あの飛鳥会事件の「カネの闇」も分析 メガバンクから転職した元財務捜査官が教えるリスクマネジメント

犯罪に悪用された金の流れを専門に調べる「財務捜査官」に転じ、警察で事件捜査に携わった元銀行員がいる。大阪府警で財務捜査官として10年間勤務した小林弘樹さん(53)。捜査の第一線で過ごす中で、企業や組織の一員として犯罪に手を染め、人生を狂わせた人々を目の当たりにしてきた。事件を未然に防ぎたいとの思いが強くなり、警察を退職。これまでのキャリアを生かし、民間の立場から、事件の芽を摘む活動を続けている。
新聞記事で人生一変
《財務捜査官募集》
平成10年1月のある朝、出勤前にふと目に留まった新聞記事が、小林さんの人生を大きく変えた。
財務捜査官は帳簿などの財務資料を読み込んで金の流れを分析する警察官。公認会計士や税理士、金融機関などで経験を積んだ人が対象で、詐欺や横領などの経済事件捜査に携わる。
当時、大手メガバンクの銀行員となって7年目。採用基準を満たしていた。縁もゆかりもない世界だったが、「損得を忘れて正しいと思うことに集中できる仕事なのでは」と感じた。大阪府警の財務捜査官採用試験を受けて合格し、同年6月に警察官となった。
経済事件を扱う「捜査2課」に警部補として着任し、詐欺事件の捜査に加わった。任されたのは事件を巡る金の流れをひたすらに追うこと。「1円単位の出入金まで正確に追い求める緻密さに驚かされた」。日々、学びの連続だった。
〝ババ〟を引いたのか
捜査の基本を身につけると、翌11年に暴力団などの組織犯罪を扱う部署に異動。ここで忘れられない事件を担当した。
大阪市の財団法人「飛鳥会」の理事長が、銀行から不適切な融資を受けていた事件。理事長は反社会的勢力とも関わりがあり、捜査の手は銀行にも及んでいた。小林さんは、理事長が法人の口座から多額の現金を着服していたことを裏付ける伝票を発見。理事長のほか、法人の経理担当として横領に関与した銀行の課長が逮捕された。
しかし、捜査の中で、過去に法人を担当し、府警から任意の聴取を受けていた別の行員が自殺。聴取では「組織のためにやったのになぜこんな目にあうのか」と嘆いていたと聞いた。
「組織内で〝ババ〟を引いてしまっただけで、違う人生があったのではないか」。捜査を終えても、やるせなさが拭えなかった。
選んだ第三のキャリア
財務捜査官としてのキャリアがちょうど10年となったのを機に、府警を退職した。警察は捜査して逮捕につなげるのが仕事だが、「もっと手前の段階で不正を断念させることができるのでは、という思いが芽生えた」。3年後、企業から社内の不祥事や取引相手の調査を請け負う会社を設立した。
社内での横領行為の実態解明や、新規の取引先の反社会的勢力との関わりの有無など、放置すれば大きな事件につながりかねない依頼が次々と舞い込む。警察とは違い、把握できる情報は限られるが、有価証券報告書などの財務資料や不動産登記、関係者へのヒアリングなどを通じてリスクをあぶり出す。
新たな投資先についての調査を求められ、取引状況や関連企業の住所地を手掛かりに反社会的勢力とのつながりを突き止めたことも。「間違った方向に進まずによかったです」。依頼者が安堵(あんど)の表情を浮かべた際の達成感はひとしおだ。
「金と物の流れから不正を見破る。それが今の自分に与えられた役割」。捜査に明け暮れた日々に培った経験を生かし、第三の人生を歩んでいる。(宇山友明)