マガジンハウス最高顧問の木滑良久(きなめり・よしひさ)氏が13日、死去した。93歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
東京都出身。立教大卒業後、1955年に平凡出版(現マガジンハウス)に入社。「平凡パンチ」「an・an」などの編集長を歴任したほか、「POPEYE」「BRUTUS」などを創刊し、若者の雑誌文化をリードした。副社長時代の88年に刊行を始めた「Hanako」は、都会の消費生活を楽しむ若い女性たちに広く支持された。同年から社長、96年から会長を務めた。
マガジンハウス最高顧問の木滑良久(きなめり・よしひさ)氏が13日、死去した。93歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
東京都出身。立教大卒業後、1955年に平凡出版(現マガジンハウス)に入社。「平凡パンチ」「an・an」などの編集長を歴任したほか、「POPEYE」「BRUTUS」などを創刊し、若者の雑誌文化をリードした。副社長時代の88年に刊行を始めた「Hanako」は、都会の消費生活を楽しむ若い女性たちに広く支持された。同年から社長、96年から会長を務めた。