演芸や演劇に関わった人の中でも、アスベスト(石綿)関連がんの中皮腫になり、労災認定される人がいる。ただ、2月に労災認定された元芸能プロダクション社員の男性のケースで9件目と、建設業従事者らの認定数に比べるとごく少数にとどまる。専門家は「石綿は早くから劇場などで普及していた。気づかないまま石綿に接していた被害者はもっと多いのではないか」と指摘する。
芸能プロ退職後に中皮腫
芸能プロダクション「松竹芸能」(大阪市中央区)元社員、太田義光さん(73)=堺市東区=は2月、大阪中央労働基準監督署から労災認定された。1974年、松竹芸能に入社。演芸、テレビ番組制作などに携わり、芸能部長などを務めて2010年に定年退職した。21年5月、中皮腫を発症。医師の紹介で「アスベスト患者と家族の会連絡会」の古川和子さんの支援を受け、10月に労災を申請した。
太田さんは74~77年、大阪市の道頓堀角座や神戸市の神戸松竹座など3劇場を管理、差配した。漫才師が出演するコメディーの制作や番組録画、稽古(けいこ)に関する業務に携わった。3劇場はいずれも解体されて今はない。
認定までの調査は長引いたが、石綿を吸った原因として労基署は「劇場の建物に吹き付けられていた石綿、舞台のどんちょう(幕)や防火幕に含まれた石綿に74~77年にさらされた」と結論づけたという。
音響重視の施設は「密閉」
劇場は、多くの客を収容し、音響効果を考慮し密閉空間という特徴がある。厚生労働省の資料によると、一般的にホールや劇場などでは吸音のために石綿が多用された。舞台上の空間や客席の天井裏などにも吹き付けられているケースが多かった。放送局のスタジオや編集室などの壁や天井にも、吸音のため石綿穴あき板が使われているケースがあった。吹き付けられた石綿は劣化や補修によってはがれ、散らばりやすくなるという。
舞台の周りにいた太田さんは「セットが換わる度に大道具、小道具、照明の係が動き回り、ほこりを掃除していたが、私も進行させるために手伝うなどしていた。照明でほこりが舞っているのがよく見えた」と証言する。
ただ、太田さんも発症するまでは自身が、石綿との接点があるという認識はなかったといい、「まさか自分がという思いだった。今後は同業者らに気を付けるよう声をかけていきたい」と話している。
石綿による労災認定は年間1000件前後。その中で「映画放送舞台に関わる作業」では太田さんのケースを含めて5件目となる。劇団関係の4件を合わせても9件しかない。18年に労災認定された東京都の劇団の男性俳優のケースでは、舞台出演以外に、舞台の天井裏での裏方作業中に石綿にさらされた経歴が考慮された。具体的には、鉄骨に照明やどんちょうをつり下げたり、天井ボードに穴をあけてワイヤを通したりしていたという。
テレビ番組の司会者としても活躍した直木賞作家、藤本義一さん(1933~2012年)も中皮腫で亡くなり、遺族が原因を探したこともある。藤本さんはテレビ出演が多かったほか、大学時代に宝塚映画製作所で多くの脚本を書いていた。阪神大震災(95年)の被災地でボランティア活動をするなど、石綿とのさまざまな接点が考えられた。
建材に石綿が使われた多くの演芸、演劇、放送の関連施設は現在、解体されるか、石綿が除去されたとみられる。しかし、石綿を吸ってから中皮腫を発症するまでの潜伏期間は平均約40年。約60年を経て発症する場合もある。
民間団体「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」所長の名取雄司医師は「石綿は当初、耐火の目的よりも防音や吸音に優れているとして販売された経緯がある」と説明。その上で「音漏れ防止を重視する空間は換気も悪く、石綿粉じんが高濃度になる。芝居・音楽に熱心に打ち込んだ人や裏方も中皮腫になる可能性がある」と指摘する。【大島秀利】