ヒゲあり、胸なし…でも子宮があったら「男」になれない 性別変更に「適合手術」の壁

元の「性」に戻したいーー。こう語るのは舞台俳優をしている冴瑪悠(さえば・ゆう=芸名)さん(45歳)だ。ホルモン投与で声は低くなり、ひげも生えている。手術で胸も切除した。直近の舞台でもらったのは「黒人男性」の役。社会では男性として生きている「彼」のマイナンバーカードには、それでも「女」の文字が記載されている。 ●「性同一性障害」の診断はあるのに…立ちはだかる壁 2004年に施行された性同一性障害者特例法で、裁判所に申し立てれば、戸籍上の性別変更が可能になった。しかし、条件がある。冴瑪さんのように「性同一性障害(性別不合/性別違和*注)」の診断を受けているだけでは足りず、規定されている5つの要件すべてを満たす必要があるのだ。 冴瑪さんが戸籍を「男性」にできないのは、生殖能力をなくす手術を受けていないためだ。つまり、まだ子宮と卵巣があるということ。手術ができる病院は増えたが、無条件に保険が適用されるわけではない。場合によっては100万円をこえる負担を余儀なくされることもあり、諦めざるを得ない人もいる。冴瑪さんも経済的な事情から踏み切れていない。 この「手術要件」が憲法に違反するのではないかと裁判で争われたことがある。最高裁は2019年に違反しないと判断したが、裁判官4人のうち2人からは「現時点では違憲とはいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない」との補足意見も出た。 2022年12月、あらためて15人の裁判官がいる大法廷で審理することが決まり、この要件について、新たな憲法判断が出る可能性に注目が集まっている。 ●国内初の手術を聞きカミングアウト、憔悴した母 冴瑪さんは、出生時と自認する性別が一致していない「トランスジェンダー」。出生時の性別は「女性」だが、自分自身のことは「男性」だと認識している。高校は女子校に通ったが、「ありのままの自分」ではいられなかった。病院で「性同一性障害」と診断されたのは、20年以上前。20代になるまでは、身体の性との不一致に悩み、違和感を抱き続けてきた。 「一歩踏み出そう」と決意したのは、1998年のこと。当時、怪我で入院していた冴瑪さんは、テレビのニュースで、国内初の性別適合手術が埼玉医科大学でおこなわれたことを知り、衝撃を受けた。同大学に足を運ぶことを決意し、これまで抱き続けてきた性別違和を母親に手紙で打ち明けた。 「母はショックを受けていました。1週間で体重が7キロ減り、髪は真っ白になって、死んでしまうのではないかと思ったほどです。『こんな風にあなたを産んでしまってごめんね』と謝罪されましたが、『それは違うよ』と伝えました」
元の「性」に戻したいーー。こう語るのは舞台俳優をしている冴瑪悠(さえば・ゆう=芸名)さん(45歳)だ。ホルモン投与で声は低くなり、ひげも生えている。手術で胸も切除した。直近の舞台でもらったのは「黒人男性」の役。社会では男性として生きている「彼」のマイナンバーカードには、それでも「女」の文字が記載されている。
2004年に施行された性同一性障害者特例法で、裁判所に申し立てれば、戸籍上の性別変更が可能になった。しかし、条件がある。冴瑪さんのように「性同一性障害(性別不合/性別違和*注)」の診断を受けているだけでは足りず、規定されている5つの要件すべてを満たす必要があるのだ。

冴瑪さんが戸籍を「男性」にできないのは、生殖能力をなくす手術を受けていないためだ。つまり、まだ子宮と卵巣があるということ。手術ができる病院は増えたが、無条件に保険が適用されるわけではない。場合によっては100万円をこえる負担を余儀なくされることもあり、諦めざるを得ない人もいる。冴瑪さんも経済的な事情から踏み切れていない。
この「手術要件」が憲法に違反するのではないかと裁判で争われたことがある。最高裁は2019年に違反しないと判断したが、裁判官4人のうち2人からは「現時点では違憲とはいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない」との補足意見も出た。
2022年12月、あらためて15人の裁判官がいる大法廷で審理することが決まり、この要件について、新たな憲法判断が出る可能性に注目が集まっている。
冴瑪さんは、出生時と自認する性別が一致していない「トランスジェンダー」。出生時の性別は「女性」だが、自分自身のことは「男性」だと認識している。高校は女子校に通ったが、「ありのままの自分」ではいられなかった。病院で「性同一性障害」と診断されたのは、20年以上前。20代になるまでは、身体の性との不一致に悩み、違和感を抱き続けてきた。
「一歩踏み出そう」と決意したのは、1998年のこと。当時、怪我で入院していた冴瑪さんは、テレビのニュースで、国内初の性別適合手術が埼玉医科大学でおこなわれたことを知り、衝撃を受けた。同大学に足を運ぶことを決意し、これまで抱き続けてきた性別違和を母親に手紙で打ち明けた。
「母はショックを受けていました。1週間で体重が7キロ減り、髪は真っ白になって、死んでしまうのではないかと思ったほどです。『こんな風にあなたを産んでしまってごめんね』と謝罪されましたが、『それは違うよ』と伝えました」