岸田文雄首相の選挙応援演説会場に爆発物が投げ込まれた事件で、和歌山地検は24日、無職の木村隆二容疑者(24)=火薬類取締法違反容疑で再逮捕=の刑事責任能力の有無などを調べるため、鑑定留置を始めたと明らかにした。期間は9月1日まで。容疑者は選挙制度に不満を持っていたとされるが、首相襲撃の動機とするには「論理の飛躍」があるとの声もある。起訴されれば公判で責任能力が争点となる可能性もあり、捜査当局は鑑定で精神状態などを確認する。
鑑定留置は和歌山地検が請求し、和歌山簡裁が19日付で決定。容疑者の勾留期限は28日だったが停止し、勾留先の和歌山県警和歌山西署から別の施設に移送されたとみられる。地検は鑑定結果を踏まえ、起訴するかどうかを判断する。
木村容疑者は昨年6月、被選挙権の年齢制限などが憲法違反だとして、国を相手取り損害賠償を求めて提訴。本人とみられるツイッターにも選挙制度への不満がつづられていた。ただ、同11月に神戸地裁は請求を棄却。この頃に容疑者が火薬の原料を購入し、爆発物の製造を始めたとみられている。
元裁判官で法政大法科大学院の水野智幸教授(刑事法)は「当初は訴訟という正当な方法で自分の考えを訴えようとしたが、(敗訴により)次第に社会に対する恨みが膨らんでいったのでは」と推察。それを首相襲撃の動機と結びつけるのは「かなりの飛躍がある」とした。鑑定留置では成育歴や生活状況などとともに「障害の有無や程度も丁寧に調べる必要がある」と指摘する。
一方で木村容疑者は、自作とみられるパイプ爆弾2本を会場に持ち込み、果物ナイフも所持。事件前には自民党のホームページを繰り返し閲覧し、入念に準備を進めていた疑いが強い。水野氏は「目的を達成するための計画性が感じられる」とし、「責任能力があったと判断されても不思議ではない」と強調する。
これに対し、甲南大の園田寿(ひさし)名誉教授(刑事法)は「高い計画性がうかがわれるが、だからといって疾患や障害がなかったとは結論づけられない」とし、責任能力が限定的になる可能性も示唆する。選挙制度への不満を首相襲撃の動機と結びつけるのは「短絡的」とし、容疑者が「何かしらの妄想にとらわれていた可能性がある」とも語る。
事件で使われたパイプ爆弾は、爆発後に蓋とみられる部品が爆発地点から約60メートル離れたコンテナまで飛んでいたことも判明。和歌山県警が今後、殺傷能力を調べるが、最悪の場合は多くの聴衆を巻き込み、死者が出ていた可能性もあった。
園田氏は、爆発物で周囲の人が死んでも構わないとの心理状態だったと判断できるとし、鑑定で責任能力が認められれば、殺人未遂容疑で立件される可能性は「十分あり得る」と指摘。「何が事件へと駆り立てたのか。精神鑑定が真相究明に資する形になることが重要だ」と語った。