今季、全国の鶏の1割超が殺処分に 鳥インフル猛威、養鶏農家は

「対策してきても、15年以上たっても抑え込めていないってね……」。2022年10月以降、高病原性鳥インフルエンザが全国で猛威を振るい、鶏などの殺処分数が過去最多を更新。鶏卵価格も過去最高になっている。「鶏卵王国」茨城で半世紀にわたって首都圏の食卓を支えてきた田中紘一さん(78)の鶏舎は初めての殺処分で空っぽになった。
半世紀かけて築いた養鶏場が
22年12月20日午前10時ごろ。茨城県笠間市で営む採卵養鶏場「田中鶏卵」の6棟ある鶏舎の一つで、成鶏170羽が死んだと従業員から連絡が入った。11月に約30キロ離れた養鶏場で約102万羽が殺処分されたばかり。「ひょっとして……」と脳裏をよぎった。午後には更に80羽が死に、翌21日に簡易検査で陽性が確認された。防護服を着た県職員らが2日かけて場内の全約10万6000羽を炭酸ガスで処分する間に田中さんができることはなかった。
養鶏農家で生まれ育ち、1970年ごろに独立して2000羽から始めた。半世紀かけて従業員9人を雇用し、1日9万~10万個の卵を出荷するまでになった。
ベテランとして県養鶏協会副会長も務め、感染対策は十分にしてきたつもりだった。鶏舎の天窓にカーテンを引いて野鳥やそのフンを遮断し、入る時は長靴を履き替える。敷地を出入りする車両を消毒し、定期的にネズミの駆除や消石灰の散布を行い小動物の侵入にも気を付けた。感染原因は農林水産省が分析中だ。「対策をしていたからこれまで防げたと思っていたが、出なかったのはたまたまなのかもしれない」とつぶやく。気が引けて協会の会合にはしばらく出ていない。
2月中旬、田中鶏卵では、従業員が鶏舎の消毒に追われていた。全棟を3回消毒し終え、更に複数回を予定する。しばらくは放心状態だったが、専務を務める長男に励まされ「壁などからウイルスが検出されないか(家畜保健衛生所の)検査で合格したら再開するつもり」と切り替えた。
4月と見込む再開に向け家畜保健衛生所の助言で、鶏舎に入る前に着替える「前室」を全棟に設けた。渡り鳥が飛来する秋までに、鶏舎の屋根に消毒液を噴霧する配管を通す計画だ。
見えない根本解決
それでも「また発生するのでは」と恐怖が消えないのは、鳥インフルエンザが国内で79年ぶりに発生した04年から20年近くたっても、根本的な解決策が見えないからだ。
今季の殺処分数は全国で1500万羽を上回り過去最多を更新している。その大半が採卵鶏で、全国で飼育されている約1億3729万羽(22年2月時点)の1割を超えた。全国最多の約1514万羽(同)を飼っていた茨城だけでも、3割近い約428万羽が既に処分された。長年低く抑えられてきた鶏卵卸値は3月、Mサイズ1キロ当たり平均337円(東京地区、9日現在)と、統計が公表されている93年以降で最高値に付けた。
揺らぐ「物価の優等生」の安定供給。田中さんは「ワクチンの使用を許可してほしい」と話すが、農水省動物衛生課によると、感染自体を防止するワクチンはまだ存在しない。発症抑制効果があるワクチンは4種類承認されているものの「症状が抑制されると発見が遅れ、感染が広がる可能性がある」として、防疫指針で使用を認めていない。
全国の養鶏農家らで作る日本養鶏協会では、国が中心となりワクチンの調査研究をするよう要請する動きが出ている。実はワクチン接種や開発を求める声は04年当時も業界を中心に上がった。同協会は、感染してもウイルスを出す量を大幅に減らすことができ、伝染病のまん延防止効果が期待できるとして、ワクチンの使用承認を求めた。だが、議論が進まないまま20年近くたった。
「安全な卵を安定して供給できるよう努力してきたけれど、不安もある。消費者にも実態を知ってほしい」。鶏や卵を埋却した敷地内の土は墳墓のように盛り上がったままだ。【森永亨】