「金丸脱税事件」異聞(25)大物政治家への検察捜査 歴代の法相はどう動いたか?【検察vs政界 経済事件記者の備忘録】

【検察vs政界 経済事件記者の備忘録】
「金丸脱税事件」異聞(25)
もうひとつの疑問は、金丸信に対する検察の捜査を知った法相の後藤田正晴、そして首相の宮沢喜一が、検察に対する指揮権を持ちながら、法務・検察に注文をつけた形跡がまったくなかったことだ。
検察庁法14条は「法務大臣は、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と定める。法相は捜査に口は出さないのが原則だが、国政上支障があると判断したり、検察が暴走して国民が被害を受けると判断したりしたときは、法相が検察のトップである検事総長に指揮権を発動して捜査を止めることができる。
実際に、政界捜査で法相が指揮権を発動し、捜査が不調に終わった例がある。1954年の造船疑獄事件である。吉田茂内閣の犬養健法相は、収賄容疑で当時の与党・自由党幹事長の佐藤栄作(のちに首相)の逮捕の了解を求めて佐藤藤佐検事総長が請訓したのに対し、指揮権を発動し、逮捕にストップをかけた。捜査は勢いを失い、佐藤を収賄容疑で逮捕することはできなかった。
世論はこれに猛反発。犬養は指揮権発動直後に辞任した。首相の吉田は世論の支持を失い、同年末に総辞職。政治の表舞台から退場した。以来、世論を背景に野党やマスコミは政治の側が捜査や公判に介入しないよう厳しく監視し、法務・検察人事についても、政権側が口出ししにくい雰囲気をつくってきた。
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とはいえ制度上は、政治家側が世論を無視してなりふり構わず指揮権を発動したら、刑事手続きは止まる。それが危惧されたのが76年のロッキード事件だった。
元首相の田中角栄が、首相在任中に、米国の大手航空機メーカー、ロッキード社の全日空に対する旅客機売り込みの口利きをし、その謝礼として5億円の賄賂を受け取った、として76年7月27日、東京地検特捜部に外為法違反容疑で逮捕され、その後受託収賄罪も併せて起訴された。
端緒は、「ロ社が、右翼の児玉誉士夫や丸紅など裏表のエージェントを通じ、日本の政府高官に巨額資金を提供した」とする、この年2月の米・上院公聴会でのロ社担当の会計士やロ社副会長の証言だった。報道各社は組織を上げて疑惑追及キャンペーンを繰り広げた。田中は74年暮れ、月刊文芸春秋の「金脈」報道で首相を引責辞任していた。ロッキード疑惑は、有権者の間でくすぶっていた田中に対する「金権」批判に火をつけた。