※本稿は、YouTubeチャンネル「森永康平のビズアップチャンネル」の一部を再編集したものです。
【森永康平(以下、森永)】積極財政をやると国が破綻してしまう、と信じている方はまだまだ多いようです。その根拠としてよく使われるのが「ワニの口」です。
図表1のように、日本の財政は、まさに「ワニの口」が開くように、年々「歳入」と「歳出」の差が開いている、というわけです。
ただ、これは事実とは異なるということですね。
【会田卓司(以下、会田)】はい。日本の財政運営がガラパゴスな謎のルールに基づいているため、そのように見えるだけだと思います。
日本の財政には4つの謎ルールがあります。
1つ目は「国債の60年償還ルール」。60年間で国債を現金償還する、つまり完全に返済するというルールです。ただ、こうしたルールを持っているのは実は日本だけです。
国債は一度発行すると民間の資産となるものです。だから、他の国では、国債の償還期限が来ると、新たに国債を発行して、借り換えをしています。
このほうが世界では普通で、「60年償還ルール」のようなルールは存在しません。
【会田】さらに、日本では、財政が黒字になった時は、その半分を現金償還に回しなさいというルールがあります。しかし、他国にはそういうルールもありません。財政が黒字になっても、景気の加熱を抑制する場合しか現金償還はしません。
これが1つ目の謎ルールです。
この謎ルールがあるために、ワニの口の上顎、歳出がグーッと開いてしまうのです。
逆に、この「60年償還ルール」をなくしてしまえば、ワニの口はなくなります。
【森永】日本の場合、一般会計の「歳出」には、国債関連費用として「債務償還費」と「利払費」が計上されています。しかし、他の先進国では、「債務償還費」はなく、「利払費」だけが計上されている、ということですね。
【会田】はい、そういうことですね。
日本は債務償還費と利払費の両方を歳出に計上していますから、歳出が大きくなり、ワニの口の上顎を思いっきり上に引っ張っているのです。
【会田】2つ目の謎ルールが「単年度の税収中立の原則」というものです。
これは、単年度で見てどこかを減税するなら、必ずどこか増税し、税収を単年度で中立にしてくださいという原則です。国の予算はこの原則によって財政運営されています。
この原則があるため、日本では簡単には「減税」できません。そのため、景気対策や、経済構造を変えるための政策として「減税」を使うことができないのです。
一方、他国でも、「長期的」に税収中立をめざすことはあり得ます。
今年減税し、税収が下がったとしても、減税の効果でそのうち景気が良くなっていくので、10年単位で見れば税収は中立ですと考え、目先はしっかり減税して景気を刺激していきましょう、というものです。
しかし、日本は「単年度」で税収中立を目指しますので、減税で景気を刺激するということがなかなかできない。これが2つ目の謎ルールです。
【森永】基本的に、経済が成長すれば、税率が一定であっても、税収は勝手に増えてしまうわけですよね。
日本政府が、経済成長による税収増を考えず、増税によって税収を増やすことばかり考えるのは、この「単年度」の考え方があるから、ということですね。
【会田】そういうことですね。
3つ目の「謎ルール」が、「生のプライマリーバランスの黒字化」目標を掲げていることです。「生の」というのは、景気を考慮しないという意味です。
グローバルのルールでは、プライマリーバランスの黒字化目標があったとしても、景気を考慮した構造的なプライマリーバランスの黒字化を目指すのが普通です。
【会田】つまり、景気が悪い時にプライマリーバランスが赤字になるのは当たり前なので、これは仕方がない。しかし景気がとても良い時にもプライマリーバランスが赤字なのであれば、構造的に財政が赤字体質だということなので、増税や歳出削減をしなければいけませんね、ということです。
一方、日本では景気を考慮せず、景気が悪くてもとにかく25年度までに黒字化を目指すという目標を持っていますが、日本にしかない「謎ルール」です。
【森永】なぜ、こんな考え方になってしまうんでしょうか。
【会田】財政をマクロで考えるということをあまりしないからでしょう。
財務省は会計、つまりミクロ経済の官庁ですから、財政収支だけを黒字にしようとする。
【会田】一方で、財政というのは景気、つまりマクロ経済に大きな影響を与えます。
景気がいい場合は、財政収支もある程度黒字になるほうが望ましいし、逆に景気が悪い場合は、財政収支の赤字を拡大してでも景気対策をするべきです。
マクロ経済の状況に応じて、望ましい財政赤字はどのぐらいなのか。日本の財政運営はそれを考慮するのがとても苦手です。
【森永】いわゆるラーナーの「機能的財政論」のように、雇用とか物価とかマクロ経済の観点をもとに財政を運営するというのが、グローバルで見たら普通だと。
しかし日本では、これが未だに無視されていて、まるで家計簿のように、単年度で借金を返さないと破綻してしまうみたいな考え方で予算が作られていると。
【会田】そういうことですね。
【会田】先ほどの「60年償還ルール」で財政運営していけば、60年後に国債発行額はゼロになります。
ただ、他国ではそうしたルールはなく、永続的に借り換えていきます。その視点で見れば、「国の借金は将来世代の負担で返さなければいけない」という切迫感はなくなるんだと思います。
