「事件記録は国民の財産」 神戸殺傷遺族の土師守さん、廃棄防止訴え

1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件や2004年に長崎県佐世保市で起きた小6女児殺害事件といった、重大少年事件の記録が各地の裁判所で廃棄されていた問題。最高裁は、適切な保存のあり方を見直すため、有識者会議を設置し、関係者から意見聴取を重ねている。14日にこの聞き取りに臨む連続児童殺傷事件の遺族、土師(はせ)守さん(66)は「事件記録は国民の財産。最高裁は検証を進めて再発防止につなげてほしい」と訴える。
「事件記録の廃棄が被害者や遣族にとってどれほど衝撃だったかを知ってもらい、記録を保存する意義について再考してほしい」。事件で次男の淳さん(当時11歳)を失った土師さんはそう語気を強める。
22年10月。連続児童殺傷事件の記録を神戸家裁が廃棄していたことが明るみに出た当初、家裁側は廃棄の経緯について調査せず、遺族への説明なども「行う予定はない」と突き放す対応をとった。木で鼻をくくったような対応に土師さんの動きは早かった。家裁側に廃棄の経緯について調査を求める要望書などを提出し、記者会見して「なぜこのようなことが起きたのか検証してほしい」と訴えた。
最高裁は内規で、少年事件の記録は一般的に少年が26歳になるまで保存すると定める一方、社会の耳目を集めた事件では永久的に保存するとする。連続児童殺傷事件は、発生時に国内外で報じられ、少年法厳罰化の端緒になったとも位置づけられる重要事件だ。「事件記録の廃棄などあり得ない。普通の組織なら許されない」。土師さんは今も怒りをにじませる。
制度化後も閲覧権利ないまま
事件では当時14歳の男性(40)が殺人容疑などで逮捕され、少年審判を経て医療少年院送致となった。その過程で、事件に至るまでの男性の内面や成育歴などを記した膨大な資料が集められたとされる。だが、土師さんはこれらの記録も審判も見たことがない。
少年事件は00年代の法改正で、被害者遺族が望めば事件記録を閲覧したり審判を見たりできる制度が段階的に整った。しかし、連続児童殺傷事件はこれらの制度が整う前で土師さんは事件記録を閲覧する権利がないままだ。
「事件記録が残ってさえいれば、いずれ法改正が進み、私も事件記録を見られるようになるかもしれないという希望はあった。だが、廃棄で息子がなぜ殺されなくてはならなかったのかを知ることができなくなった」
神戸連続児童殺傷事件以外にも、佐世保の小6女児殺害事件や京都・亀岡の暴走事故(12年)といった社会の耳目を集めた重大少年事件の記録が各地の家裁で廃棄されていたことが判明。最高裁は、神戸家裁の元職員からも廃棄の経緯について事情聴取し調査を進めている。
「事件記録は国民の財産。少年事件の刑事手続きにどのように被害者は参加できたのかという視点からも、当時の事件記録は研究資料になり得た。被害者支援の観点からも事件記録を保存する意味はあったはずだ。最高裁は被害者支援の専門家にも話を聞いてもらいたい」
最高裁の調査に土師さんが求めているのは、個人の責任追及ではないという。「経緯をまずは検証してほしい。内規が守られるような組織を築くためにも、最高裁は調査結果を公表すべきだ。そしてまた同じことが起きないよう、今後の方針や抱負を被害者に説明してほしい」【村田愛】
はせ・まもる
1956年生まれ。兵庫県出身。神戸大医学部卒。放射線科医。著書に事件の翌年に出版した手記「淳」(新潮社)。公益社団法人「ひょうご被害者支援センター」理事。
「資料に過ぎない」考え、まん延か
最高裁は現在、記録が廃棄された少年事件52件に加えて、重要な憲法問題を扱った民事事件35件の記録が廃棄された経緯も調べている。今後、4月をめどに検証報告書の形で調査結果を公表する方針だ。
最高裁は2020年に民事・少年・家事事件の記録について、主要日刊紙2紙以上が報道▽最高裁判例集に掲載される――などの場合は特別保存とする運用を全国の裁判所に通知した。それ以前は、特別保存についての最高裁の内規や通達が「社会の耳目を集めた事件」と具体的な基準を示しておらず、重要民事事件の記録廃棄が問題となったためだ。最高裁が今回調査している計87件は大半が20年通知以前に廃棄された疑いが強く、各地の裁判所が事件内容を深く吟味せずに廃棄した可能性がある。
また、少年事件の記録廃棄については、少年法の趣旨が影響した可能性がある。同法は少年の更生や福祉に重きを置き、検察官送致(逆送)となって事件が公開の法廷で審理されない限り、家裁の調査や少年審判の内容は非公開となる。神戸連続児童殺傷事件や佐世保小6女児殺害事件はいずれも逆送ではなく保護処分で終結しており、記録は情報公開の対象外だった。このため、家裁の職員は記録の保存に対して意識が希薄だった可能性がある。
今回の廃棄問題が発覚して以降、大学教授らからは「裁判所は、記録が国民の共有財産という認識が乏しい」との批判が起きている。裁判所内で事件記録は判決や決定を書くための資料に過ぎないという考えがまん延していなかったか――。事件記録の意義をどう位置付けるのかが再発防止を目指す検証の焦点となりそうだ。【遠山和宏】