製品と地場食材を扱うとしている。
客船寄港に伴う環境負荷と「世界自然遺産登録」との関係
RCL資料ではクルーズ船客が立ち入れるエリアを制限することで、数千人規模の観光客が集中することによる弊害を回避するとしている。とはいえ、数千人規模の人間が定期的に滞在することは、地域社会や住民、そして環境に大きな負荷をかけることに違いはない。
沖縄や先島諸島などで大型客船(総トン数10万トン超、船客数船員規模)によるクルーズを実施している企業では、このような“観光負荷”を回避する方法として、先に述べたようなテンダーによる上陸人数の制限や上陸先の分散、滞在時間のシフトといった取り組みを始めている。ただ、RCL資料では、このような上陸人数のコントロールについて言及していない。
なお、大型客船そのものが排出する環境負荷については、2020年施行に向けた環境規制(使用燃料の硫黄分を従来の3.5%から0.5%以下に)への対応などで負荷の軽減が実現する。同様に、バラスト水管理条約の17年9月発行により、ほとんどの新造大型客船ではバラスト水の浄化装置が義務付けられている。生活排水や機関冷却水、ごみについても国際環境基準を満たす水質に処理した後、寄港中は船内に保存し、出港後、沖合(多くの場合10浬以上)にて排出する。
寄港誘致に伴う大型客船接岸用の大規模埠頭や港湾設備の建設の可能性は低く、観光客の過度な集中による弊害は制御可能で、大型客船の寄港による環境負荷は新しい法規制によって軽減されつつある。しかし、それでも環境に負荷を与えることには変わりなく、かつショッピング&レストラン施設の建設、プライベートビーチの整備も必要だ。RCL資料では、遊歩道やステージの設置も訴えている。
国交省の資料では、瀬戸内町の寄港計画予定海域において、池堂地区には国立公園区域に指定される海域陸域はないものの、薩川湾、瀬戸崎地区は海域が普通区域に含まれ、瀬戸崎の陸域は第2種特別市域に重なるとしている。
さらに、WWFジャパンの調査では、寄港地想定海域の1キロ以内に多くの造礁サンゴの群集を確認し、狭い湾内を寄港地とすることで、水質や海流の変化による環境破壊のリスクが高まるとしている。また、鹿児島大学国際島嶼教育研究センターが19年5月に実施した調査によって、世界では奄美大島だけに生息するアマミホシゾラフグの産卵巣が確認された。さらに、WWFジャパンが環境調査と合わせて実施した住民への聞き取りで、地元住民で誘致を望む声は皆無であったこと、瀬戸内町対岸にある加計呂麻島で島民の6割以上が計画見直しを求めていることも報告されている。
これらの調査結果は、いま進めている奄美大島地域を含めた南西諸島の世界自然遺産登録において必須となる、「貴重な自然と野生生物の保全」「地域住民への十分な配慮と合意の形成」がクリアできていないことを示している。これについてWWFジャパンは、「世界自然遺産への登録を、危ういものにする大きな要因といえる」と瀬戸内町に提出した要望書の中で警告している。
地元の賛同があってこそクルーズ船は寄港できる
今回の寄港誘致計画に反対している奄自資料やWWFジャパンも、クルーズによる観光振興そのものを否定しているわけではない。奄自資料では、大型客船ではなく小型客船によるエコクルーズを意識した寄港を提案し、WWFジャパンの要望書では自然環境に与える悪影響を防止するために科学的評価による受け入れ枠の設定や、情報公開による地域住民への周知と合意形成を訴えている。一方で、瀬戸内町町長は、計画断念の記者会見で「クルーズ寄港誘致は継続していく」と発言している。
奄美大島の入り組んだ海岸線が生み出す豊かな自然は、以前から日本の客船を利用してきた船客や、豊富なクルーズ体験を有するヨット乗りたちから高い評価を得ている。そして、最近のクルーズに対する嗜好は、従来のパッケージツアー的な集団による観光から、探検クルーズや異文化体験にシフトしている。これらのことから、奄美大島海域に対する寄港意欲は今後も高まる可能性は高い。
その奄美大島の自然と地域住民の歓迎があってこそ、よりよいクルーズが実現できる。そして、今回の誘致計画で表面化した問題や懸念について、解決できる方策は技術的に確立している(大型客船であっても上陸する人数は制御できるし、ラグジュアリー客船に乗る富裕層がより良い船客であるとは限らない)。RCLであってもそれ以外のクルーズ企業であっても、奄美大島への寄港を考えるなら、まずはWWFジャパンが掲げた要望項目に対して十分に配慮すべきだろう。