回転寿司チェーン大手「スシロー」で、高校生の少年が醤油ボトル、湯呑み、寿司に唾液を付着させた事件について、関係者にどのような法的責任が問われるかが物議を醸しています。本記事では、一部始終を撮影していた「撮影者」について、道徳的責任はともかく、どのような法的責任が問われるのか、一切の感情を排し、現実の法律の規定および判例・学説を踏まえ、民事責任と刑事責任に分けて解説します。
前提となる「少年A」の法的責任
撮影者の民事責任を問う前提として、備品や寿司に唾液を付着させる行為を行った少年本人の法的責任の法的責任について解説します。
詳しい解説をご覧になりたい方は、2月10日の記事「【検証】『スシローペロペロ事件』で少年に『168億円の賠償責任』を問うことが無茶すぎるワケ 」をご覧ください。
なお、以下、便宜上、唾液を付着させた本人を「少年A」、撮影者を「撮影者X」と表記します。
まず、少年Aは不法行為に基づく損害賠償責任を負います(民法709条)。すなわち、「故意」によってスシローの「権利または法律上保護される利益を侵害」し、これによって「損害」を発生させています。
損害賠償の対象となる損害の範囲については、判例・学界の通説である「相当因果関係説」(民法416条参照)にしたがえば、スシローが醤油さしや湯呑みを買い替えたこと、店内の設備を掃除したこと、店舗のスタッフや社員が対応に追われたこと等が対象となります。
なお、現状、事件のせいで客足が遠のき売上が減少したという事実は確認されておらず、それによる損害の認定は困難です。
また、今回の件を契機として再発防止のためオペレーションを変更する場合、その費用は衛生管理の強化のためのものであり「損害」と認定するのは困難です。
さらに、「株価下落」「時価総額下落」につき100億円を超える賠償責任を問うべきと指摘する声も一部にみられますが、事実的因果関係の認定自体がほぼ不可能です。
少年Aの「刑事責任」については、「威力業務妨害罪」(刑法234条)と「器物損壊罪」(刑法261条)に該当します。
「撮影者X」の民事責任
まず、撮影者Xの民事責任については、民法上の共同不法行為責任(719条1項前段)が問題となります。
【民法719条1項前段】
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。
共同不法行為責任は、共同者各人の行為が独立に不法行為責任(民法709条)の要件をみたすことを前提としています。そのうえで、「関連共同性」があった場合に賠償責任を連帯して負うというものです。
したがって、問題となるのは、撮影者Xの行為が独立して不法行為の要件をみたすか否かです。
不法行為の要件は、今回の事件に即していえば、「故意または過失」によってスシローの「権利または法律上保護される利益を侵害」し、これによって「損害」を発生させたことです。
ただし、共同不法行為においては、因果関係は、他の共同者の行為と相まって結果を発生させたといえれば認められることになります。
そこで、撮影者Xの撮影も含む「行為」が、少年Aの「備品や寿司に唾液を付着させる行為」と相まって、スシローの損害を発生させたかが問題となります。
撮影する行為のみを単独でみると、それ自体がスシローに損害を発生させるものとはいえません。
したがって、A少年がモノに唾液を付着させる行為自体について、なんらかの心理的な意味での因果的寄与を及ぼしたかが問題となります。すなわち、A少年に動機を与えたり、A少年の行為を積極的に煽って勢いづかせたりしたという事情が必要です。
たとえば、事前に「少年Aが備品や寿司につばを付けるところを撮影する」という共謀があるならば、その共謀という行為と、スシローとの損害との因果関係が認められます。ただし、動画をみる限り、そこまでの共謀が事前にあったと認定するのは困難と考えられます。
もう1つ、因果関係が認められる可能性があるとすれば、少年Aがモノに唾液を付着させる一連の行為を行っている最中に「もっとやれ」などと煽り、それによって少年Aが調子に乗って行為をエスカレートさせた場合です。
しかし、これも、動画を確認する限りでは、そこまでの認定は困難といわざるを得ません。
以上からすれば、撮影者Xに対し民事責任を問うことは困難といわざるを得ません。
「撮影者X」の刑事責任
次に、撮影者Xの刑事責任です。
実際に今回の事件が刑事裁判にまで持ち込まれるかどうかは別として、前述の通り、少年Aの行為は「威力業務妨害罪」(刑法234条)と「器物損壊罪」(刑法261条)に該当します。
これに対し、撮影者Xは、唾液をモノに付着させるという実行行為をみずから行っていません。したがって、問題となりうるのは、共犯(共同正犯(刑法60条)、教唆犯(刑法61条)、幇助犯(刑法62条))です。
共犯が成立するには、結果発生に対し、少なくとも心理面で因果的寄与を及ぼしていなければなりません。
本件の場合、前述のように、共謀が事前にあったと認定するのは困難であり、かつ、積極的に煽ってエスカレートさせたと認めるのも困難です。したがって、民事責任と同様、刑事責任を問うことも困難といわざるを得ません。
なお、この点について「止めなかったのが悪い」という意見もあるかと思われます。
たしかに、刑法理論上、「不作為犯」という犯罪形式があります。しかし、今回の事件の場合、不作為犯として罪に問うことは無理筋です。
どういうことかというと、威力業務妨害罪と器物損壊罪は、いずれも、条文上、「作為犯」つまり積極的な行為を行う形式の犯罪として規定されています。しかし、撮影者Xは何ら作為を行っていません。この場合、判例・学説は、犯罪が成立するためには前提として「作為義務」が認められなければならないということで一致しています(このような場合を「不真正不作為犯」といいます)。
「作為義務」は拘束力・強制力をもつ法的義務なので、容易には認められません。単に、悪事を見て止めなかった程度では、認められないのです。
以上、今回の事件においては、撮影者Xの法的責任を問うことは、民事上も刑事上も、著しく困難といわざるを得ません。
なお付言しますと、今回の事件につき、「見せしめのために厳罰を科するべきだ」などという言説や、現実の法律や事実を無視したかあるいは勘違いに基づくいわゆる「オレ様法律論」の類いが、「Yahoo!ニュース」のコメント欄のみならず、ネット上に溢れています。
しかし、日本は法治国家であり、かつ、民法上の「過失責任主義」、刑法上の「罪刑法定主義」はきわめて重いものです。ましてや、個人の偏見や感情や気分で人が処断されるようなことはあってはなりません。また、誰にも「私的制裁」をする権利はありません。
中世以前の魔女狩りやリンチを肯定するような思考や言動は、厳に慎みたいものです。