学校での不適切な指導がきっかけで、自ら命を絶った子どもの遺族らでつくる「安全な生徒指導を考える会」が29日、子どもの自殺対策に教員による不適切な指導の是正を盛り込むことなどを求める要望書を、こども家庭庁と文部科学省に提出した。「指導死」と呼ばれるこうした自殺の実態把握は不十分だと指摘し、子どもの自殺全般について調査や再発防止の仕組みを設けることも要望している。
国のまとめでは、2022年に自殺した小中学生と高校生は計514人で、統計を取り始めた1980年以降で最も多かった。文科省は2月、全国の教育委員会などに対し、児童生徒の自殺予防に努めるよう求める通知を出した。18歳以下の自殺は、学校の長期休業明けに増える傾向にあるとし、丁寧な見守り活動などを求めた。4月に発足したこども家庭庁は、子どもの「自殺対策室」を置き、関係省庁と連携して取り組むとしている。
一方、考える会は要望書で「子どもの自殺は実効性のある対策がなかった」と指摘。文科省が全国の学校を対象に実施している「問題行動・不登校調査」では21年度、自殺した児童生徒の約6割が「原因不明」とされ、実態把握が十分でなく「中でも不適切指導による自殺は、学校や教育委員会で調査されずに『原因不明』とされる状況が多く見受けられる」と疑問視した。
その上で、政府が子ども政策の基本方針として策定する「こども大綱」に、不適切な指導から子どもを守り、自殺の原因調査や分析、再発防止の体制を整備する方針を盛り込むよう要望。透明性などが保たれた第三者が調査できる体制の整備も必要だとした。また、不適切な指導について、子どもと保護者を対象にした全国調査を実施し、教職員に対する「予防研修」なども求めている。
文科省は、指導死や遺族の要望などを受けて、22年に児童生徒の生活面の注意点や問題行動への対処を示した教員向けの手引書「生徒指導提要」を12年ぶりに改定。不適切な指導例として、児童生徒への▽怒鳴る、ものをたたくなどの威圧的な言動▽言い分を聞かない思い込み――などを例示した。教職員にとっては日常的な声掛けや指導でも、不登校や自殺のきっかけになるとして「決して許されない行為だ」としている。
また、問題行動・不登校調査では、自殺した児童生徒が置かれていた状況を尋ねる項目に、「家庭不和」「友人関係での悩み(いじめを除く)」など13の選択肢に加え、22年度調査から「教職員による体罰、不適切指導」の項目を設けた。
考える会は、29日に東京都内で記者会見を開き、13~18年に不適切な指導をきっかけに自殺した子ども4人の遺族が出席した。17年に東京都板橋区の中学に通っていた長男(当時13歳)を亡くした加藤健三さんは「ある日、突然遺族になって、今もその傷から立ち直ることはできていない。一人の子どもが追い詰められて自殺したことを教育現場はもっと重く受け止め、調査に積極的な姿勢を示してほしい」と話した。
文科省児童生徒課は取材に対し「不適切な指導はあってはならない。学校現場から実態を吸い上げるにはどのようなやり方があるのか、遺族の要望を受け止めて施策を検討したい」とした。
遺族「指導死という言葉を知って」
会見には、18年9月に鹿児島市立中3年だった三男(当時15歳)を亡くした母親も出席し「社会では許されないようなことが学校で起きている。不適切な指導をする先生がまだいるのが現実で、(行政には)遺族の思いが反映された施策をしてほしい」と語った。
三男は始業式の日、夏休みの宿題を忘れたことから、職員室で担任の女性教諭から大声で「やるべきことをしっかりしないで、自分の中でどうも思わないの」などと叱責され、その後、自宅で自殺しているのが見つかった。自宅に駆けつけた女性教諭は、取り乱しながら「ごめん」と繰り返していたという。
母親らの求めで市教育委員会が19年1月に設置した第三者委員会の調査報告書によると、普段から女性教諭は生徒指導の際に、机や椅子を蹴ったり、大声で怒鳴ったりしていた。三男は進路に悩みを抱き、始業式の日は「これまでの厳しい指導が再び始まるのではないか」との不安があった。
報告書は、始業式の日に大声での叱責に強く動揺したとして、「生徒がさまざまなストレスを抱えている中で、担任教諭による個別指導が自死の引き金になった」と結論づけている。
母親は「暴力や体罰だけではない、教員の態度や言葉による不適切な指導や『指導死』という言葉を知ってほしい」と願う。「学校や先生という存在を信頼し正しいと思ってきた。でも学校という閉鎖された空間で、先生の言動がきっかけで精神的に追い詰められて死を選ぶ子どもがいる。見過ごされてほしくない」と話した。【朝比奈由佳】
相談窓口
・24時間子供SOSダイヤル
いじめやその他の悩みについて、子どもや保護者などからの相談を受け付けています。原則として電話をかけた所在地の教育委員会の相談機関につながります。
0120・0・78310=年中無休、24時間。
・子どもの人権110番
「いじめに遭っている」「家の人に嫌なことをされる」など、先生や親には話しにくい相談に法務局の職員や人権擁護委員が応じます。
0120・007・110=平日の午前8時半~午後5時15分
・まもろうよ こころ(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/sns/)
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