「熱海の二の舞いに」 豪雨の時期迎え各地で広がる懸念、林業衰退で山林荒廃も

国土の約7割を森林が占める日本では、山の斜面を切り開いたり、谷を土で埋めたりして整備された土地が少なくない。ただそうした場所は保水力が低下するなど、土砂災害を誘発するリスクがある。さらに山林を守ってきた林業の衰退も深刻で、山間部の荒廃が各地で進む。計28人が犠牲(関連死を含む)となった静岡県熱海市の大規模土石流からまもなく2年。「熱海の二の舞いになるのでは」。豪雨が懸念される時期を迎え、京都「北山杉」の産地でも不安が広がっている。
「北山杉」の産地で異変
真っすぐに伸びた杉の木の合間を進むと、突如として目の前に開けた空間が広がった。周囲は山肌を削られ、雨風の影響で広がった水路が強引な開発の痕跡を物語る。京都市北区の山あいにあるエリア。世界遺産・金閣寺などに使われる名木「北山杉」の生産地としても知られるこの地で今、異変が起きている。
「生まれ育った故郷が土砂に埋もれてしまうかもしれない」。近くに住む林業の小阪隆治さん(75)は語気を強める。
開発が始まったのは数年前。山の一部を買い取った民間業者が、ソーラーパネル取扱業者への販売を前提に木々を伐採し、山を切り崩し始めたという。事態に気づいた小阪さんらが京都市に確認したところ、業者が行政に無許可で開発を進めていたことが発覚。その後も今年1月まで土地が売りに出されていたことも分かっている。山を切り崩したエリアのすぐ下には小阪さんらが暮らす民家が集まっている。状況次第では熱海で起きたことが起きるかもしれない―。小阪さんはこんな不安を抱いている。
白く濁る生活用水
懸念は他にもある。小阪さんの自宅近くでは、ほぼ時を同じくして、残土置き場が作られた。平地に適地が限られるため、こうした施設が山林に向かうケースは珍しくない。残土置き場にはタイルやコンクリートの破片が混じった土砂が捨てられ、雨などで溶けだした成分が小阪さんらの生活用水を白く濁らせることもあるという。小阪さんは「すでにわれわれの生活に影響が出ている。いつか土砂も押し寄せてしまうかもしれない」と憤る。
その一方で、山林の保全に寄与してきた林業従事者も減っている。総務省の国勢調査によると、令和2年の林業従事者は約6万2千人で35年前から約6割減った。林業の衰退で森の手入れが行き届かなくなれば、山自体が荒廃し、災害への脆弱(ぜいじゃく)さに直結する。
林業はかつて日本の主流産業だった。しかし木材の安定供給のため、昭和39年に木材輸入が全面自由化されたことで状況は一変。外国産と比べ、急峻(きゅうしゅん)で湿度の高い日本では木材の管理コストが高くなり、採算が取れないと判断した業者が次々と山を下りた。令和の時代となった今、担い手不足も重くのしかかる。
「利益が出ず管理も大変な山を残すくらいなら、売り渡してしまいたくなるのは当然」と語るのは森林経済学に詳しい京都大の岩井吉弥(よしや)元教授(78)。自身もかつては林業と大学教授を兼ねていたが、「(林業は)7~8割を補(ほてん)する国からの補助金でどうにか利益を出せる程度。ビジネスとしては成立していない」(岩井氏)。
手入れが行き届いていない森林を自治体が集約して管理する制度もあるが、劇的な効果が出ているわけではない。例年各地で起きる豪雨や台風による土砂災害を食い止めるためにも山林保護は不可欠だ。
岩井氏は「林業が衰退したことによるしわ寄せが起きている。国をあげた抜本的な改革が必要」と求めた。
5月に「盛り土規制法」施行
熱海市での大規模土石流の発生原因について、県の検証委員会は昨年9月、地下水が流入しやすい土地に、不適切な工法で盛り土が造成されたのが原因などとする最終報告書をまとめた。コンピューター解析や、起点の盛り土を使った実験結果などから、地形や地質、不適切な盛り土などの要因が重なったと結論付けている。
政府は不適切な盛り土に関し、全国で総点検を実施。昨年3月時点で1089カ所で不備が確認され、うち516カ所では必要な災害防止措置が確認できなかった。「廃棄物の投棄などが確認された」「許可・届け出などの手続きがとられなかった」などの不備もあった。
このため今年5月には、住宅などに被害を及ぼす危険性がある盛り土を規制する「盛り土規制法」が施行された。都道府県などが盛り土崩落で住宅に被害が出る恐れのある場所を規制区域とし、造成を許可制とした。無許可造成や是正命令違反への罰則も強化した。(鈴木文也)