そもそも国債は「資産」として、将来世代に受け継いでいくものです。また、国債を発行してインフラを整備すれば、そのインフラも受け継がれていきます。そうした発想がないことが問題だと思います。
【会田】4つ目の謎ルールは「裁量的歳出にまでペイ・アズ・ユー・ゴーの原則を適用していること」です。
財政の議論において「恒常的な支出のためには、恒常的な歳入が必要です」とよく言われます。
これは一見、当たり前のようにも聞こえますが、こういう原則で財政運営をしているのは、実は日本だけです。
【会田】社会保障などの「義務的歳出」については、他国でも、このペイ・アズ・ユー・ゴーの原則を持っています。社会保障の支出が増えるなら、増税して歳入を増やしましょうということになります。
しかし、国家予算の中でも、未来への投資としてフレキシブルに変える費用、具体的には教育や防衛、公共投資などの「裁量的歳出」にも、日本はこの「ペイ・アズ・ユー・ゴーの原則」を適用していますが、これをやっているのは日本だけです。
他国では、裁量的歳出が必要なら、歳出をします。その時点で十分な税収があれば税収をあてるかもしれませんし、税収が足りなければ国債を発行するのが普通です。
【会田】日本でもかつては「裁量的歳出」に「ペイ・アズ・ユー・ゴーの原則」を適用していませんでした。これを適用することになったのは、民主党の菅・野田政権からです。いわゆる「骨太の方針」で、追加歳出には追加歳入が必要だと、つまり全ての歳出に対して「ペイ・アズ・ユー・ゴーの原則」を適用するとしてからです。
その後、自民党政権に代わってからも、なぜかこの原則がそのまま適用されてきました。
【森永】防衛費の増額に関して最近出てきた「財源確保法」的な発想って、そこからずっと続いているということですね。
【会田】防衛費の増額は「恒常的な歳出」だから、「恒常的な歳入」が必要ですとなったわけですね。ただ、これはグローバルなやり方ではありません。
防衛費の増額は「裁量的歳出」なので、その財源を増税によってまかなうということは、グローバルのルールでは考えられません。
【森永】日本ではよく「欧米がやってるから正しい」という、ある意味謎の理論を振りかざす人が多いですが、一方で、財政だけはガラパゴス化していて、「欧米がこうだからこうしよう」という話にならない。その点がすごく不思議です。
【会田】私も不思議です。財政については昭和の考え方がまかり通っていますね。
もう少しグローバルに、フレキシブルな考え方をすれば、日本経済はもっと成長するはずです。それなのに、財政が日本経済に手枷足枷(てかせあしかせ)をはめて縛っているのが現状といえます。非常にもったいないと思います。
【森永】先ほど債務償還費を無理やり乗っけてるので、ワニの上顎が開くという話がありましたが、実はこの下顎の方にもトラップが仕掛けられていると、経団連の報告書でも書かれていましたね。
【会田】はい。一般会計の「歳入」、つまり「税収」がワニの口の下顎にあたります。
ただ、国の歳入は税収だけではありません。他にも為替相場に介入した際のキャピタルゲインなど、税外収入があります。ただそれは「外為特会」をはじめ、一般会計とは違う「特別会計」に計上されています。
つまり、一般会計の「歳入」は、実態より低く見積もられているのです。
【森永】グローバルの基準では、「歳入」に税外収入も入ってくるということですね。
【会田】はい。その通りです。
一般会計の「歳入」に税外収入を足し、「歳出」から償還費を引くと、図表2になります。
言われているほど日本の財政が悪くないことがわかると思います。
興味深いのはバブルの時の財政状況です。
このグラフでは、黒い線がしっかり上に出ています。つまり、バブルの時には歳入が歳出を上回っていたということです。
バブル以降に財政が悪化したのは、景気が悪くなり企業がお金を使わなくなったことが原因だということです。
【森永】バブル崩壊時の処理をミスったせいで、企業が基本的に自前のお金だけでやろうとレバレッジ経営をやめようという風になってしまったのが、デフレが30年続いている元凶だと僕は思っているんですが、その証拠がまさに現れていると思います。
【会田】「60年償還ルール」を撤廃すれば、「ワニの口」は閉じるわけです。
緊縮側の意見というのは、この「ワニの口」を前提にしていたわけですから、その根拠が失われます。
いま「60年償還ルール」を撤廃すれば、16兆から17兆ぐらい歳出が減ります。
防衛費増額に加えて子ども予算を倍増しても10兆円ぐらいにしかならないので、いまの国家予算の規模でも増税なしで十分実現可能ということになります。
逆に、これを否定するなら、「ワニの口」理論がインチキだったことを認めることになります。
ある時は「ワニの口」を使って「財政は大変だ」と言っていたのに、じゃあ「ワニの口」が閉じる方向で財源を見つけようとすると、それは財源として使えません、増税しかありませんという。ただそれは、明らかなダブルスタンダードではないかと思います。
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(株式会社マネネCEO、経済アナリスト 森永 康平、クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 会田 卓司)